上京老人

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梗 概

上京老人

五反田駅の西口を抜けて数分歩くとワンルームマンションを居抜きして改装したホテルがある。
受付のアルバイトをしている女学生のもとに一人の老紳士がチェックインする。
彼女はいつもどおり受付票の記載をうながす。
ルームキーとホテルの品質向上のためのアンケートを渡ると老紳士は微笑んでエレベーターで上がっていく。
受付票に記載された住所は五反田の東口を抜けた高層マンションのエリアだった。
ホテルを利用する客のほとんどは店から女の子を呼ぶためにチェックインする。
老紳士の雰囲気に好感を持っていた女学生はその色欲ぶりに若干、落胆した。

アルバイトを終えた女学生が近くのパブに入ると先ほどの老紳士がいた。
老紳士は女学生に気づくと立って会釈をした。
女学生はグラスを持って老紳士のテーブルに座った。
「女の子と待ち合わせですか?」

老紳士はただ宿泊するつもりだといった。
しつこく問い詰める女学生を連れて老紳士は店を出た。
二人は東口を抜け老紳士の高層マンションに入った。
そこで女学生は気づいた。
「あなた、上京老人なの?」

老紳士は通称『上京老人』と呼ばれる者だった。
限界集落や高齢者の引き起こす事故など田舎で老人が暮らすことが生活環境的に難しいと

政府は判断し地方に住む老人たちを都会に移住させるプロジェクトを数年前からはじめていた。
一定の年齢を超えた単身世帯の老人たちは強制的に
交通インフラやスーパーマーケット、医療施設が近隣に備わった
都会の高層マンションに住むことになった。
その手厚い保護は予算に占める割合も高くなり票稼ぎの政策だとメディアで取り上げられていた。

老紳士の高層マンションからは都会の眺望がみえた。女学生が生まれ育った東京の景色は彼女に特別な気持ちは何も与えなかった。
老人はこの街に馴染むことができないという。例え不便であっても生まれ育った街で生涯を過ごしたかったと。
「私はここに住んでいるのではない、ただ泊まっているのだ」
そう思いこむために時折、ホテルに泊まっていると老紳士はこぼした。

女学生は或る一室に案内された。老紳士が地元からもってきたという洋蘭が四方の壁と天井に着生していた。

この匂いが私の土地の匂いだと老紳士は話した。それから空き瓶に洋蘭を一本詰め、窓を開けた。

ポリネーターを呼ぶのだといった。

老紳士が瓶のふたを開けると明るい東京の夜景に交じってひとつに光がやってきた。

その光は空き瓶を抱え、また夜景のなかに消えた。

「私はきっと故郷の土地から永遠に抜けきれないのだと思う。それはもう私の一部であり、私はそれを伝えていくのだ」

老紳士はそういうと窓を閉めた。

高層マンションを出て五反田を自転車で走る女学生。信号待ちの交差点で停まる。
終電に乗り遅れた人々を乗せたタクシーと配送のトラックが行き交う。
アスファルトの感触ですらいつもと違ったように感じた。
青信号になり自転車を走らせる。この匂いが私の街なのかと女学生は思った。

文字数:1202

内容に関するアピール

「土着」に個人的に強い関心があります。

五反田という場所を訪れたことはありませんが、調べると五反田という地域にも当然、歴史や文化があり

ただ、そこが培ってきたものは今、影を潜め、生活の利便性を追求する街へと変化しているのではないかと感じました。

これは五反田に限らず多くの街であてはまることかもしれません。

そういう街にもし土地を重んじる人が強制的に住まわされたら、どうなるのだろうと思いました。

今の時代、どこにいってもライフスタイルはほぼ均一化されていて

その街特有のなにかを感じることは少ないと思いますが、

それでもそこにいる人々は当人たちの意識していない根深いところで

土地とつながってしまっているということがあります。

 

この作品は異世界に飛躍したり、壮大な物語ではありません。

地に足の着いた場所から、遠くに伸びるだけのSFです。

文字数:361

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