朝の連続テレビ「小説」論序説 おしん・あまちゃん・あらくれ

 朝のイメージも夜のイメージも誤まりを招き易い。幸福な時代というものは、ぐっすりと眠った夜のあとに朝がやってくるというような具合に簡単にはやってこないのだ。――ベルトルト・ブレヒト
国民的○○の系譜

 時刻表示は午前08時00分。誰もが日々そこにあるものとしてやり過ごしているかに見える、昼休みの再放送を含めれば月曜から土曜まで正確に毎週同じペースで放映される朝昼15分間のループ=帯番組。

 獅子文六原作の『娘と私』を第1作目にして2017年現在の第96作目『ひよっこ』まで50年以上放送が続いているため、通称「朝ドラ」として日本人の見慣れた日常風景に浸透してしまっているNHK制作のテレビドラマシリーズ「連続テレビ小説」は、1961年に放送が始まった。これはロブ=グリエ脚本でアラン・レネ監督の『去年マリエンバートで』がフランスで公開されたのと同じ年である。

 ところでよくよくその歴史を辿ってみれば、この50年来このかた、出勤前後の時間に必ずそこに流れている国民的な「日常」の一部として家庭生活にささやかな娯楽の彩りを添える公共放送局制作のテレビ番組が「小説」と名づけられている事実に、われわれは未だ真摯に動揺できていないのではないか。

 元々はその前身となるNHKの「連続ラジオ小説」で朗読劇の形で語られていた同タイトルの作品が、番組枠のテレビ放送への移行に伴って「テレビ小説」に改められた『娘と私』や、川端康成が初めてテレビドラマ用に原作を書き下ろした1965年の笠智衆・主演『たまゆら』など、初期の「連続テレビ小説」のシリーズは現在のようにその配役が若手俳優にとっての登竜門として扱われている女性ヒロインが主演ではなく、男性のナレーターを主人公=私にして妻や娘との生活を回想するという形式だった「家庭劇(ホーム・ドラマ)」の変遷に注目できるのだが、今となっては毎年主演女優のオーディションの結果が華々しく報道されるのが恒例行事になっているわけである。
 ここで肝心なのは、NHKが朗読番組からドラマ制作へと移行するにあたっては朝刊に掲載されている「新聞小説」がモデルになったという経緯である。※1

 では、明治・大正・昭和の文豪たちがその紙面で腕を競っていた、つまり「国民文学」の主要な舞台であった新聞小説から名を受け継いでいる平成の「連続テレビ小説」では、半世紀以上に渡って固有のメディア形式として番組枠の血脈が途絶えていないからには、そこでいったいいかなる魅惑的な虚構が演じられているというのか。

「その頃、おしんは一人で北へ向かって走る列車に乗っていた。どこへ、何をしに行くのか。それは、おしんだけしか知らないことである。」(『おしん』第1話)

 例えば「世界で最もヒットした日本のテレビドラマ」なる称号まで付いている、1983年放送の第31作『おしん』では、第1話から主人公・田倉しん一家の貧しい農村の困窮や関東大震災や戦中の混乱期を乗り越えてきた苦労(心理)を要所でナレーターが代弁する形式で物語が展開していく。
 戦後を生き延びた経営者として一代の資本を築いた83歳のおしんが「夢中で生きてきた途中に忘れてしまったたくさんの大事なこと」を探しに北へ帰るという半生の回顧をあらすじとするこの作品のナレーターを務める奈良岡朋子は、最終話の「スーパーたのくら」がチェーン店を構える三重県の伊勢海岸の場面で一家とすれ違う他人の役でカメオ出演するのだが、結局の所、毎日15分刻みというテンポでは画面に写る俳優たちの物語の進行を適度に統御する三人称多元視点の語り手に頼るしかないという事情だろうが、半年から1年間の放送日程をかけて長大な旅の円環構造が閉じるというフィクションの形式は、その他の連続テレビ小説でも踏襲されている。

