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ムラカミ、フルカワ、マイジョウ、ミウラ、

長い長い年月をかけて日本人は極めて自然に村上春樹の文章を読みこなせるようになった。しばしば「翻訳調」などと表現される、あるいは揶揄される自身の文体に対して、村上春樹は以下のように述懐している。

 

僕がそこで目指したのはむしろ、余分な修飾を排した「ニュートラルな」、動きの良い文体を得ることでした。僕が求めたのは「日本語性を薄めた日本語」の文章を書くことではなく、いわゆる「小説言語」「純文学体制」みたいなものからできるだけ遠ざかったところにある日本語を用いて、自分自身のナチュラルなヴォイスでもって小説を「語る」ことだったのです。

(村上春樹『職業としての小説家』スイッチ・パブリッシング、2015年)

 

チャンドラーやフィッツジェラルドなどのアメリカ作家との関連性は村上春樹も認めていることだが(村上春樹『雑文集』新潮社、2011年)、それはアメリカ文学をそのまま日本文学に輸入しようとしたわけではなく、アメリカ文学の蓄積と、自身のヴォイスとを溶け合わせ、日本文学の文体と当時みなされていたものを、根本から作り変えようとする試みだった。

そして更に長い長い年月をかけて、日本人は村上春樹の文章を極めて自然に読めるだけでなく、その系譜にある作家の日本語の文章を極めて自然に喋れるようになろうとしている。しかし、それは村上春樹自身によって齎された変化ではなかった。まずは、こちらの音源に触れていただきたい。

 

 

 

村上春樹のカタルーニャ国際賞スピーチの音源である。ここで内容の是非については論議しない。注目したいのは、極めて自然にすらすらと読めたはずの村上春樹の文章が、作家本人の口から語られても若干不自然に聞こえるという点である。このスピーチを最後まで聞かずに、スピーチ原稿を活字で読んで内容を把握してしまったせっかちな日本人は、何も筆者一人だけではないだろう。日本語をあのようなタイミングで区切り、あのような順序で喋られては、むしろ論旨を理解する障害にさえなり得る。冒頭を引用してみよう。

 

僕がこの前バルセロナを訪れたのは二年前の春のことです。サイン会を開いたとき、驚くほどたくさんの読者が集まってくれました。長い列ができて、一時間半かけてもサインしきれないくらいでした。どうしてそんなに時間がかかったかというと、たくさんの女性の読者たちが僕にキスを求めたからです。それで手間取ってしまった。(☆1)

 

内容を読み取れない、読みにくい部分はないと断言してよいだろう。つまり村上春樹の文章は、声に出して読みたい日本語としては設計されていないのである。

その障害をある程度解消することに貢献した日本の作家は二人いる。古川日出男と舞城王太郎である。それぞれの朗読の音源(舞城王太郎だけ覆面作家なので作家本人の朗読音源は存在しない。代わりに栗山千明による、舞城王太郎の短編小説の朗読を参照させていただきたい)、それぞれの朗読された文章の冒頭を引用する。

 

 

 

 

あなた明治天皇よ。

知ってるよママ。

明治ってなに時代?

きっと明治時代だろうなあママ。

きっと?

おれは歴史家じゃないよカリヲのママ。

そうね。

だろ?

あたしの目にやどるものがある。あたしはそれを感じる。あたしはコンビニエンス・ストアをみるけれどもコンビニエンス・ストアをみない。そんなものはなかったから。明治時代には。あたしは舗装道路をみるけれども半分はみていない。そんなものはなかったような気がするから。でも。明治時代にも舗装道路はあったのかもしれない。あたしにはわからない。

(古川日出男『ゴッドスター』、新潮社、2007年)

 

 

 

 

 

昔からずっと背の高い人はそのぶん背骨が多くて、低い人は少ないんだと思ってた。でも本当はそうじゃなくて、骨の数は大体決まっていて、背骨は三十三個。そのうち首の骨は七個で、胸が十二個、腰が五つでお尻の骨も五つ、そしてしっぽの骨が四つでできている。人にはしっぽがあるのだ。この事実と顔の皮膚にはたくさん寄生虫がいるってことは大抵の人にとって世界観や人間観が変わるくらいショックなことだけど、もちろん私もショックだったけど!ニキビダニ・・・・・・ダニって!でも私にとって本当に全てがひっくり返るくらいビックリしたこととは、私の他人より少し長く見える首の、中の骨が、実際に他人より一つ多いっていう事実だった。

