印刷

稚拙な暴論を急速に展開

 

シーン1「焚書」

 

綾門、『ゲンロン1』を火にくべようとしている。そこには東浩紀『ゲーム的リアリズムの誕生』、さやわか『一○年代文化論』など、これまでの批評再生塾の講師の著書が積み上がっている。だが、持っているマッチが湿気っており、なかなかつかない様子。しばらく試行錯誤するものの、やがて「アー!」と虚空に叫び声をあげ、疲れきった口調で語り始める。

綾門 課題に取り組んでいるうちに恥ずかしさでぼっきりと心が折れてしまった。生まれながらのミーハーで、有名な書籍しか読んだことがないという薄々自覚していた事実を、否が応でも自覚しなければならないことを悟ってしまった。いや、見栄を張った、訂正しよう。有名な書籍さえ読んだことがないという事実だ。(『ゲンロン1』を手に取って)「現代日本の批評 1975-1989」というこの年表で読み終えている本なんて1、2、3、…4?…、5………、…6冊?…あ、違った、これ途中で挫折したやつだ…5…5…5…えっと?…。事態は急を要する、この事実が明るみに出て、ゲンロンから刺客が放たれて抹殺される前に、すべての本を燃やして証拠を隠滅しなくては。

大澤 待たれよ!(空から降りてきてヒラリと着地)

綾門 その声は、大澤先生!?声聞いたことないのになんでわかったんだろう!?

大澤、綾門のマッチを取り上げる。綾門、大澤からマッチを取り返そうと試みるが、若干の差で大澤の方がすばしっこくてなかなか取り返せない。

大澤 いまさら『「批評なるもの」全体を「スーパーフラット」にしてしま』(☆1)っても仕方が無いだろう!

綾門 止めないでください、これはプライドの問題なんです!それにこれは村上隆じゃなくて寺山修司のマッチ擦る、

大澤 (綾門のセリフを遮って)ええい、うるさいうるさい!こんなに本を読んでないのにプライドもへったくれもあるか!(『ゲーム的リアリズムの誕生』と『一○年代文化論』をパラパラとめくって)どっちも冒頭に栞が挟まったままじゃないか馬鹿野郎!せめて講師の本ぐらい最後まで読め!

と、綾門を往復ビンタ。されるがままの綾門。あうあう、と声をあげる。

綾門 しくしく…。塾だと思って入ったのに…。こんなにヘビーな知識が要求される場所だって知ってたらしっぽを巻いて逃げ出したのに…。(これみよがしにハンカチを噛む)

大澤 俺が来たからにはもう安心さ、この年表に書いてあるすべての本の意義をこれから微に入り細を穿って解説してあげよう!

綾門 こ、殺される!うわあああああ!逃走論んんんんん!(☆2)

綾門、大澤のいる場所とは逆方向に逃走。しかし、しゅるしゅるしゅるしゅるスパン!綾門の額に何かが刺さり、ぶっ倒れる。

綾門 痛い痛い痛い!抜いて、額に刺さってるやつ抜いて!

大澤 ったく、子供かよ。スキゾ・キッズと名乗るには大人すぎるだろうに…。(☆2)いったい何が刺さって…これは…柄谷行人『日本近代文学の起源』…!?

綾門 講談社文芸文庫を手裏剣代わりにしやがって!本を投げちゃいけません、って親から教わらなかったのか?

大澤 綾門君、遅かったようだ、すでにゲンロンから刺客は放たれてしまったようだ。

綾門 !!!大澤先生、ぼくはどうすれば…。

暗転。

 

シーン2「巨人伝説」

 

明転。綾門、体ぢゅうに所狭しと本が刺さっている。

大澤 さながら耳なし芳一だなあ。

綾門 もう前が見えないですよ。

大澤 文句を言うな。そのぶん賢くなっただろう?

綾門 昭和の批評史はもうバッチリですね。つまりこういうことでしょ?あえてSEXで例えるとすると、××と××と××が3Pを楽しんでいる最中に新しい道具を持った××が駆け込んできたと。それに××は脊髄反射で「いやいや4Pはキツイっすわw」って一蹴したんだけど、絶倫で有名な××がそれに反論する形で「ここは××を××に思い切って入れる局面なのではないか」って、

大澤 あえてSEXで例えるのやめてくれる!?伏字だらけで何にも伝わらないから。

綾門 じゃあ、伏字を解除した方がいいでしょうか?

大澤 それはそれで各方面から怒られそうだからやめて!?第一それ本当に分かってる?これから昭和の批評史を代表する100の質問をタイムショック形式で投げかけていい?

ズーン、ズーンと地響き。

綾門 あれ、五反田で余震?珍しいですね。

大澤 あの巨人は何だ?

綾門 巨人?両目を切り裂くように顔に刺さっている江藤淳『閉された言語空間』に空間が閉されてよく見えないんですが…。

巨人 ニッポンノ、シソー!(☆3)

大澤 なんだ、佐々木さんか!相変わらず大きいなあ!ゲンロンカフェが入っているビルよりも大きい!

綾門 ちょっと笑うだけで平均五人の五反田の民が何らかの二次災害で病院に担ぎ込まれているというまことしやかな噂が批評再生塾の2ちゃんのスレでも妙に問題視されてこないだまでその話題で炎上していたぐらいですからね。(江藤淳『閉された言語空間』をひっぺがして)はー、ようやくとれた。…ん、おかしいな。

大澤 どうした?