 端的にいえば、松竹映画の脚本部からそのキャリアを築き始め、戦後のテレビドラマ界と並走して大御所の地位に君臨し続けている橋田壽賀子がこの家庭劇で提示しようとしているのは、「身の丈に合った幸せ」である。
NHKアーカイブスの解説にある「高度経済成長の中で現代人が見失ってしまったものを提示し、問いかけよう」とした意図と合わせて、自ら「明治生まれの女性の生き様」を取材した『おしん』の企画が生まれるまでを振り返ったあとがきでは、こう語っている。

「日本は豊かになっていたが、ほんの少し前には、想像を絶する貧しさと苦労の時代があり、その上に“今”があることを忘れてはならないと思った。しかし、当時はバブルの黎明期で、日本はすでにおかしくなり始めていた。/そのような、私たちの世代からすれば信じられない事件が起きるのは、日本人の手にした経済的な豊かさが“身の丈”に合っていないからではないだろうか--私が『おしん』を書くにあたってずっと考えていたのは、まさにこのことであった。」(『小説 おしん』あとがき)

 その実、東西冷戦後の「幻想が裏切られ、力が崩壊した時にいかにして貧乏人を働かせるのかという問題」(ギー・ドゥボール)を解決する、見えていない脅威に蓋をする装置としてのスペクタクルを世界市場に拡がる規模で巧みに洗練させる消費社会のサイクルによって維持されている「帰るべき日常」。

 ところで唐突にジャンルが転じるのだが、『「女性の自己実現」がテーマになっている』NHKの連続テレビ小説とほぼ重なる「独り立ちする女性の一代記」としてのプロットを持ち、なおかつ「七つの年に」生家から里子に/奉公に連れ出される際に水辺の渡し場を通過するという場面の細部まで一致している小説が存在する。徳田秋聲の『あらくれ』(1915年刊)である。
 元々はモデルとなった女性が居る「聞き書き」から物語の着想を得て、日露戦争の後に夏目漱石が「国民的小説家」の地位を築きつつあった頃(映画版『おしん』では山小屋で脱走兵の俊作に読み書きを教わる場面で与謝野晶子の詩集や『吾輩は猫である』の本が登場する)、という時代設定まで重なっている。

 しかし、1950〜60年代に新藤兼人や成瀬巳喜男や増村保造の手によって秋聲の小説が映画化された潮流を最後にして、こちらの主人公があらゆる「感動の実話」を纏った固有名がメディアの形態を変えて何度もリメイクされる「キャラクター消費」の時代に(実際、『おしん』も「日本は、この涙で強くなった。」というキャッチコピーを掲げ、2013年に上戸彩や稲垣吾郎といった平成の俳優を起用して新たに映画化された)、朝ドラ的な「国民的ヒロイン」の資格を奪われたままなのは何故なのか。

翻る紅白の変容

 一方、海外のテレビ局でも放送されていた『おしん』はアジアや中東各国の視聴者にとっても「辛苦に耐えて成功する」物語が爆発的な人気を誇っており、今だに「発展途上だった時代からの急速な経済成長」を遂げた戦後日本のイメージがこのドラマによって植え付けられているほどだそうだが、そこまで国境を越えてブームになったのは「母」の主題に普遍的な訴求力があったからだと思われる。

 橋田壽賀子原作の映画版『おしん』のクライマックスの場面での、ドラマ版に引き続いて出演する「橋田ファミリー」の代表格として一座を組んでいる女優こと泉ピン子の台詞は、バックグラウンドに流れる感傷的なピアノ伴奏に乗せてこう繰り出される。「おしん、女ってぇのはな、自分のために働いてるんでねえんだぞ。みんな、親や亭主や子供のために働いてるんだ……露ほども自分のこと考えねえでな。それが女ってもんだ。おめぇのおっ母さんもおんなじだ。/おしん、おっ母様大事にしてやれ。おっ母様も辛かっただろう……」
 あからさまに旧守的な家父長制への奉仕に向けた「忍従の美徳」が説かれている、家族の絆の回復が山場となるドラマツルギーである。
 このようにして『おしん』の場合は第1話〜第297話の円環構造が閉じることによって「家族の物語」が「国民の歴史」へと拡大するわけである。

