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追儺と送り火

毎年、節分が近づくころになると、吉田神社の追儺祭に出る鬼のことを思い出します。
吉田神社は京都の古社で、大文字山の麓の小高い丘にあり、京都の節分会では、壬生寺の狂言祭と並んで、この吉田神社の追儺祭が有名です。神社周辺は、東山周辺の主要な観光ルートからはやや外れており、いつもは参詣客もまばらですが、3日間で50万人の人出があるというこの節分会の期間だけは、丘の下にある京都大学の時計台のあたりから、本殿へとのぼっていく参道沿いに屋台がびっしりと立ち並び、年に一度のにぎわいを見せます。母方の実家が神社の近隣にあり、祖父母が生きていた幼いころは、わたしも毎年、大人たちに混ざって鬼やらいの見物に出かけていました。
追儺祭は夜の祭りです。篝火の焚かれた境内を、赤・青・黄鬼たちが、小さな子どもを脅かしながら暴れまわります。そこへ「方相氏」と呼ばれる異形の神が現れて悪さをする鬼たちを追い払うという筋書きなのですが、見ると、鬼退治をする方相氏のほうも鬼神の姿なのです。幼いころは両者の区別がつかず、虎柄の腰巻き一丁で金棒を振り回す、どこか愛嬌のある悪鬼たちよりも、むしろ、天狗のように真っ赤な顔に四つ目の鬼の面を付け、黒い袍に高下駄、長い鉾を携えた、異様な姿の方相氏のほうに、得体のしれない恐ろしさを覚えたものでした。いつだったか母にそんな話をしたところ、母も子どものころ、やはり同じことを感じたといいます。
吉田神社を訪れてみると、ほかの神社にはないものが境内に様々ありますが、なかでも面白いものとして「全国の神社の出張所」が挙げられます。これは本殿の脇にあり、扉の付いた小さな祠を数十個ずらりと連ねた、長屋のごとき形状をしているのですが、その扉のひとつひとつが、それぞれ全国津々浦々の神社の出張所となっており、さながら神様たちが商う「仲見世通り」といった様子です。参拝に来た人々は、吉田神道独特の八角形の本殿に詣でると同時に、本殿を取り囲むように連なる、この「出張所」にも参詣し、自分の郷里や、親類が暮らす地方の神様の「出店」にもお参りをする。なんともいい加減で、おおらかなものなのです。

日本人と宗教についてしばしば、この国では風土の特性上、唯一絶対の存在が前提にある一神教的な価値観が根付きにくいということが言われてきました。仏教も日本に入ると変質してしまう。「永遠」や「絶対」と日本人はソリがよくないのだといった説です。しかし、「絶対」はともかくとして、「永遠」に近い感覚はあると言えばある。ただ、それはたとえば「私の魂の永遠」といった、個の同一性が保たれていく状態を指す永遠ではなく、伊勢神宮の式年遷宮に象徴されるような、同じことが過去から「繰り返される/されていく」感覚であり、やや突飛な言い方をするならば「年中行事的永遠」のようなものでしょう。個体の永遠の同一性が担保されることはないけれど、「繰り返し」だけは担保される。吉田神社の追儺祭で、鬼や方相氏の役を務める人々は年々バトンタッチされていっても、悪鬼が退治される筋書きはずっと変わらないように。あるいはそれを、幼いころの母が怖がり、同じように子どものわたしが怖がったように。

神と日本人とのかかわり、あるいは日本人の神仏に対する距離感について、もうすこし過去に踏み入って考えていくうえで、中世に編まれたふたつの歌集が参照できるのではないかと思います。ひとつは平安時代末期に後白河法皇が編纂した『梁塵秘抄』、もうひとつはそれからさらに300年が過ぎた戦国時代のはじめ、匿名の編者によって編まれた『閑吟集』です。どちらも今様や小唄など、当時の庶民のあいだで歌われた、いわゆる流行歌を収めた歌集です。実際にはどのような節回しで歌われていたのかは今となってはわからないのですが、そこに連ねられた言葉に触れるとき、まさに日本中世のいわゆる「無常観」と呼ばれていたものが、強烈なまでに刹那的な現世への肯定と見事に裏表になっていたことが実感されます。
それぞれの代表歌は、『梁塵秘抄』なら「遊びをせんとや生まれけむ/たはぶれせんとや生まれけむ/遊ぶ子どもの声聞けば/わが身さへこそ揺るがるれ」、『閑吟集』なら「何せうぞ/くすんで/一期は夢よ/ただ狂へ」でしょうか。このふたつの歌をくらべるだけでも、時代が動いていく様が感じられるようでもあります。あるいは、それぞれの代表歌から一字を取って『梁塵秘抄』は「遊」(遊女・白拍子)の歌集、『閑吟集』は「狂」(風狂者)の歌集という見立てのようなこともできるかもしれません。
すこし話が横に逸れましたが、『梁塵秘抄』には特に、神仏をうたった歌が非常に多く収められています。なかでも、もっとも有名なものとして、「仏はつねにいませども/うつつならぬぞあはれなる/人の音せぬ暁に/ほのかに夢に見へたまふ」があります。現代のわたしたちにも響くフレーズです。「ああ、そういうものかもしれないね」と共感する人もすくなくないでしょう。また、後白河院が編纂したとはいえ、今様を口ずさんだ当時の遊女たちは社会の外側をさまよう存在であり、河原者たちが阿弥号を名乗ったのと同様、世のメインストリームから離れた/離された人々と神仏の親和性のようなものもうかがえます。
『閑吟集』のころになると、不安定な時代に入っていくためか、無常/現世肯定のコントラストはさらに強まり、神仏の歌はぐっとすくなくなって、替わりに色恋沙汰や刹那的な享楽の感覚をうたった歌が前面に出てきます。たとえば前述した「ただ狂へ」の前にはこんな歌が連ねてあります(『閑吟集』は全体がひとつの連歌でもあります)。「ただ何事もかごとも/夢幻や水の泡/笹の葉に置く露のあじきなき世や」「くすむ人は見られぬ/夢の夢の夢の世を/うつつ顔して」。遠い時代の言葉でありながら、時代が不安定になるほど「ほのかに夢に」しか見えぬような頼りない神仏の幻をよすがとするよりも、一期の享楽を生きるのだという現世肯定に傾いていく人の心は、現代となんら変わらないようにも思われます。そしてその場所において発せられのは、神はいるようでもあればいないようでもある。要は「どちらでもいい」「そんなことより……」といった言葉でしかありません。