綾門 気づきませんか。あの巨人が通ってきた跡ですよ。五反田の道が、あんな形に変わってしまっている。…うなじの肉、この距離からでも削れるでしょうか?

大澤 なんで倒そうとしてるの?あと『進撃の巨人』(☆4)と同じ倒し方で大丈夫?

綾門 ていやっ。

綾門、飛び上がり、うなじの肉を削って戻ってくる。

大澤 ああ、新鮮な赤い血がドバドバと!どうしてこんなことを!だから『進撃の巨人』じゃないってさっきから言ってるのに!バサバサ空から君に刺さっていたはずの本が落ちてきてめっちゃ痛いし、なんなんだよもう!それに、あんなに苦しそうに呻いているじゃないか!

巨人改め佐々木 ニュー赤!ニュー赤!(☆5)

綾門 あれは佐々木さんじゃありません!騙されないでください!それが証拠に、ほら、緩やかにへんげを始めている!

大澤 『へんげ』だったら尚更佐々木さんなんじゃないの?(☆6)

綾門 みてください、首が二つになりましたよ!

佐々木改め??? 「高級な理論を語ったあと、日本の作家には自分の方法に該当するものはない、と言うわけです。」「楽天的ですね。」

綾門 なんてことだ、両方の首同士で対話を始めている。なんて器用なんだ。

大澤 これはまさか…昭和の終わりに出版された柄谷行人『ダイアローグI』…?(☆7)ああ、本人達の意思とは裏腹に、彼らが話せば話すほど、昭和の批評史が均されていく…。NAMNAM(※南無南無)…。(☆8)

綾門 「柄谷と蓮實のツートップが、八九年の批評のスコープをかなり狭くしていた」(☆1)んだとしたら、ぼくたちはこの本をそのまま身体に刺していてはいけないんじゃないでしょうか?むしろあの均された土地の的確な部分にさしていけばいいんじゃないでしょうか?この本は苗なんですよ。スコープをこれ以上強固にするための材料ではなくて、平成の世でようやくすくすくと育つかもしれない可能性を孕んだ苗なんです。

謎の老人 よくぞワシの狙いに気がついた。それでこそ批評再生塾生じゃ。

大澤 おまえ誰だよ!全く伏線のはられていない登場はやめてくれよ!

謎の老人 ふぉっふぉっふぉっ。2ちゃんのスレで叩かれたり、Twitterで叩かれたり、かと思うとあっという間に批評再生塾自体話題になることが減ってしょんぼりしたりしてきた君たちの努力は、決して無駄ではない。何故なら君たちの中には種が蒔かれておる。昭和の批評史を肥やしにして、平成の世で発芽するかもしれない種が蒔かれておるのじゃ。

大澤 無理矢理いい話っぽい風にまとめようとするの本当にやめてくれる?おまえもうっすら涙ぐんでんじゃねえよ!(綾門に再度ビンタ)あのさ、そういう言い方自体、過去の検証が足りないわけ。過去を蔑ろにして、現状を過剰に肯定して、全速力で走ったくせにただ土地を荒らすだけに終わって、均された後には何も残りませんでした、じゃ意味無いわけ。っていうかそういう人たちがこれまで数えきれないくらいいたわけだよ。ちょっと待って、『ゲンロン1』ちゃんと読んでくれた?。(謎の老人、アホ面をさらす)絶対読んでない顔じゃんそれ。だからさ、蓮實さんの発言じゃないけどさ、楽天的にはなれないわけだよ、もう。これからは悲観的になるしかないわけだよ、もう。新しい批評史を今後、スコープを狭くしないように細心の注意を払って開拓していくことを、本格的に考え始めると頭が痛くなってくるわけだよ、もう。3.11の言説だってオリンピックの言説だって、こんなに世論は硬直化しているんだよ?スコープをかなり狭くしていた、なんて後世の人に言われないようにするためには二度と同じ轍を踏んではいけないわけ、それなのにさ…。

大澤のセリフのあいだに綾門、謎の老人、???はいつのまにか退場している。

大澤 あれ、みんないなくなっちゃった。いつからいなくなっちゃったんだろう?まあ、いいよ。誰かが歴史から退場する時に、全員が全員、何らかの理由があって退場するわけじゃないもんな。いいよ、別に。(綾門から奪ったマッチを踏み潰す)例えばこの行為だって、意味を見出すのは俺の仕事じゃない。俺たちの入退場の歴史の意味は、半世紀後にまだ日本があれば、俺たちみたいに真剣に討議してくれる奴がきっと現れるだろう。俺が今いちばん話したいのは、そういう奴だよ。俺の言葉はモノローグじゃない、批評の未来にきっと存在するであろう、そういう奴とのダイアローグの予行演習だよ。

(幕)

 

☆1 『ゲンロン1』(genron,2015年)49ページより引用。

☆2 浅田彰『逃走論―スキゾ・キッズの冒険』(ちくま文庫、1986年)

☆3 佐々木敦『ニッポンの思想』(講談社現代新書、2009年)

☆4 諫山創『進撃の巨人』(講談社、2010年〜)

☆5 佐々木敦『ニッポンの思想』38ページより引用。

☆6 佐々木敦『へんげ』レビュー

http://www.cinra.net/review/20120305_movie_henge.php

☆7 柄谷行人『ダイアローグI』(第三文明社、1987年)117ページより引用。

「高級な〜」が柄谷、「楽天的〜」が蓮實の発言。

☆8 柄谷行人『NAM―原理』(太田出版、2000年)

NAMはNew Associationist Movementの略称。

 

※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

文字数:4269

課題提出者一覧