 幼少期のおしんが生まれ育った村から米一俵の年棒との交換条件で奉公に出される理由が「もう食わせる米がない」という不作と貧窮ゆえだったのに対して、『あらくれ』のお島が家を追い出されることになる因果は自分の子に対して鬼子母神のような態度を取る母親の合理的な説明が不明の不可解な「憎しみ」である。

「自分に深い憎しみを持っている母親の暴(あら)い怒と惨酷な折檻から逃れるために、野面をそっち此方彷徨いていた。」(『あらくれ』第一回)

 この母との距離に関して、『おしん』/『あらくれ』を解読するために重要な鍵となるのが、大杉重男による徳田秋聲論である。蓮實重彦が『小説から遠く離れて』で中上健次『枯木灘』を分析する際に使った「完璧な捨子」という概念を引き継いで、大杉は遠くへ連れ去られた後再び帰ってくる「貴種流離譚」的な神話/物語の網の目から逃走しようとするお島の動線に「小説の始まり」を見ているが、それは自らの人生に忍び寄ってくる数々の、近親者が吹き込む嘘・噂・地元の人々の口から溢れる伝承(フォークロア)との闘いという形を取るだろう。その極点が、「母胎回帰」の拒絶である。

「『あらくれ』の後半が平板に見えると刷れば、それは母胎から決定的に拒絶されたお島の「捨て子」性に求めるべきだろう。彼女は「物語の中で捨られた捨子」から「物語自体によって捨てられた捨て子」となったのであり、そうした彼女を語る言葉が物語的な潤いを持たず、すぐれて散文=小説的であるのは自然である。」(大杉重男「畏怖と安易--『あらくれ』論)

養家(18歳)→生家(7歳)→植木屋・洋服屋→温泉というように冒頭から時間軸をジグザグにスキップする、働く店の場所さえ転々と移動し続けているので「成長」を順番に見守ることができない逃走劇。「資金(もと)」を溜め込まないで浪費してしまう主人公、「お島はその本質において無成算=無生産であり、近代的経営者とはなりえない。」(講談社文芸文庫版の解説より)という人物造形は、『おしん』の主人公・田倉しんのどこかに置き忘れてきた損失を取り戻すといういかにも一代で財を成した苦労人の経営者的な身振りとは興味深い対をなしている。

 さらにここで一旦迂回するが、近年再びブームを巻き起こした作品として記憶に新しいのが、第88作『あまちゃん』である。こちらは現実の歴史をそのままなぞる物語にはなっていないのだが、1984年の地元鉄道の開通式を横目にその町から脱出して歌手になる野望を果たすために上京する過去の天野春子(小泉今日子、の18歳時代を有村架純が演じる1人2役)と入れ違いに北へと向かう、2008年現在の天野アキ(能年玲奈)が祖母の天野夏(宮本信子)が袖が浜の漁業組合で海女として生計を立てている母の故郷の家に到着する第1話から始まる。
 後半部分では、被災した三陸のリアス式海岸で主人公と仲間たちが携わる観光イベントを通した地域「復興」のサイクルを題材にして(津波による被害は直接的には描かれない)、小泉今日子と薬師丸ひろ子が存在しなかった芸能界(それぞれ母・天野春子とアキが憧れる女優・鈴鹿ヒロミに入れ替わっている)という改変された近過去を舞台にしたもう一つのあり得たかもしれない2011年の東北大震災が複雑に場所と人間関係が交錯した群像劇として語り直されるのだが、劇中のパラレルワールド(もう一つの日本)である実在しない北三陸駅と東京を分断する境界線として画面に描かれる「トンネル」の場面も、主人公の天野アキとの2人組・潮騒のメモリーズで活躍する足立ユイ(橋本愛が演じる。過去の天野春子と同じく地元の北三陸を逃げ出したいという衝動を抱えていた)が越えられなかった「2011年3月11日」の日付けと重なっている。
 震災が起きたことでアキと一緒に上京するはずだった足立ユイがアイドルになる夢が途絶える出来事を挟んで、北三陸鉄道が運転を再開する2012年で終わる『あまちゃん』は、「架空の北三陸駅」と「現実に似ている東京」のあいだを往還する偽史的な復興の物語だと要約できる。

