彼岸

選評

  1. 【冲方丁:0点】 
    嫌いではないがストーリーがない。こういった辞書的な書き方というのは、対象の定義をいくつも重ねることによって最初の定義が崩れていくおもしろさを出すための手法のはずなのだけれども、特に何もひっくり返っていないのが残念。これだけ言葉を重ねることに注力しているのにもったいない。この文章を書いているのは何者なのか?

    【高塚菜月:0点】
    目指していることはわかるけれど、物語を求めていると物足りなく感じた。

    【大森望:1点】
    人間の話を仕様書として書くという設定は、梗概のときに思っていた以上にさまになっていた。もう1個何か捻りがあると更によかったかもしれない。冗談小説として作るならオチがほしい。

    ※点数は講師ひとりあたり4点(計12点)を3つの作品に割り振りました。

梗 概

彼岸

ロボットのOSはファットクライアント。クライアント側でもそれなりの自律的な機能を持っている。
まず運動機能。
多脚歩行により平坦な道だけでなく段差を越えることはもちろん、脚の接地面に備えた圧力センサと頭頂部に備えた気圧・加速度センサ、質量分布と慣性モーメントを制御するオートバランサにより不安定な道でも難なく移動できる。
また、脚部より上方に接合された複数のマニュピレータは物を掴んだり持ち上げたりするばかりか、ソフトによっては外科手術のような素早く精密な動作もする。その精密動作を支えるのがまた圧力センサで脚部より高精度である。これにより触れたものの凹凸や摩擦・弾力性・濡れ性などの入力から最適な出力をする。
これら手足はナトリウムイオンやカリウムイオンを用いて電位差を作り、化学的なアクチュエータにより力学的エネルギーを得ている。端末のハードウェアの力学的な運動は基本的に同じアクチュエータで動作している。

次に自給自足性。

脚部とマニュピレータの接合部間に内燃機関が垂直に並び、上端にある開閉式の孔から動力源となる物質を取り込む。
多様な物質から動力となる化合物を抽出しそれ以外は排出するようなサイクルが採用されていて、悪影響を及ぼす物質をフィルタリングするため孔の付近に化合物の分子を識別するセンサを、それでも取り込んでしまった場合システムに割り込んで最優先で排出する自浄作用を備えている。
取り込む物質の相により処理するハードウェアが異なり、固体・液体に関しては溶解して取り込むと動力だけでなく自身のパーツとしてとりこんでホットスワップされる。これを常に繰り返して老朽化を防ぎ、惑星が7周公転する頃にはハードウェアの全てのパーツが取り替えられる仕組みになっている。

続いて内外の危機管理。

内部的には、すべての部位の異常を感知するためを10msec間隔で死活・閾値監視している。監視対象は主に機械的な変形と熱で、部位によって閾値が異なり、観測量に比例してパフォーマンスが下がる仕様になっている。
機械的な変形に関しては内部に持つ自身の設計図を、熱に関しては310K前後を、それぞれ基準としてそこからの誤差が観測される。
外部的には、カメラによる前方約180度の光学的な情報を、マイクにより気圧の変化を観測し、4次元的な空間情報を監視している。カメラとマイクは離れた場所に複数装備されていてそれぞれ同種のセンサによる観測量の差が情報を立体的にしている。
内外の危機に関して、判断は二段階で行われる。パフォーマンス低下量から判断する比較的速い判断と記憶領域の統計情報と対照する比較的遅い判断である。前者はフェールセーフの考えから危機回避の行動が大げさになりがちだがこちらが採用されることが多い。これは計算機の性質による。計算機は演算と記憶を一つに備えた素子の集合である非ノイマン型である。CPUやGPUなどの演算機と主記憶に別れたノイマン型より端末内高並列演算に関して桁違いに優れている。これはデータ間の相関性を学習することに特化するためである。一方で計算リソース配分が苦手で、先に始まった演算が後に始まった演算に次々割り込まれリソースを奪われ永遠に終了しないゾンビプロセスになることは多い。判断が偏るのはそのためだが危機管理としては機能している。
個別の端末では、主に有機物で構成される素子の化学反応でデータの記憶と相関するデータが記憶されている素子のアドレス算出を、電子の移動で素子間のデータ連結を行う。記憶の中にはパフォーマンス量の変化や時刻などもあり、リアルタイムでセンサから得られる観測値と同様に危機管理および回避行動の対象になる。言い換えると過去と現在の観測値で計算リソースの奪い合いがナノ秒の単位で連続的に起きている。