(舞城王太郎『NECK』、講談社文庫、2010年)

 

古川日出男と舞城王太郎は、村上春樹の発明した文章のリズムを受け継ぎながらも、それそれ別の形で発展させ、声に出して読みたい日本語に組み替えることに成功している。古川日出男はどのような題材を扱っていても、実況中継が常に耳元でなされているような、「いま、まさに、ここで行われている」という錯覚を半強制的に引き起こす鮮烈な語りの技術がある。舞城王太郎は頭のなかでああでもないこうでもないと考え込んでいるときの思考回路が、何かの拍子にダダ漏れになってしまったかのような、過程のすべてを吐露している如き文体で、読者は舞城王太郎といっしょに物事について考え、立ち向かおうとする気持ちを奮い起こすことになる。それは読書という名の上演を、読み手ではなくあくまでも作家側からいかに仕掛けることが出来るのか、というそれぞれ別の切り口からの最適なアプローチであり、そして彼らの文章を呼吸のように読んできた世代の劇作家が登場することで、それは本当の上演のための文章、すなわち戯曲にも多大なる変質を齎した。日本の現代の戯曲史は、ようやく翻訳劇特有の仰々しい語りへ過度に同化するわけでも、露骨に拒絶するわけでもなく、しかも日本の伝統文化から育ってきた語りではない種類の語りを、自分たちの話し言葉に馴染ませようと苦しんでいる。その苦しみにひとつの答えを見出したのは、ロロ主宰の三浦直之である。

 

 

劇作家・三浦直之本人も出演しているロロ『いつだって可笑しいほど誰もが誰か愛し愛されて第三小学校』(2010年、新宿眼科画廊)のこの短いダイジェスト映像から読み取れるのは、ダイアローグ部分は平田オリザが提唱した現代口語演劇の系譜のものではなく、むしろ古川日出男の紡ぐ端的な会話に近いということ、モノローグ部分はいわゆる唐十郎や寺山修司らのアングラ世代が用いた暑苦しい詩的文体ではなく、考えていることをなるべくすべてぶちまけようとして言葉という言葉が均等に羅列されていく舞城王太郎の文体に近いということである。

音声のみではわかりにくい部分もある。三浦直之の現時点での最新作である『ハンサムな大悟』からセリフを引用してみよう。

 

大悟 おぎゃおぎゃおぎゃああ

502 大悟は公園の砂場に寝そべりながらさえずっていた。まだ幼いその姿は、まだ幼いのに異様な色気をにじみ出していて、滲み出た色気はそのまま地面まではみだして、はみだして色気はゆっくり伸びて私の頬をピンクに染めた。少年、どうした? うちどこ? おかあさんは? わかんないの? 私と一緒じゃん。ほら、この団地って異常にアパートの数が多いっしょ? 引っ越してきたばっかだからさ、全然道覚えらんねーの・・・あ、これ? これは昨日の晩御飯。グラタン

大悟 グラタン!いいなあ

502 え、なに、しゃべれんの

大悟 なに言ってるんですか、全然喋れないですよ。僕、物覚え悪くて未だにママすらろくに言えないんですよ

502 いや、でも会話してんじゃん

大悟 それはお姉さんが、僕の声の表面の音に触ってくれてるからです

(三浦直之『ハンサムな大悟』、2015年)

 

ここで重要なのは、それが実際の上演で、実際に会話が成立しているにも関わらず、会話をしているという事実が話している本人によって否定されるという仕掛けである。大悟はこのとき1歳の設定であり、小説ならばともかく、演劇ではおぎゃあと叫ぶか心の中の説明がナレーションで入るかというのが通常の形式であるけれども、三浦直之が採用した戦略はそのどちらでもない。「声の表面の音に触って」コミュニケーションをするという快楽は、古川日出男や舞城王太郎の読書の喜びに接続するものである。すなわち、我々の視覚が刺激されるだけでなく、我々の声帯が起動したくてたまらずウズウズするような、声に出して読みたい日本語、声に出して読みたい物語の来訪を告げる鐘である。

ミウラ、の次に繋がる名前が誰になるのか、それをこれから我々は目撃することになる。ゆっくりと、時間をかけて、ずっと続いていくであろう変容の過程の、その皮切りを、我々は目撃することになる。いつそれが訪れるのかはわからない。すでに誰かが何処かで起こしているのかもしれない。

☆1 http://kakiokosi.com/share/world/183

文字数:3978

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