わざとまちがえてみました

梗 概

わざとまちがえてみました

浅川比佐志の時間は、生涯間違って進んだ。

比佐志は生まれた時、36歳だった。36歳として認識されている人物に、新生児の意識が注ぎ込まれたのである。痴呆と見なされ保護、措置入院し、次第に幼児程度の知識を得た。新生児の発育に酷似した特異な治癒経過だったと主治医は観察したが、それが真実だとは認識しなかった。そして42歳を迎える頃、当人の見当識では6歳程度に成長して退院したが、即日かつてのファンに刺し殺された。

比佐志は生涯のほとんどを俳優として過ごし、熱狂的ファンがいた。しかし亡くなる10年以上前に引退している。引退原因は投資とギャンブルで巨富を得たためとも、最後の主演映画のプロモーションが致命的スキャンダルになったためとも言われる。
引退直前、
29歳の比佐志は「全てを知っているようなまなざし」と評されながら、その一方、子役時代よりも無邪気に見える、反抗期の少年めいた言動の魅力で絶大な人気を得ていた。しかし映画完成試写会で横柄きわまりない態度を取った挙げ句、釈明記者会見では「わざとまちがえました」と言い放ち、そのまま引退していた。
その理由は、30歳になれば心が6歳になることを察知していたからで、30歳から36歳までは、(つまり6歳から12歳まで)田舎に引きこもり、妹に面倒を見て貰っていた。

比佐志は6年ごとに意識が逆進するのだった。

18歳から24歳までの比佐志は、生涯で唯一肉体と精神の年齢が一致していた。屈託ない青春スターとして活躍、同時に懸命に体を鍛え誠実に演技を追求する、子役からの転身に成功した若手ベテラン俳優であった。

12歳から18歳までの比佐志は、希有な表現力と忍耐強い性格で、上手すぎるのが欠点、悪達者だと評されながら仕事をこなし、高校には行かなかった。ひたすら蓄財し、資産運用を成功させるも、タイムマシン詐欺とコールドスリープ詐欺に遭った。

6歳の比佐志は既に子役として重宝がられ、小学校に通うことが困難なほど売れていたが、心は30歳。演技は不気味なほど堂に入っていた。無邪気さと無縁の子役ながら売れっ子となっている理由は、「凍死寸前の捨て子を発見、保護した」という事件によって注目を浴びたからであった。

0歳の比佐志は生涯で最も不幸であった。36歳の比佐志の心は妊娠後期の胎内で目覚めたのだ。出生後も長期拘禁されたダメージから回復するのに長い時間を要した。満1歳に近づき発声と筋肉トレーニングを自主的に始め、大人の意識を隠しながらも3歳で文字が読めることを示し、子役オーディションを希望する。プロデューサーから「世の中の事を全部わかってんだろ」と言われ、「はい、その通りです」と答え難を逃れ、仕事を得た。そして6歳になる直前、道端に捨てられている新生児を助けた。
捨て子を見つけた比佐志は、「間に合った」と言う。秘密のノートを何冊も作り、思い出の場所場所に隠す。その一冊には、「理由なんかどうでもいい。このためなんだと思える一生なら、大団円だ」と書かれていた。長い年月が過ぎ、それを見つけたのはかつての捨て子だった妹で、妹はそれを台本の台詞だろうと思う。

文字数:1285

内容に関するアピール

時間の進み方がエラーである人間の一生を描きます。

主人公は晩年の6年が出生からの6年となり、次は12年戻って6年を過ごす、というアルゴリズムで一生を送ります。
おおよそ以下の太字通り、上段が意識年齢、下段が肉体年齢です。(スマホ表示ではズレるかもしれませんが)心の年齢は見当識でしか測れないので、おおよそです。

意識36~42/30~36/・・・/0~6
肉体 0~6 /  7~13/・・・/36~42

この時間のズレの原因は、主人公が幾つもの仮説を立てます。

・6年周期の惑星ないし彗星の時間が影響している。(不十分)
「宇宙は膨張し続けているのにタイムマシンを使うと地球上の同じ場所に到着する。絶対的座標を持たない宇宙空間では惑星単位で時間が進んでいるからだ」と唱えるタイムマシン詐欺師の弁から。

・「生命、宇宙、万物についての疑問と答え」が6×9=42という誤ち。(数が符合するだけ)
『銀河ヒッチハイクガイド』の、一般にも広く知られた特別な数と式に自分の人生が暗合すると考える。
6年ごとに時間が戻り、受胎(意識無き綬肉)と死を加えて区切れは9回42歳で人生が終わると仮想。

・時間は螺旋であり、そのコイルが一周ごとに上昇せず下降する。(アルゴリズムは適合)
主人公が小学校の教室で電磁石を作る時に一瞬浮かぶ考え。時間についての前提があやふやなのですぐ忘れます。

・自分の時間はかぎ針編みの毛糸と同じ進み方をしている。(慰めになる発見)
バック細編み《こまあみ》と二重鎖編み《にじゅうくさりあみ》のスカラップ(波形の装飾網み)の作例。6目進んで編み始めより下がり、6目編んで更に下がることで完成します。

これらの仮説は主人公の間違った時間を説明できても、一切問題を解決しません。ばかばかしい仮説を幾つもあげることで、「人生の正解など何の意味もない」とまで感じさせたい。
全ての人間が一生を時間にもてあそばれて終えます。実作では、読者が主人公の異常な人生に共感を抱き、感情を揺さぶられる小説を目指します。

文字数:841

わざとまちがえてみました

§1

退院の手荷物には、小さな額とコイルが入っていた。額は入院の年からベット脇の小卓に立ててあったもので、子供がクレヨンで数字を書き並べたような紙が入っている。入院患者が子供の描いた絵を飾るのは珍しいことではない。そして書かれた数列は、一見するとカレンダーかと思われる。行頭の数だけが赤で書かれているからだ。しかしよく見れば、書かれた数字は1から31ではなく、0から42までであり、一行に並ぶ数字は7つではなく、6ずつだった。それだから、赤で書かれている数字は0・6・12・18・24・30・36・42。単純な、6の倍数。
42は最後の行に、一つだけ赤で書かれ、それで数列は終わっていた。

比佐志はもう六年近く入院していたが、持ち込んでいる手回り品は少なく、それもほとんどは妹が整理を済ませていた。妹は薄汚れた額を捨てようとしたが比佐志が執着したので取り置き、コイルも数日前に妹が見つけたものだ。
妹は兄の退院が決まると、ベット脇の小卓をすっかり空にし、引き出しを引き抜いて拭き掃除した。小さなコイルは引き出しの奥から落ちたらしく、外からは見えない金属レールにひっかかっていた。短い鉄棒に針金を巻き付けたコイルは、錆が浮き、埃や汚れが沈着していたが、兄が大切にしていた物だと知っている妹は、捨てずに手渡した。
「僕のこいる」
「うん、そうよ。見つかったの」
「覚えてるよ。これで僕良く遊んだ」
「お兄ちゃん、覚えてるよりずっと昔から、そのコイルが宝物だったのよ」
比佐志は四十二歳、妹も三十七歳である。それでこの会話なのは、兄の患う記憶障害のせいだ。比佐志が覚えているのはせいぜい三年前までの事だけ、病院に運ばれた時には重度の記憶喪失状態で、ひどい赤ちゃん返りを起こしていた。メロドラマで描かれる記憶喪失者は、人間関係や自己認識だけを忘れ、生活技術や知識を失わない。しかし実際の記憶喪失でその病態は稀だ。比佐志の記憶障害は重度の痴呆と見分けがつかなかった。