 しかし、「第1稿を受け取った時に〈きれいごとじゃない正直な朝ドラ〉の台詞が書けていると思った。宮藤官九郎の脚本は革新的だった」と『あまちゃん』完全シナリオ集の解説で述べている番組の演出家・井上剛の言葉に反して、50年の歴史を持つ「制度」としての連続テレビ小説の物語的磁場からそれほど逸脱しているわけではない。
 それは、画面に写る主題系の一群を確認するだけでも証明できてしまう。現在「のん」という胡乱な名前に改名している当時の能年玲奈が演じる主人公・天野アキは、「修行中の観光海女」から「女優志望で下積み中のアイドル」まで劇中で様々に境遇を変えつつも、晴れの場が巡ってくると主演ヒロインの徴として白い細布に「北の海女」という赤い文字が入ったハチマキを身につけているのだが、そして第1回と最終回の「開通式」の場面においてもテープカット用の赤と白の帯が駅舎のセットを横切っている。他にもこの式典用の室内の壁に張られた幕や衣装の柄としてもはためく〈紅白〉の縞は連続テレビ小説のシリーズで必ずと言っていいほど登場している。(単純に、国旗の日の丸のパターンと同調している色だと言ってしまえばそれまでだが)

 雇い主から50銭を盗んだ疑いをかけられて奉公先から逃げ出したおしんが雪山を彷徨うエピソードでの、子役時代の小林綾子が演じるスチール写真でもキービジュアルとなっている、白く一面に積もった雪原と紅潮した頰のコントラストを思い出そう。要するに、「物語を拒絶する捨て子」と「迷子が帰ってくる物語」の対照という大杉重男『徳田秋聲のクリティカル・ポイント』の要点を借りるならば、実の所おしんは「捨て子」の見せかけを装った「迷子」であり、「苦難の時代を耐え忍んだ明治生まれの女性」を主役とする「感動の実話」が成立する瞬間へと慎重にレールが敷かれた段取りを外れないための防護柵のようにして周囲の紅白の色彩に見守られつつ、難なく最終回までにはちょうどバブル経済の予兆に浮き立つ不安と裏腹の、「スーパーたのくら」の一族が繁栄する未来が待ち受けている家に帰り着いてしまう。

 『あまちゃん』の場合でいえば、「帰るべき場所」にもう一捻りがあり、2013年9月に最終回を迎えた後、その年末のNHK紅白歌合戦で新たにシナリオが書き加えられた潮騒のメモリーズ(能年玲奈と橋本愛)が劇中歌を披露するエピローグが放送されたのだが、連続テレビ小説の歴史の上では例外的に(国民的アイドルとしての制約上?)、天野アキが種市先輩(福士蒼汰)との結婚式を挙げる場面が描かれなかったために、このパラレルなゴール地点としての「紅白」へと(セルフ二次創作の形で)物語が分岐してしまったのではないか。

 とどのつまり、連続テレビ小説のヒロインたち、メビウスの輪のごとくに閉じたドラマ空間、その伝統的な様式美のキッチュさはインターネット時代の視聴者の「二次創作」の欲望をかき立てるものでもあるのだが※2、「帰るべき日常=身の丈に合った幸せ」を毎年ループし続ける彼女たちは、劇中で展開する「激動の人生」の出発地点とゴール地点(そこは大概、「家」と「外部」の中間地点としての「駅」、もしくは人生の節目を刻む「新年の寺社」や「式場」に場面設定がされている)においてお約束の瞬間を待ち望む国民=多数派の視聴者たちからの画面越しの祝福を授けられる定めに従って、必ず〈紅白〉の帯を自身の周囲に纏わなければならない運命を生きているのである。
ところでしかし、二度も繰り返して婚礼の儀式がスムーズに成立しなかった境遇をくぐり抜け、「父や母にやいやい言われて縁着かせられる」ことになって「心淋しい婚礼」をあっけなく済ませた罐詰屋の鶴さんとの子供まで流産してしまう憂き目に遭う『あらくれ』のお島を「ステーション」の前で送迎する者はどの頁を捲っても寂しく見当たらないのだった。

