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負けたくないから試合に出ない男の子たちへ

男女平等を謳いながらも、現実にはそうなっていない、というケースは多々ある。たとえば劇作家はいまだに男性の数が圧倒的に多く、岸田國士戯曲賞の選考委員は全員男性である(2015年時点では岩松了、岡田利規、ケラリーノ・サンドロヴィッチ、野田秀樹、松尾スズキ、松田正隆、宮沢章夫の7氏) (※1)。もちろんあえて男性のみを選んだわけではないのだろうし、そこにはそもそも女性の受賞者自体が少ないという問題もある(21世紀に入ってからは本谷有希子と矢内原美邦のみ)。選考委員の一人である岡田利規は演出家・篠田千明との対談の場において「今の選考委員が問題なのは全員男だってこと」だとまで言い切っており、問題意識は少なからず選考委員にも発生している(※2)。このように男性の力が女性よりも強くなっていることへの疑問というのは、ある程度社会的なスタンダードであるので論議されやすい。しかし全く逆の問題、つまり男女平等を推進しようとするあまり、変に女性の価値を男性より過剰に持ち上げようとすることで何らかの弊害が生じようとしている場合、それが問題として認識されにくく、批判も出にくい。そして現代短歌の動向に、その問題を見出すことは部分的に可能である。たとえば第60回角川短歌賞受賞作、谷川電話「うみべのキャンパス」を巡る選考座談会には、ネガティブな意味で考えさせられるやり取りが含まれていた。

 

東 (中略)「ぼく」というのが出てくるから主体は男性だと思って読んだのだけど。

小池 どっちなんだろう。

米川 分からないですね。

小池 でもこれ女性なんだよ。

米川 私も女だと思ったのだけど。

小池 男性なら減点だよ。

(『角川短歌』2014年11月号、p102)

 

谷川電話の連作の中で「ぼく」が含まれているのは下記の二首である。

 

灰色のほこりのかたまりつまみ上げぼくの最後の羽根だと言い張る

「わたし」「ぼく」一人称に迷いつつ死亡保険の契約をする

(『角川短歌』2014年11月号、p60、p64)

 

「女性なら減点だよ。」という発言であれば迷う余地なく厳しく糾弾されているだろうが、「男性なら減点だよ。」であれば大丈夫というわけではもちろんない。短歌の出来不出来に関しては本稿の論じるところではないが、客観的にみて、これらの「ぼく」が男性であるからといって、価値が減じられるものであるとは判断出来ない(ちなみに谷川電話は男性である)。いや、それがいかなる短歌であれ、主体が男女どちらであるかによって減点対象になる可能性を示唆すること自体、極めてナンセンス、言語道断であると言わざるを得ない。このような発言により封殺される、あるいは封殺されるまではいかなくとも応募者がジェンダーを気にしてそういった作品を控え始めるという現象が起きるのは、あまり好ましくない事態であると容易に推察できるからである。もちろんPC配慮の行き過ぎが逆に言葉狩りに繋がるケースもあるのでそこは慎重にならなければならないが、現時点では残念ながら遥かそれ以前の認識で留まっているといえるだろう。しかしここには現在の状況が端的に示されてもいる。このような誤解は、多少の差はあれ全体的な傾向として性別の抹消へと向かいつつある若手の男性作家のみに起きがちな現象だからである。ジャンルが引き寄せる業なのか、現代短歌では男っぽさを前面に押し出す男性作家より、むしろ意識的に封じ込めようとする男性作家のほうが今では数多く見受けられる(繰り返すようだが、それが歪んだ女尊男卑、しかも一周まわって結果的に男尊女卑になってしまっているという閉塞的な状況を打破する為の戦略ではなく、封殺の可能性を緩やかに回避する為に採用された、ベストではないがベターな対策であり、今後、自覚的ではなく無批判に、そのような対策を採用する若手作家が続々と登場するようであるならば、大変由々しき事態である)。一方で、女性作家は女性性をとことんまで掘り下げることに根強い関心を抱く者も多い。ここでは性的な問題を扱うことにほとんど興味がないようにみえる代表的な若手作家である永井祐、対照的に性的な場面における男性への軽蔑を時としてあらわにする作風で有名な林あまりの短歌をそれぞれ比較検討する。

 

手の中の小鳥のようにひくひくと

終わってちいさくなったおちんぽ

(林あまり『ベッドサイド』新潮文庫、2000年)

次の駅で降りて便所で自慰しよう清らかな僕の心のために

(永井祐『日本の中でたのしく暮らす』ブックパーク、2012年)

 

こうして並べてみると、まるで林あまりの返歌を永井祐が詠んだようにみえるが、流れた年月のことを考えるとあくまでも偶然だろう。「おちんぽ」について冷淡な態度を取るこのような女性に対して、「清らかな僕の心のために」自慰をするというわずかな抵抗しか男性には許されていないのだとしたらこれほど切ないことはないが、しかし重要なのは、これは抵抗ではなく、歌集のタイトル通り『日本の中でたのしく暮らす』うちのとある日常の一場面に過ぎず、ある意味では林あまりと全く別のあり方で異性に媚びようとしていない、ということである。いや、そもそも媚びる、媚びないという考え方そのものが失われている、と表現したほうがより正確だろうか。

 

不誠実の極み尽くして

なんでそうきれいな目をしてみつめられるの?