退院の今日、妹が迎えに来るまで時間がある。比佐志は一度病院の外に出てみようと思いついた。
「散歩をしてきます。すぐ、戻って来ますね」
ナースセンターに声を掛けてエレベータホールに向かう。声は落ち着いた大人のそれだが、丁寧というより、保護者に甘える者の気配がにじむ。妻に万事頼り切っている夫の口調にも似ているが、それよりも子供に近い。
比佐志は入院した始めの年に、髪を自分でひっぱって抜いてしまったから、前髪から頭頂にかけて、頭髪がまばらだった。後頭部の髪も新生児が良くやるように枕にこすりつけて薄くなっていた。
その後ろ姿を見送って、
「もう退院できるのは良かったけど、十年前はあんなに素敵だった人が、ねえ」
 他の科から移って間もない中年看護師は、小声で溜息をついた。
「引退した時大騒ぎだったの覚えてます。見た目、普通の人っぽいから私も始めはびっくりしました」
二十歳そこそこの、看護師が応じた。
「昔も普通っていうか、普通なのに、普通じゃなく素敵だったのよぉ。何であんなに素敵だったのかなあ」日誌を書く手が止まっている。
「ファンだったんですねえ、すごいアツい」
「特別ファンじゃなくてもみんな見てたのよ」
会話はそこで終わり、口に上ることは無かったが、現在の比佐志をそれと知って見る者は、ほとんど同じ感想を抱く。昔日本中でもてはやされた青年が、今ではすっかりうらぶれた中年男だと。
それは過去と現在をつなぐ経過が断ち切られ、輝く過去に、光を失った現在がむりやりつながれて目の前に差し出される驚きと失望だ。
 入院より更に六年前、つまり十二年前に、比佐志はその生涯の職業を引退していた。とはいえいまだに、比佐志は成功した俳優として多くの人に記憶されている。多くの人にとって、記憶していること自体が芸能人の成功の証である。浅川比佐志の名は、芝居のうまい俳優としていまだ多くの人間に記憶されていた。
そしてファンにとっての彼は、「子役をはじめたときから完璧な演技をした、そして年を経るごとに純粋で魅惑に満ちた存在になった」として熱狂を捧げ続ける存在だった。
ブラウン管テレビで、フィルム撮り映画のスクリーンで、小劇場で、比佐志は演じ続けた。他人に望まれる人間を、望まれる以上に演じ続けて来た。
過去の人であるとしても、その演技はいまだに複製され、再生され続けている。

発症した頃、比佐志は妹と二人暮らしだった。三十六歳になったばかりで、ひどく不安を示す日が続いた後、明け方に叫び声をあげた。駆けつけた妹の前で、ベットに寝たままの比佐志はただ泣き続け、暴れ、疲れて寝入ったかと思えばそのまま排泄した。妹は、半日の間一人で世話をしようとしたのだが諦め、救急救命を依頼した。
妹はそれまでも、比佐志がたびたび虚脱状態に陥ることにつきあわされてきた。一つの仕事に打ち込みすぎて、他のあらゆることを忘れてしまう。現実感覚さえ失い、今自分が何歳でどのような立場にあるのかをとらえきれないこともあるようだった。妹は優花という名で、名付け親は比佐志なのだが、それさえも思い出せないことがあったほどだ。名前どころか、自分の顔を知らない者のように凝視されたことがあり、優花は泣いた。子供の頃から、その波は数年に一度起こって来たように思う。だから、実のところ発症は六年前では無かったのかもしれない。
子供の頃から次第に、記憶をさらう波は大きくなり、三十歳になった頃の記憶障害は明らかに精神疾患で、仕事を続けられず引退し、妹と暮らすようになったのだ。
優花はこの十二年間、始めの六年間は自宅で兄の面倒を見、後の六年間は入院する兄を見守ってきた。
始めの六年間も通院はしていたが、記憶障害は抑鬱によるものと診断され、投薬は効果がなかったので通院とカウンセリングだけを続けてきた。兄は、つじつまの合わぬこともよく言ったが全く小学生のようで、子役時代を反芻しているのだろうかと優花は思っていた。
この長い年月は、優花本人にとって「兄と暮らす」というより、中身だけ子どもになった「中年男の面倒を見続ける」生活で、苦労の日々だった。

(小さな子供のようになってしまって)と優花は嘆いた。二十代中盤の優花は音響技師の仕事が軌道に乗ってきたところで、しかし有名人である兄の世話を人任せにできず、都会のコンサートホールの仕事を辞し、実家のある田舎の文化会館と契約することになった。毎日は仕事が無い、そしてミキシングの腕をふるう刺激的な演目も無い職だが、それでもホールの仕事をしたかったのだ。
もっとも優花は、兄をお荷物とは思わなかった。幼い頃から比佐志が自分を忘れ泣こうと(そういう人なんだ)と思っていた。同時に兄から愛情を注がれていることを、優花はみじんも疑うことがなかった。忘れられることで、失望も感じたが、兄が自分に注ぐ目がどれほど良いものだったか、優花は忘れない。
自分を見る兄は、誰とも違う、特別な表情をしていた。そこからは穏やかな幸福を照射されるようで、心細い生い立ちの優花にとって、自分の存在価値を兄だけが保障してくれるように感じていた時期さえあった。血縁のない兄なのだが、幼い頃には自分を引き取って兄妹になるよう取りはからってくれ、子役の稼ぎで養ってくれた兄。記憶障害の大波が来る直前、三十歳になる頃には、予感があったのだろうか、約束を守れなくなるだろうと謝られた。見捨てても良いと言い渡されていたが、優花にはそんな選択肢は無かった。
とはいえ三十歳で子供のように変わった兄が、六年掛けてやっと人並みに成長してきたと思っていたのに、更に変わり果て、完全に赤ん坊のようになったことには参った。
三十歳では「僕、昔俳優だったんだよね」と言っていた比佐志は、自分の過去出演作を見るのを好んだ。「お稽古する」と言い、パーソナルトレーナーも雇って演技者の訓練を続けたし、「勉強をしたい」と言って小学校課程から学習を進め、六年間で中学校課程まではさらった。
それが全く白紙になったのだ。あの六年、兄は本当に努力していた。それが完全に無駄になったことが優花には一番つらかった。

「浅川さんの治癒経過は実に珍しい。この六年、非情に順調に回復しています。これからも快方に向かうと見込めます」
退院を薦めた主治医は、そう語った。
新生児のような状態で措置入院する患者は、稀にいる。しかし通常それは精神が荒廃し果てている病態であり、回復する症例は無きに等しい。
医師は浅川比佐志の症例が、通常の精神障害というよりも、脳の機能障害の特異例ではないかと仮定していた。この六年の経過が新生児の発育に酷似している事、そして現在は幼児程度の発達段階に見受けられることからそう感じていた。

