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あなたたちみんなを見殺しにしよう

微妙な案件だが、小学六年生の頃、自分の隣に座っていた、知的障害のある女の子が授業中に失禁していると気づいていたにも関わらず、先生に報告もせずに、周囲のあらゆるものが濡れていくのをぼんやりと眺めていたのは、やっぱり間違っていた。結局そのときは、後ろにいた女の子が先生に報告し、女の子たちが手分けして雑巾で尿を拭き(かなり広範囲にその被害は及んでいた)、洗えるものはその場で洗い、洗えないものは容赦なく捨てていた。そのあいだも自分はまるで何も知らなかったという顔をして、淡々と授業を受けていた。その顔はわざとらしかったが、いまさら雑巾で拭くグループに混ざるのはそれ以上にわざとらしかった。知的障害のある女の子は号泣しているところを、別の先生が颯爽と現れてどこかへ連れていってしまった。あえて黙っていたわけではなく、ただ黙っていたことも問題だった。そこには配慮もなければ軽蔑もなかった。目撃して、あっ、と思って、それから考えることをすぐにやめた。それだけだった。何事もなかったかのように進んでいく授業に、何事もなかったかのように対応した自分が嫌になった。いざという時に、どうでもいい人どころか親族でさえも、分け隔てなく見殺しにするだろう、そういう確信が強まっていった。

同じ年に祖父を亡くした。赤く染まった人間の頭蓋骨をみるのははじめてのことだったので、パリパリと割って遊んでいたら、火葬場で父の拳骨を食らった。それから割った後の赤くて砕けた骨をじっと睨みつけていた。自分のことを可愛がってくれていた祖父の頭蓋骨でなぜ遊んでいたのか、いまとなっては不思議で仕方がないが、現実として受け入れる準備が整っていなくて、我を忘れて茶化すことで、なんとかその場に居ることが出来たのだろう。

2015年7月15日、デモに参加した際、大勢のひとたちの切実な怒号を、しかし積極的に耳に入れようとはしなかった。おっかなびっくり参加したデモは、想像以上に音楽だった。歌だった。歴史的な瞬間のデモを目撃しにいったはずだったのに、有象無象の声の束に翻弄されるばかりで、とてもじゃないけれどそれどころではなかった。だから始終、ヘッドホンで耳を塞いで歩いた。聞きなれない声より聞きなれた音楽に身を浸して安心することを優先した。その時点で、自分は徒労に身を捧げていた。わざわざ国会議事堂前まで来たにも関わらず、本当のシュプレヒコールも聴かずに、RADWIMPS「シュプレヒコール」ばかり延々と爆音で聴いて、ようやく平静を保っている。

 

 

いまこの瞬間も止めどなく ほら 白と黒とがやりあってんだ

その火の粉で上がった炎で 泣く泣く僕ら暖をとったんだ

(野田洋次郎「シュプレヒコール」、2012年)

 

 

日常を壊す恐れのある国の動きに対してのデモに参加しに来たはずなのに、亀裂の走っている日常を直視することができない。

「また見殺しにするのか?」という幻聴の螺旋が全身を覆う。

わたしはわたしの目の前にいる人たちの、いままさに生産されようとしている感情の塊を、処理することができない。

 

 

≪おれは啓示をえたのだ!≫

おれの叫びで眼をさました党員たちが犯人を穿鑿してどよめき始めた、おれは眼をつむって寝ているふりをした、そして歓喜にみちあふれて啓示を心のなかにくりひろげ確かめた、≪啓示、おれは自分の力でこの毒にみちた平和を破壊することによって、天皇にいたるのだ、啓示、おれは自分の力で真の右翼の魂をもっている選ばれた少年としての証拠をつくりだすのだ、啓示、おれは自分の力でおれを祭る右翼の社、おれを守る右翼の城をつくりだすのだ≫おれは咋夜、酔っている自分が豚の酔いどれにむかって投げつけた言葉がそれ自身で強制力と権威とをもっておれに再び戻ってくるのを感じた、日本を最も毒するやつを、おれの命を賭けて刺す、それがおれの使命だ!

この新しい言葉から始った思考がひとめぐりして再びその言葉に戻り、円環は啓示をかこんで閉じた、そしておれは至福の昂揚のなかで優しく甘い華やかな声を聴いたのである

(大江健三郎「政治少年死す」、『文学界』1961年2月号より)

 

 

困っている人に手を差し伸べることにも、死者を悼むことにも、大切な人を守ることにも本気にならない、啓示らしきものを軽やかに無視し続けているわたしは死体も同然である。

世界は変わらないとしても、積極的に現実に介入しなければならない時がある。

それは黙殺の蓄積というべき、大失敗と断じてよいわたしの23年間が示している一つの教訓である。

帰り道、シュプレヒコールに少しだけ参加する。その声は弱々しく、街宣車の上で半泣きになりながら国会議事堂を指差して真っ白なメガホンで訴えている女子大生の声にあっけなくかき消されたが、沈黙を貫き通して駅に向かわないだけ、まだマシだと思うことにして、わたし自身をまたもや甘やかし、慰め、電車に乗った瞬間に啓示らしきものも忘れた。

 

 

おれは秋めいた夜気のうすら寒さのなかで一瞬、汗みずくになり震えはじめた、しかしまだなにも定めたわけではない、しかしまだなにも定めたわけではない、そしていまになって考えれば、啓示が定めてくれるのではなく、おれが定めるのだ、まだなにも定めたわけではない‥‥(同前)

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