≪課題の背景≫

ポップカルチャーとは、ひとくちにいえば、映画やポピュラー音楽、アニメやマンガやゲーム、テレビやインターネット、その他もろもろなんでもいいですが、受容者として同時代の大衆が想定される文化を指していると言っていいでしょう。ゆえにこそ、この手の文化は、政治や社会の動向、またはその構成員の精神を反映したものとして、分析的に語られることがあります。

こうした文章には、批評として商業的な需要があります。皆さんがポップカルチャーについて書かれた本を読めば、多くが、現代社会とか、世界情勢とか、日本とか、日本人、あるいは現代人とか、その中の特徴的な一部の層、について考察したものとして書かれているはずです。たとえば東浩紀『動物化するポストモダン』(2001)は、その中でも高く評価された本です。

というわけで、これをやってみましょう。具体的には以下の鉤括弧の中を課題文とします。

 

≪課題文≫

「平成年間(1989~2020)のポップカルチャーで、この時代の、あるいは人々や社会の、あり方がもっともよく描かれている作品や事象を一つ選び、論じてください。文字数は4000字から8000字(400字詰め原稿用紙10~20枚)とします」

 

≪条件≫

ポップカルチャー批評は、ポップカルチャーについて一見ペダンティックな、何となくハイブローそうな、文章を書いたものではありません。そんな文章は掃いて捨てるほどありますから、あなたは書かないようにしましょう。そこで、執筆にあたっては、以下の条件を満たしてください。これはポップカルチャーに限らず、批評で読者を得るために必要なことです。文章は基本的に読者を求めますから、満たすよう頑張ってください。

①作品や事象、ジャンルについて、全く知らない、聞いたこともない、一般の読者が、その作品や事象の内容を十分に理解できるものを書いてください。

ポップカルチャーについての文章は、対象が大衆文化であるからこそ、読者がそれについてよく知っているという前提で書かれてしまいがちです。ところが一方、今はポップカルチャーという言葉とは裏腹に、世の誰しもが見知っている作品や事象というのはなくなりました。そういう感覚で文化を語ることができたのは、少なくとも、平成年間よりも前の時代です。だから、あなたは「知らない人」のために書かねばなりません。未知の人に、その文化を伝えるつもりで書いてください。

②他のどんなものでもなく、この作品や事象こそが平成年間を語るうえでふさわしいと、偽装してください。

ポップカルチャーは膨大な数があり、本当は、語られるのがその作品や事象でなければならない理由はありません。しかしそれでも、それでなければならないと語ってください。批評というのは読者の価値観を変えて、波及的には社会に影響を及ぼすものですから、そう説得するのが、批評の技術です。たとえばそれは、あらかじめ文章の中に反論を仕込んでおくことかもしれません。あるいは同時代の作品と比較しながら、その作品や事象こそ典型的であるとすることかもしれません。また、論理展開の魅力によって読者を引き込み、「本当はこの作品や事象じゃなくてもいいのではないか」という気持ちを忘れさせることかもしれません。別に作者が本当にそう意図したかはどっちでもよく、あなたの理屈であって構いません。しかし、そこには強い説得力を持たせてください。

③愛情から距離をとってください。

ポップカルチャーは強く人を惹きつけます。だからあなたも、単に「その作品や事象が好きだから」という動機で批評を書こうとするかもしれません。愛情を持つことは好ましいことです。しかし、その動機のままに筆を走らせるのは、間違ったやり方です。なぜなら、この課題であなたが書かねばならないのは、作品や事象についてでなく、それ以上に、平成という区切られた時代についてだからです。その前提を忘れて愛情を書くと、読者は「ああ、この人は平成だの社会だのという、普遍性がありそうなテーマを語るフリをしながら、自分の愛情を語っているのだ」と思います。それはただ愛情を語るだけの文章以上に、読者にとって退屈です。

 

≪ヒント≫

上記の文章をよく読んで、課題のキモになる部分を推測してみてください。それに素直に答える形で執筆してください。安易な逆張りは必要ありません。あなたの批評家としての能力はそのときに発揮されるはずです。以下は、上記の文章を読み、理解できたと思った人のための、より突っ込んだヒントです。

①について。

あなたはつまり、この文章の読者を想定せねばなりません。とりあえず、その文化のことをよく知っている人と、全く知らない人の両方、しかもあなたのできるかぎり多数、に届けるつもりで書いてみましょう。したがって、あなたが書こうとしている文章を、「批評再生塾の課題」だと思って書いてはいけません。これは、あなたのことも、批評再生塾のことも、全く知らない誰かが読むのです。「今回の課題は…」「批評再生塾では…」みたいな書き方も、当然、避けましょう。

②について。

つまり、あなたが考えねばならないのは、まずその作品や事象のこととか、それに対するあなたの愛情についてだけでなく、平成という時代のことです。どんな時代か考えて、かつそこで、別の理論を接合したようなオリジナルな価値観の提示を目指してください(これは重要なことです)。そして、そのオリジナルな価値観のために作品や事象を語ってください。言い換えれば、あなたは今から書こうとしている作品や事象について、ことさら好きである必要すら、ないかもしれません。また、もし論理が築けるならば、日本の作品を挙げなくたっていいですし、もちろんわざわざ「作品や事象」と言っているのですから、パッケージソフトのかたちをとっていないものでもかまいません。あるいは平成年間という言葉を単に「1989-2020年」として捉え、グローバルな状況について語ってもいいのです。

③について。

どんな作品・事象をポップカルチャーと捉えるかは書き手にお任せしますが、「ポップカルチャーを批評的に取り込んだハイカルチャー」などについて書いてはいけません。たとえば村上隆の作品はポップカルチャーの影響がありますが、ポップカルチャーそのものではありません。「それをあえてポップカルチャーと捉えたい」とか「ポップカルチャーについて自己言及したポップカルチャーの例を挙げたい」という方面での掘り下げがあってもかまいません。しかしそれにこだわりすぎると今回の課題の要件を満たせなくなるはずで、それは結局、書こうとしている対象への、何らかの愛情に基づいたものになりがちです。

<運営による追記:今回はゲスト講師より指定の「4000字~8000字」を選考対象字数とします。>

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