(林あまり『ベッドサイド』新潮文庫、2000年)

 

林あまりが常に異性の他者を想定して、服従しないことを強く主張し、場面次第では酷なまでに突き放しているとすれば、永井祐にとっては異性の他者などほとんど空気も同然の存在である。服従関係どころか人間関係そのものをあえて希薄に留めており、最優先課題である自分が『日本の中でたのしく暮らす』以外のことについては何の関心もなく、意識的に拒絶する必要もなく、肩肘もはらず、ただただ不要な情報を綺麗に遮断している。

 

あと五十年は生きてくぼくのため赤で横断歩道をわたる

(永井祐『日本の中でたのしく暮らす』ブックパーク、2012年)

 

信号の赤を律儀に待っている人々も、しばらくすると横断歩道を通るであろう自動車も、遵守しなければならない交通法規さえもが「あと五十年は生きてくぼくのため」に簡単に無視されてしまう。パッと見でショッキングな作風なのは林あまりだろうが、こうしてみると永井祐の一貫した無干渉には背筋が寒くなってくる。もちろん作者と作品は同一視出来ない。切り分けて考えなければならないのだが、固有の人格が短歌に宿っているのだと仮定した場合、林あまりは話し合う余地がまだしも残されているが、永井祐には全然ない印象を受ける。返事ぐらいはしてくれるかもしれないが、決して考えを揺らがせることはない。たとえ誰かと干渉しようとする時でさえ、自分の意見をその誰かにあわせて変えようとする気がまるでない。

 

この文面で前にもメールしたことがあるけどいいや 君まで届け

(永井祐『日本の中でたのしく暮らす』ブックパーク、2012年)

 

ここでひとつの懸念が生まれる。 特に若手の男性作家の短歌では、まるで人間には性感帯というものが備わっていない生物であるかのように描かれることが多い。乱暴に言えば、林あまり『ベッドサイド』の男女逆転、という類のものは今後も出現しないであろうと断言出来てしまえるような土壌が、暗黙の了解で生まれつつあるのである。永井祐よりも男性性から遠く離れようとした若手作家に笹井宏之がいるが、性的なものの重要性は認めつつも、その重要性にはコミットメントしない、という頑なな意志が作品の端々から感じられる。

 

交尾するときはあんなに美しいなめくじに白砂糖かけっぱなし

(笹井宏之『ひとさらい』書肆侃侃房、2011年)

 

しかし表現形態が男性性の失効のみで留まっていて、果たして本当にいいのだろうか? 問題は現代短歌に留まらない。ジャンルを問わず、男性性の失効によってどう社会が変質するかについて検討される作品は、日本で近年増加傾向にある。漫画であれば、男性の消滅した世界に生まれた唯一の男性として生きなければならない主人公が、自分の性別を隠して近づいた結果、好きな人に熱烈に妊娠を望まれてしまうその葛藤と絶望から幕を開ける阿仁谷ユイジ『テンペスト』(講談社、2011年)、小説であれば、十人産めば一人殺していいという「殺人出産制度」が施行、 男性も人工子宮をつければ産むことが可能になった近未来を描いた、少子化対策に一石を投じる問題作である村田沙耶香『殺人出産』(講談社、2014年)が存在するが、阿仁谷ユイジ、村田沙耶香、いずれも女性作家である。男性作家は何をしているのだろうか? 自分たちには関わりのない問題だとタカをくくっているのだろうか? 黙って指をくわえて見守るだけなのだろうか? 続々と女性たちが試合の場に揃い始めても、男性たちは観客席に座ろうとさえしない。女性たちの試合を観る者もいない、飛んできたボールを投げ返すどころか拾う者もいない。これでは試合にならない。この溝は男性たちの意識改革がなされないかぎり、永遠に埋まらないだろう。そういった題材を扱わないことについて「モラルがある」と評する男性たちもいるだろうが、社会のジェンダーに対する変質がここまでの段階に来ていながら、それは無理のある判断である。「モラルがある」ではなく「萎縮している」と呼びかえることを提案したい。そこから話を始めよう。むしろそこから始めないことには何も芽吹かないだろう。

 

※1 白水社 岸田國士戯曲賞

http://www.hakusuisha.co.jp/smp/news/n12020.html

※2 完全採録「2/24にSNACで岡田利規と篠田千明がしゃべるアレ」

http://snac.in/?p=2634

文字数:3973

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