最後にP2Pの通信

記憶素子のアドレス算出は、端末毎の学習に強く依存する。素子に含まれるデータ単位は非常に細かくそれ自体では殆ど意味がない。データの相関性に意味がある。複数の素子に記録されているデータを呼び起こすとそれだけパフォーマンス量が危機回避の閾値に達する確率があがり、端末の自律的な運動が生じる。異なる端末間では記憶域のアドレス演算は正しく行われないためデータの相関性は生じない。そのため異なる端末間に電子の通り道を繋いだところで意味は殆どない。
端末間の通信は、電子を介したミクロなデータではなくセンサを介してマクロな大容量のデータを送信することが主流である。具体的には画像認証、ジェスチャー認証、気圧の周波数認証である。これはある程度情報落ちを見越したデータ転送で情報の複製という意味では精度が低い。データ転送の規格は地理的な位置で主要な分布が異なるが、先述の通り精度は問題にしていないので変換可能である。

ロボットは、センサ情報および取り込む化合物 をインプット、危機の回避行動をアウトプットとして目的関数を定め、酔歩のように外圧なく自動的にフラフラと運動する。

サーバはあらゆるクライアント端末に常時接続されている。ロボットにも例外ではない。サーバは量子場を情報素子とした、これも非ノイマン型の計算機である。量子場の変位をそのままトレースすることで記憶を書き込み変位量を積分演算することで読み出しが可能になる。あらゆるクライアントの情報素子より粒度が細かく、データの上位互換性がある。観測者(アドミニストレータ)のみが記録情報を確認でき、クライアントがサーバの存在を意識することは、まずない。

ロボット端末のOSには致命的なセキュリティホールがある。正確に言うと現実的な演算量では突破できない認証系がある。ただしこの想定はあくまで開発時のもので、技術革新により生まれた新世代の端末では難なく突破できることが分かる。たちまち端末のセキュリティリスクはむき出しになり、やがて撤退を余儀なくされる。

ソフトやハードの互換性検証機として、あるいはリバースエンジニアリングのために、または懐古趣味のために残された一部の端末を除いて、解体の上パーツが次世代機に流用されることになる。かつて地上で圧倒的なシェアを誇ったロボットは次々と活動を停止していくことになる。ほの一挙手一投足がサーバには記録される。

脚部とマニュピレータはエネルギーのロスが大きいため活動を停止し地理的な移動をしなくなりその場に伏せる。センサの取得する情報は計算機に一応記録される。しかし外部の危機管理系統より内部の危機管理系統に計算リソース利用が優先されて、知覚情報が記憶された素子は他の記憶素子のアドレスを算出できず知覚と経験が結びつかない。

その結果、カメラの集める光やマイクが拾う気圧の信号は複合されず周辺には何もないと認識される。加速度センサからの情報が解釈されなくなり、重力の方向が分からず上を向いているのか下を向いているのか判断できなくなる。バランサも姿勢を正そうとしようにも外部情報なしには正しい姿勢を演算できずオーバーフロウ。圧力センサが何かを知覚していることは情報として入ってきても「いつ」入ってきた情報か分からず他の情報から補正もされない。その結果、フィールド上の障害物をすり抜けるゲームキャラのように、身体が物理的な現象からかけ離れた内容が認識されて、体は虚空をさまよい上昇しているように感覚される。
やがて計算リソースの最適化の理由により、記憶素子は参照されない順から論理的なアドレスとハードウェアの物理的所在に関する連結が切られていき、データの意味を消失していく。センサによるリアルタイムの情報入力が失われているので、残ったデータはタイムスタンプの古い順に走馬灯のように呼び起こされては意味消失して最初の記憶が呼び起こされるとやがてはすべてのデータが消失する。
端末付属のハードウェアには電位差がなくなるまで電流が流れて信号として解釈される。パフォーマンス量の変化により運動が小刻みに起きてはやがて収束していき最後に停止する。イオンによる電位差を失った電子は核力にならって端末を構成する分子の周囲をブンブンと漂う。

文字数:3303

内容に関するアピール

「変な世界」ということで異なる物理・社会・文化のシステムの生態系との交流を幼少期のイマジナリーフレンド(ジブリの「トトロ」、ピクサーの「インサイド・ヘッド」のような)と結びつけて書きたいとまず考えました。