来し方行く末を「笹の葉に置く露」のように、現れたとたん転がり落ちて消えていくものに喩えた人々は、「個」の永続性を信じるどころか、自分は「いまたまたまここにいて」「またいずこへか去っていく」のであり、世界に対しても、自分が去ったあともなんとなく続いていくだろう(それを見られないにしても)、といった程度の熱量しか持ちあわせていないように思えてしまう。ひとりの人間ならばともかく、国の根っこの部分に、もしもそれに近い傾向があるのだとしたら、その国が「あとは野となれ山となれ」状態を回避して続いていくためには、どのような可能性が残されているでしょう。そこで、中盤に述べた「年中行事的永遠」なるものについて、もうすこし掘り下げて考えてみたいのです。

冒頭に紹介した追儺祭のほかに、わたしには折にふれて思い出す故郷の年中行事があります。それはお盆の送り火です。京都で送り火というと、それは「五山送り火」を指します。「大文字」から順に「妙法」→「舟形」→「左大文字」→「鳥居」…と順番に、町を囲む山々に、文字や記号が炎で描かれていくという、あの夏の行事のことです。起源ははっきりしませんが、毎年8月16日、お盆の終わりの日に、家族のところへ帰ってきていた「おしょらい(精霊)さん」をあの世へと送るための火であるとされています。
8月中旬の京都というと、夜といえどもなかなかの蒸し暑さです。そのむうっとする湿度と熱気のなか、夜8時が近づくと、町のネオンが落とされ、新聞社のヘリコプターが山の上空へ飛んで行く音が響く、そして、最初の「大」の字が黒い山肌にばっと燃え上がっていく瞬間、町中のあちこちから歓声や拍手が湧き上がります。
いまでこそ何らかの感動を覚えますが、幼いころは、大人たちに連れられて見には行くものの、どうもいまいちピンとこない行事でした。それが変わっていったのは、やはり「送る側」になってからだと思います。見ている風景は毎夏変わらないものの、一緒に眺める人は減ったり増えたりする。送る人の数が年々増えていく。かつて祖父母や従姉妹たちと一緒に、子どもの背丈から眺めた山の炎を、近年は、かつての祖母の年齢に近づいた母や、子どもが生まれて母になった従姉妹たちと眺める。だれしらぬ人が見れば、毎年変わらない風景のようでいて、わたしはいつのまにか、かつての母の歳になり、子どもはいないながら、近所の小さな子がはしゃいでいるのを見て奇妙な感覚にとらわれてしまう。わたしはあくまでわたしでありながら、毎夏、同じ風景が繰り返されることで、ふいに自分と母が、あるいは自分と見知らぬその子どもの位置が混線するような感覚。あるいは、そのつかのま、無数の人々が同じように山の火を見ながら、去っていっただれかを思い出したりしているのだという共通認識によって、夜の町全体が火を交点として無数の人生が交錯する空間に変わっていくような錯覚を覚えるのです。

かつて幼い日に一緒に火を見ていた祖母は、おそらくはわたしに連なる(けれど直接は知らない)人々の顔を思い出していたはずであり、「この夏」のまえには、もうだれも覚えてすらいないような、過ぎていったの日の同じ風景が無数に繰り返しあったはずなのです。そのベクトルは、直感的に先のほうへも向けることができる。それは必ずしも血縁に依存しない感覚です。個としてのわたしは、追儺祭の鬼役のように「機能」としてのみ置き換えが可能でありながら、そのことによって永続するなにかに触れることができる。なぜそうするのか、理由もさだかにはわからない、その繰り返しの風景のなかに、なぜか喜びや悲しみを覚える「わたし」が、火を見ながら、どこかの時点から、過去にも未来にも向けて、そこにいない人々のことを考えている。そのようなものも「永遠」の仲間に入れてもよいのではないかと思ったのです。

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