比佐志は三十六歳で新生児となり、六年後、四十二歳になった現在、児童のような発達段階にある。
更に三十歳では幼児のようになり、六年後、三十六歳になるまで、次第に大人びていった。

確かに特異な意識障害であるが、原因は脳機能では無い。

「僕の、こいる」
コイルは小さな鉄芯を通したプラスチック部品に針金を巻き付けてあり、よほど古いものらしく、錆が浮いている。もう通電させて電磁石にはできないだろう。
コイルは比佐志が心神喪失状態で運ばれた時にも持っていた。いつもお守りとして身につけていたのだ。幼児にとってはせいぜい転がして遊ぶだけのコイルだが、比佐志は入院一年後にはそれが好きになった。床を這う比佐志の手で、コイルは車になり、列車になりして遠い国を走り、うろうろと病室を歩く比佐志の手の中で竜巻になって天を駆けた。
「僕は、四十二歳だからもう遊ばない。けど、コイルは、好き」
四十二歳の体に宿る六歳の心にも、そのコイルは物足りない品であるだろう。けれど比佐志はこれを真っ先に鞄に入れた。病院に長くいると、私物一つ一つが愛おしいものだ。
比佐志のファンであれば、そのコイルは   当時は錆びてはいなかったが   見慣れた品だった。学校にほとんど行けなかった比佐志が小学校時代の思い出として身につけているのだという逸話と共に。
「小学校にあんまり行けなくて、たまに登校する度に、すごく親切に勉強を教えてくれる女の子がいて、その子と作ったんです。でもその子途中からいなくなっちゃって、転校したのかなあ。初恋っていうより、初めての親友だった」
「こうして公開の場でお話なさると、名乗り出て来るんじゃないですか、その方」
「そしたら嬉しいですね」
何度もインタビューやテレビで話しているのだが、名乗りを上げる人物は一人もいなかった。

 

長期入院や、あるいは長期刑務所暮らしを経験した人はわかるだろう。全寮制学校でも多分そうだ。別世界というものは存在する。自分が隔離されていると思っていても、外の世界は一続きにつながっているはずなのに、まるで違うものなのだ。
病院を一歩出た比佐志は、瞬きを繰り返した。
外の世界は光り輝いて見えた。建物を出ると、ロータリーの植え込みが目に刺さるようだった。緑のつやも、枯れた枝の乾燥も、コンクリートとアスファルトの違いも、その質感が目に迫る。更に病院の敷地を出、歩道に踏み出すと、どうだろう、そこは排気と埃に汚れた通りなのに、その汚れやゴミすらも、存在一つ一つが際だった意味を持ち、目に飛び込んでくるのだ。世界は光に満ちて見えた。
地上の全てが比佐志を圧倒し、その中で自分もただ一つの存在であるという感覚が比佐志を満たした。転がるタバコの吸い殻一つと自分が全く等価であると。

「浅川比佐志さんでしょう?」
背後からの声に、比佐志は「あー」と、息の漏れるような声を出し、振り返った。
地味な中年女が、不似合いに派手な花束を持っていた。
「あなたは私のこと知らないでしょう? でもね、あたし、約束を守りに来たから」
「なあに? 僕わからない」
比佐志は自分で自分を子供だとは自覚せず、四十二歳だと言い聞かされている。少しは物事がわかるようになってからは、自分の過去の出演作をどれほど見てきたか知れず、演技の真似もよくする。しかし選ぶ言葉は六歳児が持てる限りのものだった。
花束の女の目に映った比佐志は、頭髪はまばらに禿げ、くたびれた肌。薄弱な意志を示す、うろうろとさまよう目つきと体の動き。心は成熟と自信をみじんも持たず、肉体は老化と怠惰だけを示していた。それなのに、十年前の、ファンの心をとらえて離さなかった人と同一人物であることだけは明らかだった。
「本当にひどいことをしたと思うわ。でも、約束は守る。しつけ糸を引き抜きに来たから」
花束の陰からナイフを出し、比佐志の身肉に突き立てるまで、動きにためらいはなかった。そして大声で吠え、周囲の注意を引きつけた。
「私を忘れるなんて? 私はね、一番の、ファンよ!」
 くずおれる比佐志に花束を投げつけ、女は走り去った。

 

§2

体に刃物を突き立てられ、痛みと驚きを感じ、それから当惑と悲しみを感じていた。痛い。痛い。
何人もの人間達が自分を取り囲み介抱し、移動させる。痛みと失血と麻酔のどれかで意識を失い、全てが消えた。

そして比佐志は目覚めた。三十歳で、自宅静養中なのだと、妹は  知っているより若く感じる妹は  言った。
鏡に映る自分も、体に疵痕一つ無いどころか、自分に似ているところを探すのも難しいほど若かった。
比佐志は混乱した。けれど六歳児の心はいつも混乱しているものだ。世界に混乱し、大人の言動に混乱し、五歳まではできなかった自分で生み出す空想にまで混乱しながら、その全てにどんどん適応してしまうのが六歳児の心だった。
「優花ちゃん、僕ね、前と違う人になってるみたい」
「前はどんなだったの?」
「僕、四十二歳だったよ。でも今は違う人みたい」
「そうなの。今は何歳?」
「わかんない」
「今は兄さん、三十歳よ」
それから三十六歳まで、妹は全く母親のようにたゆまぬ努力をして比佐志を育てた。比佐志は自分の過去の映像をいくらでも見ることができ、その模倣を披露すると、妹は喜んだ。妹に喜ばれることを励みに、比佐志は芝居した。演技をなぞる演技。しかもそのコピー元は自分なのだ。
その全てが比佐志には新鮮で、演技の先生に支持される発声練習やダンスに飽きることなく取り組むと、「記憶を無くしても、やっぱり名優の心があるんですねえ」と感動されたりした。小学生の勉強も強制されることなく、面白いから続けた。算数ばかり時間をかける嫌いがあったが、自分は三十代の記憶喪失者で、世界を取り戻すのだという認識が、比佐志を励ませた。三十歳になる前、ずっと病院にいて人に刺されたという記憶はあったが、それは夢なのだと思った。

「三十歳まで四十二歳でした」という記憶が夢でなくて何だというのか?