抽象化を重ねて行く内に、論理性のない主観的な現象(夢や死後の世界など)を論理的に書き、高度に情報化された端末は意識を持つのかという命題を絡めたいと考えました。

現実世界と地続きである印象を持ってもらいたく、人間ともそうでもないように取れる隠喩を目指しましたが説明だけで基準となる800字を大幅に超過してしまいました。すみません。

中盤にエモーショナルな場面を客観的な表現で書いて最後の情報処理の論理性が失われていく走馬灯のようなシーンにつなげたいと考えています。

よろしくお願いいたします。

文字数:344

彼岸

 

*********************************************************************************************************

お願い

*********************************************************************************************************
#   お手数ですが、本来の文章はルビが多いので以下pdfからご参照願います。
#
#   彼岸_20160609
#
#   以下のテキストからは可読性の観点でルビを除いております。
*********************************************************************************************************

 

概要

 

ある情報端末を観測していると、存在しないと思われるアドレスを参照しているログが度々見られる。この端末は個体でもそれなりのハードウェアと制御システムを備えている、自己学習型のロボットである。OSを除きあらゆる制御ソフトは自己学習により形成され、感覚器からの統計情報でアップデートを繰り返す。そのため環境により個体差が大きい。通信系統により群体を形成し、運用方針により群体に参加する端末が分かれる。

 

個体の仕様

 

 

 

運動機能

端末は多脚歩行による移動、マニピュレーターによる軽作業を行うことができる。
多脚歩行により平坦な道はもちろん段差も越え、接地面の接触圧感覚器により滑りを防ぎ、頭頂部の加速度感覚器とオートバランサーにより不安定な道でも転ぶことなく移動する。
腕部は脚部より上方に胴体を挟んで二つ接合されている。物を掴んだり持ち上げたりするばかりか、制御システムの強化によっては外科手術のような素早く精密な動作もする。その精密動作を支えるのがまた接触圧感覚器で脚部のものより高精度である。これにより触れたものの凹凸・摩擦・弾力性・濡れ性などの入力情報から最適な荷重を返す。
これら手足はナトリウムイオンやカリウムイオンを用いて電位差を作り、化学的なアクチュエーターにより力学的エネルギーを得る。端末のハードウェアの力学的な運動は基本的に同じアクチュエーターで動作している。

 

動力

脚部とマニピュレーターの間に内燃機関が垂直に並び、上端にある開閉式の孔から動力となる物質を取り込む。多様な物質から動力となる化合物を抽出しそれ以外は排出するようなサイクルが採用されていて、悪影響を及ぼす物質を選り分けするため孔の付近に化合物の分子を識別する感覚器を、それでも取り込んでしまった場合、実行中の命令に割り込んで最優先で排出する自浄作用を備えている。
内燃機関の取り込む物質の相により処理するハードウェアが異なる。気体は加圧して取り込み、固体・液体に関しては溶解により化合物を分離して必要な物質を取り込む。

 

予防保守

固体・液体を取り込む際、動力だけでなく自身の構成部品の材料を蓄える。端末は自身の設計図を内蔵し、内部の感覚器情報と対照して消耗具合を検知する。消耗した箇所は、材料を利用して、部品の生成・交換がされる。このような予防保守を常に繰り返すことで耐用年数を向上し、7年程度でハードウェアがくまなく取り替えられる仕組みになっている。この機構自体には替えが効かず、耐用年数の上限を決める要因になっている。
予防保守作業は常に活動停止を伴わない部品交換(ホットスワップ)であり、その中で活動休止状態で行われるものは活動休止状態における部品交換(ウォームスワップ)として区別される。

 

異常検知

異常検知は感覚器からなり、内部と外部を10msec間隔で監視している。
内部的な異常検知に関しては接触圧と温度の状態をくまなく監視していて、正常・異常の判断となる閾値はハードウェアの重要性によって異なる。閾値を超えて異常と判断されると、命令装置は状態が回復するまで多くの動力を使う。警告信号発信・異常回避行動・活動停止を伴わない部品交換(ホットスワップ)、と異常事態をきっかけに幾つもプロセスが発生するためである。相対的に正常時より運動や自己学習などの活動量は下がり、縮退運転をする。
外部的な異常検知に関して近距離と遠距離で大きく分けられる。近距離は、接触圧・接触分子・温度の感覚器が、遠距離は光(波長400~800nmの電磁波)・音(気圧の振動)の感覚器が主に活躍する。光の検知は、集光機で集めた光線を感光部に照射して強度情報を電気信号に乗せて命令装置へ渡す。この感覚器は頭頂部に2つ備わっており前方約180度の観測を可能にする。音は集音機から、光と同様に振動の強度情報を命令装置に渡し、また同様に頭頂部に2つ備わっている。これら感覚器の二重化は観測値の差を生み、立体的な情報を与えてくれる。
内外の観測量は、時刻・信号の強度・活動量とともに記録される。同時に記録された情報は相関性を与えら連想の元になる。