“Untamed”なヒロインをめぐって

 以上から結論づけられるように、師弟関係にあった徳田秋聲への敬愛を隠さない作家・林芙美子の一生をモデルにした『うず潮』まで制作されているにも関わらず、『あらくれ』の主人公が未だ朝ドラの「国民的ヒロイン」たりえていないのは、何がその系譜、すなわち紅白の飾り付けで彩られた物語=歴史への滑らかな順応を阻んでいるのかが次第に明らかになってきたように思える。

 渡部直己は『日本小説技術史』の第6章で、「ここに、同時代のいかなる書き手も凌ぐかたちで、「働く女」の活気が--日露戦争後の社会資本の、文字どおり「自転車」操業的な「あらくれ」ぶりさながら--あざやかに描かれてある点にのみかかわりはしない。……」という前置きから秋聲が描く人物の「平面」的に立体感を欠いた口の軽さ(「秘密」の不能性)/細部描写を置き捨てていくお島の「疾走」の感触を読み込んでいるが、それに付け加えていえば、後半部分で駅から独り出発するお島は車窓を眺めていても何も過去の「心残り」を思い出さない。ほぼ同じ状況設定である『おしん』における回想の旅の始まりと比較しても、この「どこも初めてのように印象が新しかった」という語りの内容が、渡部が徳田秋聲の作品系列に見出して分析しているような、読者の記憶を置き去りにする無頓着で我儘な時間処理(無標の後説法)の「前衛性」と連携していることが指摘できる。

 汽車の通って行く平野の、どこを眺めても昔しの記憶は浮かばなかった。大宮だとか高崎だとかいうような、大きなステーションへ入るごとに、彼女は窓から首を出して、四下を眺めていたが、しばらく東京を離れたことのない彼女には、どこも初めてのように印象が新しかった。(『あらくれ』、百十一)

 すなわち、徳田秋聲の小説はその叙法においても、彼女の行く末を追いかけて読み進める読者(朝ドラの場合に擬えるならば、「帰還の瞬間」を待ち構えるファン=視聴者の集合体?)とヒロインとのハートウォーミングな癒着を冷酷に突き放す。その苛烈さは、お島が幼なじみの作太郎との婚礼を執拗に拒絶する乾ききった身振りと正確に一致している。この場面でもお島の戦き=震えが行文に波及しているのは、偶然ではないだろう。

「私は厭です。」お島は顔の筋肉を戦かせながら言った。
「他の事なら、何でも為て御恩返しをしますけれど、此丈は私厭です。」(十六)

 ここで『あらくれ』の場面中、お島が癇癪を起こして家を飛び出す事あるごとに「争闘に憊(つか)れた」「躰の顫(ふる)え」とともに「蒼い皮膚」(七十四)がフェティシュに描写されてある事実に目を凝らしてみるならば、このようにして不健康なイメージの顔色を負わされていた散文中で蒼と震えが不意に結びついて思いがけない官能的な「弾力」が躍動する表情へと変貌してしまう小説空間においてこそ、物語の軛から逃れることすらも言葉で書かれてある通りにしかできないアンチ・ヒロインが現れているのではないだろうか。