片田舎にあった実家は古く、自分の映像ライブラリは一番奥まった部屋にあった。記憶喪失になる前に、優花にも触らせず整えたのだという。
比佐志は自分の過去の映像を頻繁に見続けていたが、優花はその部屋に、ほとんど近寄らなかった。
過去の映像を見ると、それがコメディであっても優花は泣いてしまうからだった。
現在の兄がもとに戻ろうとしているのは嬉しい。しかし失った過去の輝きを見せられるのは、辛いことだった。音響設備は優花がしつらえたが、その部屋を使うのは、もっぱら比佐志だけだった。
マスコミの取材は断っていたが、一度「記憶喪失者とその家族に勇気を与えるために」と口説かれて医療系雑紙(と言われた)の取材を受けた。過去の映画をプロジェクタに映し、その有名なシーン通りに当人が真似ているという写真は侮蔑的にも見え、何より優花を傷付けたのは、血縁関係の無い兄妹が密室的に、親密に暮らしているという論調だった。それでは比佐志の病状改善が遅れるという、一度も比佐志を見たことのない精神保健医の見解が書かれ、更に男女関係までほのめかされていた。
比佐志の所属事務所は既に契約を解除していたものの、権利管理部門があり、比佐志の出演した映画やテレビドラマのソフトは細々とでも絶えず売れ続けていたから、優花はマスコミ対応の相談をした。
その結果、「浅川比佐志については、マスコミに露出しない方が利益を生む」という判断がなされ、ある程度は守ってもらえることになった。
とはいえ、実家を覗く者はいたし、誕生日には贈り物が届いた。
食べ物は不安で捨てたが、ファンレターは取っておいた。返事を代筆したいような有難い手紙もあったが、不安で書けなかった。
露出しなければ過去の人として、哀惜だけされるようだった。

妹に守られながら暮らす比佐志は、三十四歳の頃、映像ディスクの棚に何冊かのノートがあることに気付いた。地味すぎてそれまでは見過ごしていたのだ。
ノートは日記だった。
比佐志が六歳から三十歳までの日記だった。自分が過去に書いたはずなのに、一切の記憶が無い。すべて揃ってはいず、跳び跳びではあるが、自分の過去が取り戻せるのかもしれないと、比佐志はノートをめくった。
六歳の日記はその年齢としては驚異的に几帳面に、クレヨンで書いてあった。

「ぼくはあとひとつきです。にっきをかきます。」書き出しはこうだった。
「ぼくはあさかわひさしです。 にっきをみつけたひとは ぼくにわたしてください。」それから、子役としての仕事で起こったできごとが書き付けてある。
文字の書き始めは筆跡の大きさ太さが揃わないのに、長く書き続けるにつれ字並びが揃ってくる。子供だから書き慣れるのが速いのかとも思われたが、何ページか後、書き間違えた文字を黒いクレヨンで塗りつぶしてある部分で比佐志は気付いた。
塗りつぶしてあるのは、漢字だ。かすかに画数の多い文字の痕跡があった。
(まるでわざと下手くそに、大人が幼いふりをして書いたみたいだ)
ノートの最後の二枚は、比佐志にとって世界の構造認識を変える事柄だった。

「ぼくのひみつ。
ぼくはよく、おとなが こどものふりをしている こやくだ といわれます。 きょう、かんとくに、ほんとうはよのなかのことをなんでもしっているんだろ と いわれました。ぼくわ はいそうです とこたえました。
だれもしんじません

だれもしんじなかった

だれもしんじないから ぼくのひみつをいいます
ぼくはろくねんごとに じゅうにねんわかくなるのだ」
そして最後の一枚は、あの記憶の中で見慣れた、額の中の数列。

0  1  2  3  4  5
6  7  8  9  10 11
12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29
30 31 32 33 34 35
36 37 38 39 40 41
42

〈僕は六年ごとに十二年若くなるのだ〉

それは比佐志の記憶と、完全に一致した。
それこそが、比佐志の記憶障害の真相なのだった。
比佐志はノートの最後の一枚を切り取り、額に入れて部屋に掛けた。

それから二年足らず、比佐志は、なおさらに演技や勉学に励んだ。そして、日記を全て読んだ。何年分も抜け落ちている。そして記入の大半は備忘録で、忘れてしまったでは通らない交友関係や仕事の事柄が多かった。

けれどそれは、自分の未来が過去を知らせる通信だった。

比佐志は日記を読む度に高揚し、今の自分が日記を書いても、誰も読んでくれないことに落胆した。入院していた自分は、たしかカタカナとひらがなは読めるようになった。それは退院許可の決定打になった事だった。しかし精神年齢六歳で、この異常な時間の進み方について、理解できるとは思えない。
今の自分は、多分十一歳だ。十二歳になったら、体は三十六歳で心が十二歳になったら、自分の心は二十四歳の体に移される。

一体何のために?

 自己の存在理由について、十二歳前後ほど真剣に悩む時期はない。比佐志は精神年齢十歳で自己認識を持ち、十二歳目前で、自分の人生の理由について煩悶した。
それは世界中の人間が抱く成長過程と同じなのに、その内容を共有してくれる人間はいなかった。
妹でさえも。
もし妹に話したとすれば、優花の苦悩は更に深まると、比佐志は子供心に確信した。
兄が記憶喪失になり、しかし徐々に立ち直っていると希望を持つそばから、妄想にとらわれてしまったと優花は考えるだろう。
妹の失望を深めることに、比佐志は耐えられなかった。
一人で探求することだ。

一体何のために?

カウンセリング医に、嘘を語ることは簡単だった。
カウンセリングは引き出すもので、強要はしないのだから。
そして、三十五歳のある日、カウンセリングの後、優花は一人で医師と話すよう、求められた。
医師は笑顔で、「このところ、非情に順調に回復しています。最近までお兄さんは子供のように素直でしたが、成人らしい自我が芽生えています。他人に踏み込ませない領域を大切に育てている。これからも快方に向かうと見込めます。子供が大人になるようにね。擬似的な反抗期もあるかも知れませんが、保護者であるあなたから自立しようとしているのだと考えて下さい。困るようなことがあれば、相談して下さいね」
優花は喜んだ。
その後すぐに比佐志は三十六歳の精神転移をしてしまうのだが、それまでの間、確かに優花は幸福だった。

 

