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届かない〈声〉は果てのない虚無を旅する

聴力検査のボックスで、ヘッドフォンに流れてくるはずの「ピーーーーーーー」という電子音を待つ。
――なにも聞こえてこない。
もしくは、すでに音を出すボタンは押されているのだが、滲出性中耳炎を患っている私には、聞こえないだけかもしれない。
外で医者が何か言っているようだが、防音室のガラス越しでは聞こえない。不安でさらに検査音が聞こえなくなる気がする。
何度も受けたこのテストにより、ヘッドフォンが完全に嫌いになった。無理に音を聞かされるのは辛い。

小学校の高学年になるまで、耳はしばしば不調だった。プールで泳いだあと、耳から水が抜けない状態にかなり近い。最初は懸命に「耳抜き」をしようとするが、悪化するとどうしようもない。風邪のときなどは最悪だ。会話ができないほどではないが、人からの呼びかけに気がつかなかったり、気がついても聞き取れないことがしばしばあった。「えっ?」と聞き返すのが嫌になったときは、あきらめて本を読む。文字を読めば、それは頭の中で架空の「声」たちのドラマとなり、クリアに再生される。
「耳にはまぶたがない」というが、チューナーはついている。こもった外界の音を無視して、架空の声に耳を傾ける自由はある。しかし、それらの声は〈私に〉直接、はっとするような「呼びかけ」はしてこない。聞くことを強制もしてこない。

もしも、誰かが私〈だけ〉に向かって声を発し、それに気づくことができなければ、それは最初から何も言われなかったことと同じなのか。ボタンは押されていた、しかし私には聞こえなかったとき、それは最初からボタンが押されなかったことと同じなのか。
あるいは、元の音声をかなり損なった、こもった状態でかろうじて聞き取れたとして、それは〈何を〉聞いたことになるのだろう。

●「朕深ク世界ノ大勢ト帝國ノ現状トニ鑑ミ…」

戦後70年となる今年の8月上旬、宮内庁は「玉音放送」の原盤の音声を初公開した[※1]。
公開されたのは昭和天皇による朗読部分のみであるが、実際の放送時には「只今より重大な放送があります。全国の聴取者の皆様、ご起立願います」とのNHKによるアナウンスの後、国歌が流れ、その後に「大東亞戦争終結ノ詔書」の朗読、いわゆる玉音放送が行われた。
1945
815日の正午にラジオを通じて行われたこの放送は、前日から再三の予告がなされ、ほぼ全国民が「聞かされた」にもかかわらず、よく知られているように、当時の電波状況、受信環境の悪さもあり、かなり劣悪な音響下で聞いた人が大半を占めたといわれる。加えて、昭和天皇による朗読の、その独特の抑揚と、漢語調の文面の難解さにより、多くの人がこれを聞いただけでは「敗戦」を理解できず、その後に放送された解説、役所の通達、新聞記事などでようやく事態を把握したという。
今回、原盤のSPレコードからデジタル録音されたという音声を聞いてみても、たしかに従来、一般に知られていた音源(NHK職員による複製だという)よりもクリアになっているとはいえ、結局は文字の書き起こしを併読しなければ、ほとんど耳から意味を理解することはできない。ただ、音質が向上したことで、その、まだ若さの残る高めの「声」の主体性、警戒警報発令中の深夜に行われたという朗読が醸し出す場の緊張感、そしてノイズが加える経年の痕跡など、何かしら浮かび上がってくるものはある。しかし、いずれにせよ当時それは「よく聞こえなかった」のだ。
国家存亡のかかった局面で、現代にいたるまで終戦の証とされる詔勅が、一般には「よく聞こえない」「よくわからない」ものであったということは、戦後日本を考える上であまりにも象徴的であるように思われる。戦後の始まりを告げたあの「声」は何だったのか。語りえないまま、応答できないまま忘れ去り、「堪ヘ難キヲ堪ヘ忍ヒ難キヲ忍ヒ」という、実際にはあまり意味を持たないフレーズだけが流行語のように残った。ともあれ空襲警報は鳴り止んだのだ。

死のうと思いました。死ぬのが本当だ、と思いました。前方の森がいやにひっそりして、漆黒に見えて、そのてっぺんから一むれの小鳥が一つまみの胡麻粒を空中に投げたように、音もなく飛び立ちました。/ああ、その時です。背後の兵舎のほうから、誰やら金槌で釘を打つ音が、幽かに、トカトントンと聞えました。それを聞いたとたんに、眼から鱗が落ちるとはあんな時の感じを言うのでしょうか、悲壮も厳粛も一瞬のうちに消え、私は憑きものから離れたように、きょろりとなり、なんともどうにも白々しい気持で、夏の真昼の砂原を眺め見渡し、私には如何いかなる感慨も、何も一つも有りませんでした。(太宰治『トカトントン』)