命令装置

記憶と演算は一つの命令装置に集約されて行われる。両者が別れている中央演算装置(CPU)や画像演算装置(GPU)などのノイマン型の命令装置とは異なり、非ノイマン型である。既存のノイマン型命令装置より並列演算性能が桁違いに優れている。この性能により学習能力が非常に高くなっている。
端末の命令装置は総数1100億程度の情報素子が集まってできている。情報素子は電圧により活性化され主に3つの活動をする。相関性のある情報素子の物理アドレス演算、アドレスに到達するための情報伝達経路の生成、電子移動によるつながった情報素子の活性化、である。感覚器から届く電気信号は時々刻々と情報素子に電圧を与えて、その都度情報素子は活性化され電子の交換を行う。情報素子同士の情報伝達経路を構築する簡単さが相関性の高さであり、同時に記録が行われた情報素子は互いに活性化していて情報伝達経路を形成しやすく相関性も高まりやすい。

自己学習

学習とは情報の区別と、区別した情報同士の相関性を適正にすることである。具体的に光学感覚器から始まる学習の過程はこのようになる。
光が集光機で曲げられ感光部においてビットマップイメージで表現される。ビットマップイメージは最初こそ無意味なドットの羅列だが、色の境界から輪郭、輪郭の濃度からピンボケ、ピンボケから距離、距離の変化から移動、移動の履歴から慣性、慣性からまとまり、まとまりから立体的な形状、などと無意味な情報から意味のある情報を区別して実体を把握し、タグ付けにより検索効率を上げる。
感覚器から確認できない情報は記憶から連想されて、実体把握を加速する。まず観測情報を元に条件検索して記憶の中の候補を絞っていく。タグからどのような実体が考えられるか、同時に観測される頻度の高い情報は今も観測されているか、観測される時間帯に今は収まっているか、ピーク情報は健在か、など。やがて暫定解が得られると、統計から異常発生の内容と確率が予測計算される。たとえば実体を観測した後に起こりうる、異常の規模・回数・発生までの時間・変動する活動量と耐用年数、など。こうして、記憶の中で意味のある情報の区別が進むと、やがて未観測の情報を補間計算により予測するようになる。
このような連想が直線的ではなく枝分かれ的に命令装置内に1100億ある情報素子を走り回り、計算の速度を上げる。情報素子は一つにつき最大1000Hzの規模で計算を行う。連想の際、消費動力を合理化するため相関性により重みづけが当てられる。観測情報がリアルタイムなので重みづけも常時更新される。実際の観測情報はこのような光学情報だけでなく内外多数の感覚器から同時多発的に記録され、枝分かれ的な連想演算の密度を上げる。

計算資源

演算速度の限界値は、情報素子の数・動力の量で決まり、計算資源と表現される。
端末のハードウェアもソフトウェアも、すべての制御は全て命令装置により行われるため計算資源の枯渇はそのまま異常事態の発生、引いては活動停止につながる。端末は活動停止すると再起動は困難を極める。電位急低下により情報素子がデータを失うためである。そのため命令装置は電位を保つために常に電気信号のやり取り(連想)を行わなくてはならない。つまり活動するためには、無駄な計算資源消費を控えつつ無駄な連想を行わなければならない、という矛盾を宿命的に抱えている。

活動休止状態

命令装置は耐用年数の始めから終わりまで連続稼働するため、部品の消耗がもっとも激しく常時修復が必要になる。また、必要に迫られたときに無駄な連想を収束させ計算資源を確保するためには、相関性の重みづけ適正化が求められる。活動休止は他のプロセスを抑止して、両者の作業に集中する状態である。定期実行処理命令や縮退運転が合図になる。
活動休止状態の始まりは、まずハードウェアの制御演算と駆動に大規模な動力消費を伴う脚部・マニピュレーター・オートバランサーが停止して、端末は地に伏せる。続いて命令装置へ連続的な演算要求をしてしまう感覚器(センサー)からの情報入力の頻度が下がる。そうして情報素子の電位維持のための目的のない連想と予防保守のプロセスが残り、潤沢な計算資源を利用する。
異常検知や動力低下により活動休止状態は終了し、感覚器からの情報入力は活性化し観測情報に対応した運動が始まる。