大学病院付属のカウンセリング室に妹が入っている間、比佐志は小さな待合室にいた。
地味な白衣の医師が、入ってくるなり声を掛けた。
「こんにちは、浅川さん、私のこと知らないでしょう?」
「こんにちは。この病院でお会いしましたか?」
「違うんです。私、あなたの小学校と、保育園も、同級生なの」
「ああ、すみません  友達もわからなくて。  僕はどんな小学生だったかしら」
わざとらしいほど朗らかに声を掛けてきた医師は、ここで迷うように、首に掛けた聴診器のコードをつまむしぐさをし、首を傾けた。
「小さい頃から、あなたほど意識の粒が細かくてしっかりした人を、私知らない」
そんな不思議な表現をした。俳優の演技のことを褒められたのか? 話は続いた。
「ごめんなさいね。本当は私、挨拶じゃなくて謝りに来たの。あなたは知らないだろうけど、私はあなたに酷いことしたの」
「どんなことか解らないけれど、子供時代は、誰だって人に酷いことをするでしょう? それより今や、これから何をするかだと思いますよ」
比佐志はこの言葉を、われながら何て大人っぽい言葉だろうと思いながら言った。安いテレビドラマのセリフみたいでもあるけれど、自分は大人の振りを、上手くやれるようになるだろう、そう思っていた。
「ありがとう。私はね、今、木星の天体衝突が人間の時間感覚に及ぼす影響を食い止める研究をしているの。何だかわからないでしょうけど」
比佐志は唇から歯をのぞかせた。安心して笑みを見せていた。
「ええ、どんなことか、解らない」
 それから、地味な医師はソファの隣に腰を下ろし、語った。
    木星は巨大惑星で、恒星になり損ねた星と言われてるの。すごく大きくて、地球への影響も大きいのね。で、彗星がここ何年かの間に立て続けに木星に衝突した。シューメイカー・レビィ彗星って、知ってる? 知らないか。彗星が衝突して、で木星に飲み込まれたんだけど、それって普通は千年に一回も起こらない天体現象なのよ。衝突後、木星磁場領域からX線が観測されて、木星付近の電子が光速に達したためと言われてるんだけど、地球の周りを回ってるはずだった天体が消滅するとね、大変なの。天体は独自の時間の場を持っているから
「心理的な時間線が、ひっぱられて、時間の進み方が変わっちゃうの。それを止めるには、心理的な杭が必要なの」
全く意味のわからぬことを言われた人間は、どうするか? 大抵は当惑した薄笑いを浮かべる。
比佐志は周囲の世界がまるで理解できないという目に散々会ってきた人間であったから、このわけのわからぬ独白を、我慢強く聞いた。いや聞き流した。自分の幼なじみが、つまり自分が将来友達になるらしい人が、解らないなりに懸命に語っている。あいづちを打つくらいはすべきだろう。
「そうですか。僕には解りませんが、大きな研究をしてらっしゃるんですね」
「で、杭にロープを結んで船がひっぱられるのを止めるみたいに、しっかりした心理を持ってる人の心を、結ぶっていうか、縫い止めて   返し縫いすると糸をどんなにひっぱっても布は縮まないでしょ? あなたの意識を返し縫いしたわけ」
全く噛み合っていない会話はもう少し続いた。
「でもね、あたし、約束は必ず守るから、それだけは言いたくて来たのよ」
さすがに比佐志ももう、どう返して良いか解らなかった。全く意味がわからない。医師はなぜかもじもじとして、こちらをちら、と見、ぺこりと頭を下げて去っていった。
後で比佐志は、あそこは精神科医ばかりだから、聴診器を掛けている人は他に見たことがないな、と思った。もしかしたら、妄想を抱く患者だったのかな? まさか。
何を言われたのか、全く聞き流して耳に入っていなかった。

 

§3

ビルの屋上、手すりに立った脇役俳優は、まるでそれが地面であるかのように、何の気負いも無く隣のビルに跳んだ。ビルからビルへの高さはさほど変わらぬように見えたが、地上二十五メートル。そこで一.五メートル先に跳ぶなど、まともな大人なら考えもしない。
台本には、確かに「隣のビルに飛び移る」と書かれていた。無謀で正義感に満ちた新米刑事が凶悪犯を追跡する役だからだ。
このシーンが、比佐志を人気俳優に押し上げる決定打になった。

このシーンで、比佐志と同じファインダー内に、主役の顔は映っていない。主役は体の一部が映るだけでアップにパンしてしまう。ファンは、危険なアクションを俳優本人が演じているのに、ただ向かいのビル屋上にいるだけの主役が別人であり、ただ木偶のように突っ立っていると後々まで話題にした。同じ服を着てはいるが、本人ではないのがわかると。
危険なアクションは俳優がして、ただ待ち受けるだけの主演者がそこにいないのは、リハーサルだったからだ。監督から、カメラテストとして安全帯が見えないように跳ぶ形を決めるのだと言われ、台本には「跳ぶ」とあったから、比佐志はただ跳んでしまったのだ。
そこに正義感の意気込みはなく、直前の台詞、「追いましょう」にも、一切の功名心は無かった。カメラには、無心にただ犯人を追う、それが犯人である必要などなく、ただ何かを追いかけたいという情熱に駆られた青年が映っていた。全身が、ただそうしてしまったという表現。
カメラもディレクターも、この一発撮りを使いたがった。主演俳優を説得しようとすると、むしろ主演俳優が、使うように求めた。「ビルを飛びうつる顔だけ自分にすげ替えてくれればもっといいけど、無理だしな」と言ったほどだった。
他のシーンでは、比佐志は台本で情熱を籠めるように読み取れる場面を全て虚無的な目つきで演じ、そのくせ声の表現は幅があり、体は躍動した。
ただ年上の女と会話する短い場面とだけ、比佐志は幸福そのものといった視線を注いだ。相手は舞台出身の役者で、美人とされる役はおよそ縁が無く中年にさしかかっていた。しかしそのドラマ中、冷徹な連続殺人の黒幕として捕まるまで、画面に映る間一瞬たりと同じ表情を続けていないと思える多彩な感情の動きを示した。
「そりゃ舞台の方がいろんなことできる。今でもテレビはお金を稼ぐために出ると思ってるけど、あの時はねえ、私、あの時、一生で一番、自分は美人なんだ、って思えたわ、浅川さんに見つめられた時。旦那と一緒の時? 全然そんなこと思わない。こんな話しても、あの時あの番組見てた人なら、笑わないでしょう? あれ見てた女の人、みんなあんな風に浅川さんに見つめられた気がしたと思うもの」
比佐志の女性人気は燃え上がった。
何年も経って主演俳優は、「あの飛び移りシーン、今なら絶対駄目だけどね」と言った。「使えたのは本当にラッキーだったね。浅川君にとってじゃないよ。あの番組関係者全員にとってラッキーだった。浅川君はさ、あの年でもうベテランだから、度胸が据わってたんだな」と。
それは誤解である。地上二十五メートルを跳んだのは、子供の無鉄砲に過ぎない。子供は無鉄砲な上に、人を全幅で信じてしまう。比佐志は台本通りに跳んだだけだった。
そして、比佐志は自分が当分死なないことを確信していた。

三十歳から自分の出演作を見るのを好み、パーソナルトレーナーも雇って演技の訓練を続け、中学課程までの学習を進めた。
あの六年間、本当に努力した。それが完全に役立っていると比佐志は思った。
二十四歳の芸能人という立場は、十二歳の心を持つ比佐志にとって力量不足で当然だった。

しかし、比佐志はほぼ完全に適応できた。
地味な子役時代から、比佐志は極めて誠実に働いてきた。その業界内での信頼は、比佐志が反抗期の少年らしい言動を愛嬌に変換して捉えてくれた。
比佐志は、ルーティンの芝居を難なくこなせた。それはいわば“子供ものまね歌手”で、自分の演技を自分でトレースしたのだった。アンドロイドより気味悪く上手に物まねする。それが自分だ。そしてそれを自分は、一生知り会うこともない人に見られ続けるわけだ。比佐志は虚無的な気持ちになっていた。
それだからこそ、他の俳優とは段違いに演技の肌理が細かい、表現の引き出しが幾らでもある女優に、尽きせぬ敬意を抱いた。自分はこの人の足元にも寄れないレベルの演技者だ。
時間を移る前、懸命に演技をトレースした記憶は、感情と身体表現の訓練だったと思え、どうあろうと、自分は打ち込んでいい場を与えられているのだと思えた。
妹の優花は学生となり、比佐志と別居していたが、極めて自然に、比佐志に敬愛を示した。
(これが本当なんだ)と比佐志は思った。優花は自分が慈しんで育てた妹で、自分が優花の保護者なのだ。妹を母親と認識していた不自然さを、比佐志は思った。妹はどれほど辛かっただろう。
自分は十二歳で、完全に大人として遇されている。自分を評価してくれる人がいて、対立する必要のない家族もいる。それは全ての十二歳の憧れではないか?