 そして大杉重男/渡部直己が取り出した「水の主題」の傍で漸く浮かび上がってくるのは、終盤に至って洋服屋の主人・小野田の企み通りに「横浜に店を出している女唐服屋で身装を拵えて」きて得意まわりへと乗り出す場面でのお島は「皮膚の汚点や何かを隠すために、こってり塗りたてた顔が、凄艶なような蒼味」を帯びているのだが、さらに小野田が田舎へ帰って留守中なのをいいことに旧知の浜屋を訪ねて行く最終回で、独り汽車に乗って「遠い山のなかの或温泉場」に着いたお島が目にする「松が六月の陽炎に蒼々と繁り、道ぞいの流れの向に裾をひいている山には、濃い青嵐が煙ってみえた。」、その温泉に呼び寄せた「彼女の心を蕩かすような不思議な力を持っている」裁縫が得意な職人の腕にある「黒子のような、青い小い入墨」、から冒頭に遡って七つの年に「水を見ている父親の暗い顔の底に、或可恐(おそろ)しい惨忍な思着(おもいつき)が潜んでいるのではないか」と「ふと幼心に感づいて、怯え」ている状況で手をひかれて養家に貰われて行く途中に見えた「暗碧な水の面」のほとりの景色、養親に仕組まれた作太郎との婚礼から逃げ出して帰った植木屋の「煤煙で煤けた」庭、等々作中の至る所を染め上げている蒼と緑の色彩(光学的なスペクトル上では赤の反対色のグラデーションである)、すなわち音楽史の非嫡子としてのブルースの震動を湛えた「じっとしていられない/懈い体」の飼い馴らされなさにほかならない。※3

 お島は年取った人達のすることや言うことが、可恐しいような気がしていたが、作の物を貪り食っている様子が神経に触れて来ると、胸がむかむかして、躰中が顫えるようであった。旋てふらふらと其処を起ったお島の顔は真蒼であった。(二十一)
・註
※1 「放送開始当時は、テレビ「小説」というネーミングのとおり、ナレーションによる状況説明が多用され、視聴者が朝の忙しい時間帯に耳だけで聞いていても話が分かるスタイルに特徴があったが、最近は説明的なナレーションが減少し通常のドラマの体裁に近づいている。」古崎康成「テレビドラマを楽しむためのキーワード集」、『ユリイカ』2012年5月号「特集*テレビドラマの脚本家たち」より)

※2 『あまちゃん』本編後の年末の紅白歌合戦でエピローグが回収された飛躍した結末(幻の第157話と呼ばれる)については、『関西ソーカル』主宰の神野龍一が「キャラ」(生まれでた瞬間に「この物語世界から抜け出したい」という欲望を発生させるものだと定義される)を描くことに卓越している宮藤官九郎の脚本を分析したテキストで、新井素子/『涼宮ハルヒの憂鬱』等の「キャラクター小説」との連続性に置き直してコンパクトに論じている。

「キャラを救う。そのために物語が用意されている。これこそが、自分の言いたかったことで。今の物語はキャラを中心に、その救済のために物語を提示するようになっている。/例えばそれは、二次創作においてもそうだ。(中略)ここで、我々は彼等東北の人々が実は隣のスタジオで撮影されているセットで行われた「虚構」であるということを提示される。つまり、ユイは東京に行くために、「あまちゃん」という物語世界を破壊してしまうのだ。しかし、だからといって、ユイは橋本愛としてではなく、作中人物「足立ユイ」として現れる。なぜそれが可能なのかというと、「天野アキ」がNHK紅白歌合戦の中で存在しているからだ(中略)こうすることで、脚本家、宮藤官九郎はキャラの持つ問題「キャラの救済」と「脱物語性」を同時に行うという離れ業をやってのけた。」(神野龍一『少し暇そうにしてるキャラを連れ出したい』、批評同人誌「invert vol.2」掲載)

おしん=辛抱、天野アキ=海女の・甘ちゃん、お島=荒くれ、というようにここで取り上げた3作品においては主人公の「性格と運命」、つまりキャラクターの属性が題名に畳み込まれている。

※3 「一本の線が、何かを分割するのではなく、その線のままで複数の意味を持つような世界……。」である「ブルース」的な旋律の孕む多調性と無調性の西洋音楽史上における解明されていなさについては菊地成孔+大谷能生『アフロ・ディズニー』を参照。
ちなみに成瀬巳喜男監督が高峰秀子を主演にして実写化した1957年の東宝映画『あらくれ』の英題がUntamed Womanと翻訳されている。

・参考文献
徳田秋声『あらくれ』講談社文芸文庫
渡部直己『日本小説技術史』新潮社
大杉重男『小説家の起源--徳田秋聲論』講談社
大杉重男「徳田秋聲のクリティカル・ポイント」、『21世紀日本文学ガイドブック⑥ 徳田秋聲』ひつじ書房

文字数:9680

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