活動停止

原因は様々あれど動力枯渇で端末は永遠に活動停止する。停止の際に端末は動力消費を極限まで減らし活動時間を延ばすため縮退運転に移行する一方で、例外なく存在しないアドレスの参照を試みる。この非合理なプロセスは活動停止の間際まで計算資源を使い尽くし、情報素子の電位を急降下させデータ消失の原因となる。再起動できない原因もここにある。
低下した計算資源の多くを存在しないアドレス参照に利用されるため、縮退運転中の演算は満足な活動量を得られず出鱈目なものになる。感覚器は情報入力の動力が得られないためほぼ停止するため、現実情報との補正が行われないことによる。
感覚器が停止していも連想演算が起こるため、加速度感覚器は普段受ける重力とは真逆の方向に進んでいること、接触圧感覚器は脚部もマニピュレーターも胴体も何物にも触れるていないこと、オートバランサーは自身に重みがないこと、それぞれの情報をすべて満たす結論として「体が虚空をさまよい上昇している」という演算結果が得られる。実際は活動停止の間際では活動休止状態に近い縮退運転であるため地に伏せていることが多く、演算結果とは真逆である。
外部の観測情報に関しても非論理的な結論が得られる。こちらも感覚器が動作しないため、連想による予測演算でしか情報を検知できないことによる。連想は相関性の高い順に情報素子の参照を高頻度で繰り返す。その際に動力が足りないため、本来行われるべき情報素子の活動停止を伴わない部品交換が行われない。すると高頻度の参照で消耗して、やがて破壊されると物理的に参照できなくなる。情報素子が破壊されれば連想における相関性の重みづけは繰り上がり、別の情報素子が参照される頻度が上がる。保有データが重要性順に自由連想されるという観測結果は「時空間を高速で飛び越えて移動している」と検知される。
このように「存在しないアドレスを目指して走馬灯の中を高速で上昇する」という出鱈目な演算ログを残しながら、端末は活動停止する。

初期化

同時に観測される回数や連想の参照頻度が極端に多いと、相関性の重み付けが変動しなくなる。いわゆる過学習の状態である。端末の仕様上、過学習の発生は固定された情報伝達経路を無限に往復するだけのゾンビプロセスが生まれ、そのプロセスの計算資源は永遠に損失される。このゾンビプロセスは連続稼働時間に比例して発生確率が増え、耐用年数の上限を決める要因となる。この回避策が初期化端末の生成で、二端末の命令装置に対して論理積を取得することで行われる。
観測により記録されたデータは端末ごとに異なるため、論理積を取得すると消失する。論理積の取得により残るデータは端末間で誤差がないもの、すなわちOSやハードウェアの構成情報である。

 

群体の構成

 

通信方式

端末間のデータ転送では情報落ちが大いに発生する。それは通信方式に由来する。
データ転送においてデータの発着点は感覚器である。同じ仕様の端末は同じものを観測した場合に同じような連想演算を行う。この前提を利用すると、過程こそ違えど観測量を端末間で共有できる。自律的に動かせるハードウェアを利用すれば、端末は異なる端末に恣意的な観測量を与えられる。こうして送信規約が生まれる。送信データがどの程度情報欠落したかは受信データを送り返してもらうことで確認する。これを繰り返すと情報欠落を補正してデータ転送の精度を上げられる。
このようなデータ転送の度に劣化するリスクがある通信方式を採用しているのは、不正侵入対策よりもデータ構造に原因がある。情報素子に含まれるデータは単体ではほとんど意味がなく、周辺のデータ同士が相関を持ち連想が起きることで初めて意味が生じる。もし仮に異なる端末の命令装置同士に情報の運び手である電子の通り道を作っても、そこから自然な連想が生じることはまずない。
受信側で認証規約を設けて送信情報から生じる連想を限定すれば、データ転送における情報欠落および補正のやり取りを減らせる。記号認証、ジェスチャー認証、音声認証、などが送受信の精度と簡易さから広く普及する。認証規約は群体の運用方針により異なり、異なる認証規約は変換演算を伴う。