比佐志はいい俳優になった。定型の台詞回しにも、子供しか持ち得ないような、新鮮な感情の粒があふれた。そして何よりも女優に対する時、相手に全幅の信頼と自分を任せきってしまう真情があった。
女性ファンの多くは、「全然イケメンじゃないの。顔は没個性だと思うけど、どんなイケメンよりたまらなく好き」と言った。まるで自分が求められているように感じ、それなのに全くいやらしくないのだと。
二十代も後半に入ると、比佐志は引退の準備を進めた。引退して、実家に引きこもる。記憶している大事件に会わせた株式投資は成功して、一生食うには困らない。優花の一生も金銭上は大丈夫だ。
しかし、一つ問題があった。記憶では優花が自分の面倒を見てくれたが、もし違う道を選んでくれるなら。それが可能なら、優花を犠牲にせずに済む。
それは可能なのだろうか? 未来が決まっているのに、違う未来を選び取ることは?

“意識と時間” その言葉が、比佐志の記憶に浮かんだ。実家の近くの大学病院。小学校の同級生が勤めてるんだ、何だかへんてこな研究してるようだったけど。
自分の時間感覚は精神疾患の一種で、もしかしたら治療が可能なんじゃないか?
もしひどい妄想患者だと思われても、今更失うものは無いのだ。
もし優花を犠牲にしないで済むなら、それ以上はないんじゃないか?

§4

「私のこと、思い出してくれたの? 嬉しいなあ、小学校で電磁石コイル作って以来でしょ?」
地味な新米医師は、はしゃぐように言った。いいえ、思い出してません、とは言えなかった。
「僕は、記憶障害というのか、ひどい記憶の混乱があって、多分、あと何年かしたらひどいことが起こると思えて仕方がないんです」
遠回しに話し始めた。
「あら、若いのにねえ、俳優さんは、台本覚えるのも大変でしょ? その疲れかしら」
「いえ、お医者さんに比べれば。お若いのに名医なんでしょう」
歯が浮くように薄っぺらなお世辞を言った。
「ああ、私はねえ、医師免許はあるからここでアルバイトしてるけど、本業は宇宙物理精神学の研究してるのよ。医師としては、この場で言うのも何だけど、ヤブだわね」
やはり何だか解らない研究をしているらしい。しかし診察室で自分をヤブと言う医者・・・・・・本当にヤブな気がする。
「難しい研究をしていらっしゃるんですね。優秀な人は違うなあ」
歯が浮き続ける。
「比佐志君、浅川さんこそ、子供の頃、私より頭が良かった、たった一人の人だったけどなあ、数学は私が勝ってたけどさ、」
しかし医師はそれでも上機嫌だ。言うなら今だ。
「実は! 先生のことも、全く覚えていないんです。僕は二十三歳までのことを、何一つ覚えていません」一気に言った。
医師は三回、まばたきした。ぽかんとして口を開き、その穴からうめくような声が絞り出された。
「あんた、私のこと忘れちゃったの? ・・・・・・まあ、そんな目には、慣れてるけど、」
地味な顔が派手にゆがんだ。
「保育園のお昼寝タイムがつらくて、つらくて、ただじっとして固まってた私が、天上板の並んだパンチ穴見つめてるうちに、足し算引き算繰り上げ繰り下げ、掛け算割り算まで一人で考え出して、でもだあれも褒めてくれなくて、解ってくれなくて、比佐志君だけが、私を褒めてくれたのに」
唐突すぎて、どう返答すればいいか、わからなかった。
「天上板の角のパンチ穴から三角形の面積の求め方を考えついた時も、比佐志君だけが、解ってくれて、私を数学の天才だって言ってくれたのにぃ」涙が滲み出した。
「そんなモンなんだよね、比佐志君は私の親友だったのに」
診察を受けに来たのはこっちなのだが、比佐志は謝り、当たり障り無さそうな、慰めの言葉を口にした。
「そんなもんなんだよね、比佐志君を×××(何と言ったか、比佐志には聞き取れなかった)の候補に挙げるのだけは、してなかった自分がバカみたい。どう考えたって比佐志君が最適だったのに」医師はすすり泣きながら、大体そんなことを言った。
比佐志はもうどうしようもないかと思った。しかし、一分後、医師は地味な顔に戻った。宙を睨み、唇を噛んでから、顔を上げると、
「全部忘れてるって、どんなふうなの? できる限りの手は打ちましょうよ」
とってつけたように言った。〈真意を隠している人間〉のルーティン演技だな、と比佐志は思った。

比佐志は二十九歳となり、最後の映画撮影をした。主演でもあるからそれ以外の仕事は断り、空いた時間は実家と過去の情報整理に励んだ。
(良い仕事だ)と比佐志は思った。(不足なところは幾らでもあるが、自分ができる最高の演技だ) 昔、心が六歳だった頃、その映画の内容は何一つ解らなかったが、比佐志はその映画での自分の演技が一番好きだった。アップの時間も多いが、一つとして同じ顔はしていない。同じ気持ちを繰り返してはいない。
トレース演技では無かった。ただ練習に打ち込んで真情を籠められた。
一方引退が迫っていた。かつての同級生である医師は比佐志の秘密を聞いて以来、もう眉一つ動かさないが、撮影が終われば記憶障害の診断書を書いてくれる約束だ。
「正直に言うけど、比佐志君  浅川さんの記憶は、妄想で説明できると思う」
そう言う顔が真剣すぎ、微細な表情筋を殺しているので、比佐志は(嘘をついてるな)と思った。(僕の説明を本当は信じている。確かに僕を信じるより妄想だと言う方が、医師としてすべきことだろうけど)
「先生は、僕の言葉を信じてくれてる気がします」そう言った時、医師はまた顔をゆがめた。しかし泣かなかった。
「私にできるのは、できるだけの手を打つことだけ。比佐志君にも、あらゆる人にもね」
そして通院の度に、比佐志を「脳波計測の機械」に入れるのだった。比佐志はその機械に入る度、昏睡のように、意識を失い、眠った。
眠っている間中、一生の中のあらゆる時間を駆けめぐるような、夢を見た。機械に入っている間に、再び十二年戻ってしまうのではないかと、比佐志はおびえたが、そんなことはなかった。昏睡中に、「糸目が大事」という言葉を何度も聞いた。「糸目の場所が大事」「糸目がわかんない」「からんでる。からんじゃった」そんな言葉だ。
比佐志の記憶とは全く関係ない言葉で、なぜ夢で語られるのか、比佐志には解らなかった。
「ごめんなさい。比佐志君、当分治療は続けて欲しいの。でも、正直に言う」
映画がクランクアップし、編集を待つばかりになった頃、医師が言った。
「全部は言えないけど正直に言います。比佐志君の記憶障害、多分直し方が解りました。でもすぐには直せない」
「三十歳過ぎてから、直せそうってこと?」
「いつかは言えない。でも絶対約束する。絶対比佐志君の記憶のからんだ糸目、必ず直すから」
表情筋は緊張しているが、動いていた。
何よりも、「糸目」という言葉。
「記憶の糸目って、何?」
地味な顔いっぱいに、自罰感情が広がった。
「ごめんなさい。今は説明できないの。でも、約束は守る」
「僕は親友だったから?」
「あなたは私の親友だから。私はあなたに救ってもらたから、絶対今度は救う」
自罰感情と後悔に見える表情は続き、しかしそこに、一片の矜持が覗いた。
比佐志は信じた。俳優だったから。

