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絶対安全権力逃避

前提として、平成三年生まれの筆者は体感として昭和を知らない。昭和一年と昭和六十四年をひっくるめて昭和と呼んでしまうことになんの不都合や障壁も感じないと話したとき、戦後昭和生まれの友人は唖然としていた。申し訳ないが、そもそもWikipediaで調べるまで昭和が六十三年で終わったのか六十四年で終わったのか、記憶がかなりあやふやだったぐらいなのである。どうも昔戦争があってアメリカに負けたらしい、と同レベルでどうも昭和って時代があったらしい、という極めて稚拙な認識に留まっている。その認識を更新しないまま、今日まで生きながらえてしまった。これからも更新の予定はない。いや、更新することができない。どれだけ昭和の話をひとから聞いても、文献を読みあさっても、岡田利規『三月の5日間』で登場する若者にとってのイラク戦争並みに、完全に他人事である。率直にいって、それが自分にとっての、そして平成生まれのある程度無知な若者にとっての、昭和にまつわる一連の現象に対する、適切とは言い難い距離感である。

 

このような平成生まれの人間と、昭和生まれの人間の立ち居振舞いの差は、舞台関係の現場で散見される。演出家が特にそうだけれども、どうしても権力というものを避けて通ることができない。ひとを選ばなければならない立場に自動的に陥るからである。しかしたとえば平田オリザ+松井孝治『総理の原稿』におけるクレバーな対応や物事の決着の付け方をみても分かる通り、平田オリザは「権力をいかにスムーズに使うか」を考えて動いているのに対して、平成生まれの、自分と同世代の若手アーティストは多かれ少なかれ「権力からいかにスムーズに逃げるか」で頭がいっぱいである。権力は「持たざるを得ないものだが、なるべく減じられればありがたいもの」として目の前に立ちはだかる。なるべく後輩から「さま」や「先生」といった敬称を取り除くといった小さなことに腐心する。才能の問題ではなく、平田オリザのように総理大臣のスピーチ原稿を書くような者は今後現れないだろう。オファーがあったとしても裸足で逃げ出すだろうし、裸足で逃げ出しそうな若手演出家に向こうもあえてオファーはしないに違いない。しかしそのような傾向は、必ずしも悪いことばかりではないと筆者は考えている。「これだから平成生まれは/草食系は/ゆとり世代は」などと揶揄されやすい現状は、甚だ遺憾であると言わざるを得ない。

 

東京芸術劇場で行われた若手演出家のショーケース『God Save the Queen』に参加したワワフラミンゴの短編作品「どこ立ってる」で印象深かったのは、唖然とするほど劇中に差別的な人間関係が出てこないことであった。他にも複数の登場人物はいるが(動物もいるなかで登場人物という言い方が正しいのか不明だが)、端的に言って「主役」と「たぬき」と「恥ずかしがり屋で舞台上の扉から手しか出せない人」があくまでも対等にそこに存在しており、交流したり、あまり交流しなかったりする。ただそれだけの関係に留まり続けるブレーキの踏み方が驚異的であった。そこには上下関係もなく、排除の意識も働いていない。この点に関しても、青年団が『冒険王』や『ソウル市民』等で日本人と韓国人のあいだに横たわる差別意識を、作品の中でじわじわと炙りだそうとしたことを想起すれば、両者の目的意識に埋めがたい溝があることは察知できるだろう。

 

同様の現象は現代演劇に限らず起きている。『平成生まれ』シリーズで平成生まれの若者に熱狂的な支持を得、四コマ漫画界に小規模な革命を起こしたハトポポコ『けんもほろろ』の作品世界では、権力とは無縁の牧歌的ムードが終始漂っており、そこにいるクラスメイト全員が平等に扱われ、友達欲しいけどできないキャラ担当の佐々木を除いて、基本的にヒエラルキーは存在していない。正気を疑うぐらい「みんなで輪になって踊ろう」状態をキープしており、人間関係は変質せず、率直に言って1巻と2巻の区別がつかないぐらい全く同じノリである。歯を食いしばって無理にではなく、ただただラフに。

 

「豚肉ってなんであんなおいしい?」

「めっちゃ好き」

「不思議な程うまい」

「豚の気持ちになればなんかわかるかな」

「よし私 豚になる」

「モ〜〜〜」

「モ〜〜」

「モ〜〜〜」

「モ〜〜〜」

「モ〜〜」

「牛だこれ!!」

(ハトポポコ『けんもほろろ2』(竹書房)78ページより引用)

 

一方で、榎本俊二の記念すべきデビュー作であり、ナンセンス四コマ漫画の金字塔である『ゴールデンラッキー』では、唐突な差別の嵐で強制的に笑いを生み出していた。理不尽に人を死に至らしめ、新たな登場人物を過剰に押し出してきた。このことからも、昭和と平成の考え方の断絶を理解するのは、決して難しいことではない。平成生まれは生理的に無理という表現が似つかわしいほど、本当に、本当に争いたがらないのである。自分が下になるのが嫌なのは当然として、上になるのさえ心から不愉快なのである。みんなと同じ地平でキャッキャウフフしていたいのである。

 

批評再生塾にもいえることだが、積極的に争わせようとするシステムそのものが、まさに昭和的なものである。もちろんどうしようもないぬるま湯を生み出さない為にも、その過酷さは一概に悪いとはいえない。しかし、絶対安全な場所はどこにもないということを3.11が最悪の形で証明した現在、だからこそ少しでも絶対安全圏内をどこかに作り出せないか、作り出せたとしてそれをなるべく長いあいだ維持することはできないか、そのことについて考えを巡らせ、尽力することが平成生まれの使命なのではないだろうか。

 

「代わりはいくらでもいるんだよね、と言われ続けること」にも「加速する競争社会を、芸術を志す者には当然の現実として受け入れること」にも「業界の厳しさに耐えられず、消えていく若者を目撃すること」にも心底うんざりしているならば、芥川龍之介のエッセイ「漱石先生の話」をいまさら、いまだから読み返してみるのがこれからの未来を考えるうえでのヒントとなる筈である。それこそ昭和よりも以前に行われていた、木曜会のような気軽さを、もう一度取り戻してみないか?誰かを踏み台にするのではなく、誰かと手を繋いで。

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