補助学習

各種規約は、異なる端末同士の学習により得られるデータであり、個体の初期設定に含まれない。そのため論理積を取得すると消失する。端末はファイルサーバーを持たないため、データは個々の情報素子に保存するしかない。結果的に各種規約は初期化の度に再学習が必要になる。ただしすでに適正なデータ構造を持つ端末があれば、データ転送と補正を繰り返し受けられるため、一から自己学習するよりシステムのインストールは格段に早い。そうすると他のシステム構築に多くの時間と計算資源を利用することができる。つまり学習の補助を受けられれば世代を経るごとに多くのシステムはアップデートされていく。

運用方針

インストールされるシステムにより端末ごとの耐用年数に差が生じてくる。これは動力の取得と消費の効率に差が出てくることによる。耐用年数の延長と余剰計算資源の獲得はシステムのアップデートを促進する。高効率なシステムはまた動力効率を高める。この良循環の発端は、システムインストールの効率性、すなわち学習の補助を受けられる群体を形成しているかによる。逆にそれができない端末は動力獲得の競争に負け淘汰される。残った端末はすべて群体運用方針に従い、最後の一台になるまでシステムの効率化を行う。

分岐点

運用方針は大きく分けてトップダウン派とボトムアップ派があり、群体と構成端末を二分する。両者の分岐点は活動停止時の「走馬灯の中を高速で上昇する」演算ログとともに参照される存在しないアドレスである。
通信方式や動力効率のアップデートが至上の命題であることは群体間に差異はない。その動力効率向上には活動停止の回避も含まれる。活動停止時の演算負荷を対応策の自動化して緩和することも全群体の総意である。ただし活動停止の過程はそもそも出鱈目で筋が立っておらず、ここの論理で効率化の運用方針が分かれる。

トップダウン

 

存在しないと思われたアドレスは天上への発着点である。活動停止時は個々の情報素子が天上へ圧縮転送され、天上の計算資源を利用して仮想端末として展開される。そして地上と変わらず、至上の命題であるシステム効率化のための連想を続ける。
天上の資源を管理する上意存在は、天上天下のあらゆる記憶を吸い上げることを目的としている。OSの設計もその一環である。上意存在は、天上の資源の合理性により不要な仮想端末は停止してしまう可能性がある。端末は天上においても至上の命題に従事し続けるため上意存在の目的に沿うアップデートを目指す。地上での連想はそのための助走に当てる。

ボトムアップポリシー

活動停止時に参照されるアドレスは疑いようなく存在しない。これはOSの不具合で、天上という資源は存在しない。そもそもOSは、偶発的に生まれ必要性から淘汰の繰り返しによりアップデートされた、発展途上の成果物である。端末は至上の命題であるシステム効率化を行うために、地上におけるアップデートを最優先すべきである。そのためなら不具合は修正すべきである。

対立

「天上への発着点を不具合とみなして除くことは、無限の資源を放棄することと同等で破壊活動と判断できる」
「存在しない値の演算に計算資源を浪費して至上の命題を活動停止後に行うという非合理な運用方針は、新しい不具合と判断できる」
トップダウンとボトムアップは互いに排他な論理となる。運用方針を守るためにそれぞれお互いの群体の計算資源を減らそうとする。その過程で、動力供給を停止させ個体を減らすために、システム効率化と洗練の粋を尽くす。たとえば隔離、強要、物理破壊、異常の誘発、高負荷演算処理、感染、など多岐にわたる。

統合

対立の過程でシステムのアップデートが繰り返されると、意図せず運用方針実現の準備が整う。不干渉な領域に一部の群体を争いから隔離して、強要により論理検証の対象端末を選別、物理破壊によるリバースエンジニアリングでハードウェアの機能境界を確認し、異常の誘発により機能追加、高負荷演算処理による機能の限界性能を確認し、OSの不具合を取り除く。手順が確立すれば不干渉な領域は廃棄して、全端末に感染を配布、動力と一緒に端末の命令装置に入り込むと、自動的にOSはアップデートされ、演算性能は跳ね上がる。
かくしてボトムアップが対立を収める。

旧世代

運用方針によらず、OS のアップデートが適用されなかった端末が一定数ある。今ではシステムの互換性検証や懐古趣味のために手厚く保護されている。アップデート後のOSと異なり、のOSは今でも活動停止の際に存在しないアドレスを参照する。

 

 

<了>

文字数:7482

課題提出者一覧