 

映画の完成試写会は、比佐志の引退発表の場となった。
その後の記者会見で、比佐志はできる限り正直に、「記憶の欠落と混濁からこの先職業俳優として生きることができない」と表明した。ファンを失望させるのかもしれないが、自分は今後療養生活に入り、記憶障害の治療が功を奏すればいつか復帰することも夢見たいと語った。
「いつまでも夢を見せて下さい」と言う記者に、比佐志は返した。
「そうですね。僕が夢を見せてくれたと言って下さるファンがいらっしゃる。そう言っていただけること、感謝しています。でも皆さんずっと同じ夢を見たいとおっしゃる。僕は変わります。僕は違う夢を見ます。違う夢で、驚きたい。同じ夢は人を救いません。驚きだけが、人を救ってくれる・・・そうではありませんか? 人間を救ってくれるのは、驚きだけです。同じ夢は見続けられないでしょう。けれど、僕は驚きたいのです」
つつましい拍手で、記者会見は終了した。
比佐志は三十歳になる頃、妹に付き添われて通院をした。「脳波測定器械」から出た比佐志はもうろうとして自宅に帰り、眠った。翌朝には、見当識を失っていた。

§5

十八歳の浅川比佐志は、それまで半年間休養していた。といっても子役時代から芸歴は長く、器用で重宝されていたから、テレビで様々な脇役や準レギュラーといった役柄を勤め上げて、休養中も録画ドラマはオンエアされていた。でずっぱりで新鮮味のない、信頼はされている俳優。もう子役ではないから、青年役を与えたいとプロダクションが交渉の末、撮影がきつい、普通は新人しか引き受けない役が当てられたが、比佐志は難なくこなした。
屈託のない、その年にふさわしい、しかしトップではない、二線級のかなりいい俳優。
比佐志は十八歳から二十四歳という時期が、自分の生涯で唯一、肉体と精神の年齢が一致する時期だと自覚していた。だからこそ、平凡の喜びに浸り、満足だった。
新機軸に挑戦、という他に、割に合わない役を多く引き受けた理由が、もう一つあった。
比佐志は子役時代から売れっ子で、義務教育も録に通わず、高校には入らなかった。同い年の人間が中学高校に通う六年間、比佐志はとにかく働いた。認知度は高かったが特別人気俳優という訳でもないのに、芸能界の暴露話、といった下世話な番組で、「芸能界の守銭奴といえばこの人」として名前を挙げられたこともある。番組出演者全員が、うなずいた。
そして、「とにかく浅川君は偉いんだよな。六歳から子育てしてるんだから」と付け加えられた。
比佐志は金が欲しかったのである。
自宅近い大学病院には当然、同級生の医師はおらず、将来も過去も長く存在する自分は、正しい年齢を享受しながらも、不自由だった。そして子供に返るほどに、不自由はつのっていく一方だろう。
記憶の中で、比佐志のこの時期の日記は失われていた。毎日記録してはいたが、いつの間にか失われたのだろうる日記を読んでいないということは、なおさら自由ではあり、また一生で唯一何をすればいいかわからぬ、不安な時期だった。
それで、というのだろうか、比佐志はこの時期、金を貯めては怪しい事業に投資し、必ず失敗した。
タイムマシン製造特許取得を目指すというふれこみの詐欺師に、比佐志は数年分の蓄財をむしり取られた。
この詐欺師は、タイムマシンを理論上完成させているが、地球上では使用不能だと語った。大体映画に出てくるタイムマシンを使うと、地球上の同じ場所に到着するのがまちがっている。地球は自転も公転もしているのだと。
「そもそも宇宙は膨張し続けているんですから、宇宙に絶対的座標は無い」
「するとどんな理論でタイムマシンが完成するというんですか」
「違う時間線に行くのです」
「時間線とは何ですか」
「もし、私たちが時間を移動するとね、私たちが存在するという点で別世界になってしまう。同時保存法則に逆らって、別の可能性宇宙、別の時間線上にある宇宙に飛ばされてしまうのです」
僕がすると解っていることをその日にしなかったら、違う時間線に飛ばされるのかな、まあ日記の日付は曖昧な記憶でしかないし、どうも僕が読めた僕の日記は、自分がしたことより人がしたことや言ったこと、世の中の出来事ばかり書かれていた。時間線を越えない内容しかなかったけれど、どうかな、これからの日記に時間線を越えそうなことを書いたら。あ、だからこのあたりの日記がなくなっちゃったのかな。つじつまが合う。
「どうでしょう。絶対的座標を持たない宇宙空間では、惑星単位で時間が進んでいると考えたら」
「それはばかばかしすぎる」
ばかばかしいところが良かったのだ。信じるとしたらどうかしていた。そして、そのどうかしている詐欺師が、金を求めて来た時、比佐志はどうしてか渡してしまった。
無性にばかばかしいことに散財したかった。
散財しても、安全なことは解っていた。
安全で、自由な生活。両親は優花をかわいがり、自分を遠ざけた。成長期の自分が、さぞかし気味悪かったのだろう。比佐志は次に来る子供時代の恐怖に、おびえていた。
子供時代が始まる。