太宰治の『トカトントン』は「ほとんど雑音に消されて何一つ聞きとれなかった」玉音放送を聞かされた直後から、悲しむことも怒ることもできず、急速に奇妙な虚無感に陥っていく一人の若者の独白を描いた書簡体の短編である。「不思議なくらい綺麗に私からミリタリズムの幻影を剥ぎとってくれて、もう再び、あの悲壮らしい厳粛らしい悪夢に酔わされるなんて事は絶対に無くなった」という若者は、玉音放送の空虚に、端的に拠り所を失い、絶望したのかもしれない。しかし、その虚無の深淵から響いてくるのは、建物を建てるための金槌の音なのである。3.11の後、携帯から鳴り響く不快な地震警報と、数日後に発表された今上天皇による「おことば」を聞いたとき(21世紀のそれはWMP形式の動画であった[※2])、戦後を意識した人は多いはずだ。あれから4年が過ぎたいま、復興の二文字とともに現前するものを目にするとき、太宰の書いた虚無の槌音が、妙なリアリティをもって響くように思われるのである。

●「こんにちは、お元気ですか?」

この夏、NASAは音楽共有サービスSoundcloudに、ボイジャー1号、2号に積まれた「ゴールデン・レコード」の音声を公開した[※3]。
太陽系外の探査のために1977年に打ち上げられた両機は、現在も地球に微かな電波を送りながら航行を続け、ボイジャー1号は太陽系を離れて恒星間空間を航行中である。ただし、太陽系外の恒星近傍へ到達するにはなお4万年を要すると予測されている。
太陽系を後にする両機に積み込まれたゴールデン・レコードは、ボイジャーがいつか出会うかもしれない地球外生命体へのメッセージである。打ち上げ当時、カール・セーガンらによって選ばれ、金メッキのレコードに刻まれた「地球の音」は、動物の鳴き声や、列車が走る音、各国語の挨拶など。2015年のいま聞くと、4万年後を待つまでもなく、すでにタイムカプセル性を発揮する。
各国語の挨拶の中に突然あらわれる「こんにちは、お元気ですか?」という日本語は、どことなく20世紀のイントネーションだ。私の父母がまだ学生だった頃、生まれる前の時代から、現代の自分の世代に向けて投げかけられた挨拶のようにも聞こえてしまう。震わせる大気のない宇宙を運ばれていくレコードは、かぎりなく未達の可能性が高い投瓶通信であり、核戦争がまだ現実的な可能性としてあった時代の「祈り」でもあったのかもしれない。当時のカーター米大統領は打ち上げに際し”We are attempting to survive our time so we may live into yours.”の言葉を添えている。

もしもそこに「誰もいない」のであれば、宇宙を旅する「地球の音」は永遠に聞かれることなく、真空の静寂を航行し続ける。しかしその場合、誰にも届かない「音」「言葉」は、最初から届けようともしなかったことと同じなのか。
根拠もなくちがうという直感がある。

30歳を過ぎたせいか、まわりは出産ラッシュである。2〜3歳になった子どもたちに会いに行くと、最近の幼児があまりに器用にタブレット端末を使いこなすのには目を見張るばかりだ。押すと音の出るゲームで遊び、アニメを見る、童謡を聞く。ある男児などは、Youtubeで動画を見るときに広告のスキップまでやってのけた。彼らは確実に、映像や音に関して、私たちとはかなり違う感性でとらえながら大人になっていくだろう。

あるとき、3歳になったばかりの親戚の子がぷらぷらとしていたので、ちょっと遊んでみようと思い〈耳を指でふさいでごらん〉と言った。小さい子はきょとんとしながらも言われたとおりにする。〈なにか音しない?〉「しないー」〈もっとよく聞いて〉
「…コーーーーーーって」〈でしょ〉「なんのおと?」〈 ◯◯◯◯の音だよー〉「ええええー」。
私の叔母はかつて〈血の流れる音だよ〉と小さかった頃の私に言った。《手のひらを、太陽に〜♪》である。
私は〈人間がむかし海の魚だったときのなごりだよ〉とか、なにか適当なことを言った。

「コーーーーーーーー」というその音は、実際には腕の筋肉が収縮する音だとか言われているが、私には「空想上の宇宙船の航行音」に聞こえる。真空なのは知っている。宇宙映画の音響はお約束の嘘である。聞いているとすこしずつ切迫した気分になる。その音を聞くことは、時間が有限だということを確認する作業だからである。その音は、私の時間がみるみる過去を後にしながら、航行を続けている証である。すべての音はそこに何者かの時間があったことの痕跡であり、証明である。それが誰にも届くことがなかったとしても。


※1 http://www.kunaicho.go.jp/kunaicho/koho/taisenkankei/syusen/syusen.html
※2 http://www.kunaicho.go.jp/okotoba/01/okotoba/tohokujishin-h230316-mov.html
※3 http://voyager.jpl.nasa.gov/

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