 
§6

 
比佐志はもの心つくと同時に子役俳優となり、天才子役と言われたが、「天才子役」と呼ばれる者など常に掃いて捨てるほどいる。しかし子役時代の比佐志の行跡で最も知られているのは、六歳で捨て子を拾い、兄妹として育てたという事だった。
比佐志の容姿は凡庸と言ってよく、達者な演技は、何もできない愛くるしい子供に負ける。負けるどころか、その優れた演技は気味悪くさえ感じられた。
子役は、その年齢の子供を模しながら、上手ければ上手いほど不気味になることがある。
中学生時分の比佐志は、希有な表現力と忍耐強い性格で、上手すぎるのが欠点、悪達者だと評されながら仕事をこなし続けた。「悪達者」という言葉を投げつけられるローティーン時代。それは幸福を感じさせないが、比佐志は小中学生時代、とても幸福だと度々語った。
妹がいるのだから、と。妹が育っている。すくすくと育っている、兄と言うより、父親のように目を細めて、比佐志は語った。妹を引き取ってくれた親にも、比佐志は感謝を忘れなかった。両親も、比佐志という化け物のような子供を持ち、内心傷付けられ通しだったから、優花という子供によって、やっと普通の子育ての喜びを味わった。
母親は生まれるまで異常胎動に苦しめられ、生まれてからは一日中泣き通し、赤ん坊とは思えぬ目づかいで親を観察していた比佐志。這い這いするようになると、親の目を盗んでテレビのチャンネルを変えた比佐志。総じて聡明なよい子で、ただ早熟な天才であったのだろうが、比佐志は一歳で文字が読めたのではないかと父は思い、一歳で文字が書けたのではないかと母は疑っていた。発達段階を様子を見ながら小出しに示し、抽象性のある意思表示をしても良さそうな三歳になるのを待ちかねて子役オーディションを受けたがった。(テレビ、でたい。オーデショー、うける)文字が難なく読める上に待つことができる三歳児は、すぐに採用され、おそろしく重宝な子役として、ひっぱりだこになった。
子役として比佐志はどれほど重宝されたか。文字が読め、会話が通じ、大人の思惑を察し、要求される動作、表情、セリフを難なくこなす上、何よりこらえ性があった。他の子役と何よりも異なるのは、待てる事だった。
年よりも幼い容姿の子役はいて、達者な演技を披露し、大人との距離の取り方もうまい。しかし他の子役は結局の所、大人の都合に合わせられない。ご機嫌取り係が必要になり、その多くは母親で、仕事の現場に不快な親子の駆け引きや甘やかしが持ち込まれると、次もその子役を使おうとは思わない。
比佐志は違った。比佐志はじっと待つことができた。一人で。
情報端末を手にしてゲームに興じる振りもしたが、比佐志はただじっと待つことができた。子どもではなかった。
そのまま保育園も小学校も、たまに通うという状態になったが、毎日通っていたら比佐志の異質さは隠せなかっただろう。「天才子役」は良い隠れ蓑だった。
ただ、やはり子供ではなかった。
保育園と小学校で、心底友達になれたのはたった一人、数学の天才だろうとおぼしき女の子だけだった。
保育園の年中さんで、「お昼寝の時間」に眠ることができず、じっと天井を見上げている子で、独自に掛け算まで考案した。比佐志は真の天才児に会ったと思った。
簡単なアドバイスをした次の日、女の子は割り算を「発明」していた。女の子は地味な顔をしていたが、比佐志はその生涯で出会った中で、一番知能の高い人間だろうと確信できた。
おかげで女の子も、友達は比佐志しかできなかった。休み通しの比佐志が登園すると、女の子はどれほど喜んだか。自分がいるだけで幸福だと示してくれる人間がいることのありがたさは、心が四十歳になろうとも、変わらなかった。
 もうすぐ自分が消滅するとわかっていても、ありがたかった。
 

§7

保育園の年長さんになり、比佐志の六歳は近づいた。
比佐志は重大なことに二つ気付いた。
あれほどはっきり覚えていた、優花を拾う日付けを忘れている。妊娠後期の、脳が意識を持てるようになった胎児に、比佐志の三十六歳の意識は宿った。その後の何ヶ月か、暗く狭い胎内に閉じこめられ、どれほど不幸だったか。続く新生時の無力、そして無力を装わねばならぬ時期、それを経て、比佐志は優花を拾った日付を忘れていた。優花の誕生日なのに、忘れてしまった。五月か六月なのは確かだ。しかし日にちがわからない。
優花が捨てられた場所は家から数キロ離れ、六歳児一人では到底たどり着けない。もし、その日その時間を逃したら
 もう一つの重大な可能性は、そこにあった。もし、子供を拾わなければ、この世界の整合性は破綻する。違う時間線に、パラレルワールドに移るのだ。
もし、優花を拾わなければ、僕は違う時間線に移る。それは普通の、まっすぐな時間線の世界で、僕はこの呪われた消滅を待つだけの世界から脱出できる。優花を拾わなければ。
違う時間線に移れなくとも、自分が失う事は何もないのではないか?
比佐志がそう思ったのは四月の末、そして、翌五月一日から         比佐志は、家族に、ある特定の場所に連れて行くようにわがままを言い出した。毎日欠かさず。
何があろうとその場所に連れて行けと言い張り、ただをこね、それまでわがままらしいことなど言ったことのない比佐志の行動に、両親は不気味さを感じた。後になって、両親は信仰者になった。

五月二十二日。
この月には珍しく、曇り空の日だった。
その日も比佐志はその場所に親の車を向かわせた。
生後間もない嬰児は、羊水と胎盤の汚れも拭われず、脂にまみれたまま、ただタオルにはくるまれて、露地に置かれていた。
比佐志が見つけた時には、もう泣いてさえいなかった。顔は青黒く、呼吸の有無も知れなかった。抱き上げ、体温を移そうと抱きしめて、冷たいからだを感じている間、冷たいけれどそれでも脈動していると感じている間、比佐志の心は高揚しながら静まり、天上的な幸福を感じた。

完璧だ。僕の人生は完璧だ。まるっきり間違っているのに、完璧だ。
僕の時間は間違ったまま、僕は消えるだろう。けれど
その思いはこだまになって、六歳児の肉体の中を反響した。

僕はもうすぐ消えるだろう。僕の心は誰も知らずに。誰か、見届けてくれてたらいいのに。自分の全ての醜行を、遠い、上の方で誰かが。

露地にはいっぱいに、白い、卯の花が咲いていた。うつぎの花。花びらがしっかりと光がつきぬけるような、優しい花。子供の母親は、人気のないうら寂しい露地で、子供を確実に死なせようとしたのだとも、かすかな運に掛けようとしたのだとも思われた。子供は運を得た。

テレビニュースの取材を受けて比佐志が語ったことは、それから幾度も放送された。
「比佐志君は、どうして赤ちゃんを見つけることができたの?」
「あのね、お花が見たかったの   あそこねえ、白い、真っ白いお花がいっぱい咲いてて、きれいなんだよ。なのに、みんな気がつかないのね」
「あの露地に咲いている、卯の花を見たかったんだね、比佐志君は」
「うん。お花がきれいだから、あの子のお母さんもねえ、赤ちゃんにきれいなお花を見せたかったんだよ」
そこでインタビュアーは涙ぐんで、鼻をすすってしまう。

 

比佐志はすぐに六歳になった。

 

病院のベットで比佐志は目覚めた。何が何だかわからない。確か自分は保育園の年長さんで、六歳になって。

目の前にかざした自分の手が、子供どころか老人に近いことに、比佐志は気がつく。ベットの足元には、椅子に腰掛けたまま、つっぷし眠っている中年女がいる。
優花だ。比佐志は体のあちこちが痛いのに、誇らしくなる。優花は椅子に腰掛け、ベットに額を押し付けて寝息を立てている。頭頂部には、白髪が光っている。一足飛びに白髪になった。自分もどんなに見苦しく年を取っているのだろう。
「意識が戻られたので、ナースコールします。意識が戻られたので、ナースコールします」機械音声が繰り返し、比佐志が気持ちの切り替えもできないうちに、病室のドアを開けて、地味な白衣の医師が入ってくる。
「ごめんね。比佐志君の意識を昏睡させて危険レベルにしなきゃ、糸目が切れなかったの」
天体からの時間緩衝で地球の時間が縮んでしまうことを比佐志が食い止めたのだが、そんなことは誰も知らなかった。

実験者しか知らなかった。比佐志は当然に、知らなかった。

ただ、比佐志の時間は、消えなかったのだと、続くのだとそれだけがわかった。

時間は、いつも人をもてあそぶ。

文字数:20594

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