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アンビエントと二つの〈死〉

1920年3月8日。丸眼鏡をかけた53歳の作曲家は温めていた奇妙なアイディアを実行に移した。パリ8区、フォーブール・サン=トノレ通りのバルザンジュ・ギャラリーで行われた演劇の幕間で、彼の曲は演奏された。当日のプログラムにはこのように記されている。

なにかそれに重要な考えがあるなどとお気になさらずに、休憩時間のように、音楽などは存在しないかのように振る舞われますよう、切に皆様方にお願い申し上げます。

家具の音楽は何気ないプライベートな会話やギャラリーにある絵画や誰も座っていない椅子、そおういったものと同じありようで、人間の生活に寄与することを願っております

しかし、この但し書きとは裏腹に、会場の四方に散らばっている演奏者たちが『家具の音楽(Musique d’ameublement)』と呼ばれる曲目を奏でだすと、休憩中の人々は席に座って静かに聞き入り始めた。作曲家は激昂し、「おしゃべりを続けるんだ!歩け、聴くんじゃない!」とわめきだしたという。この子供染みた態度を大衆に晒す初老の男を、人はエリック・サティと呼ぶ。

さて、これからぼくらが追いかけていくのは「アンビエント・ミュージック」という呼称が与えられた一つの音楽ジャンルの歴史だ。「存在しないかのように」存在する「家具の音楽」は、ブライアン・イーノが提示した「アンビエント」という概念の原型になったと広く語られている。バルザンジュ・ギャラリーでの演奏を起点にすれば、2020年にアンビエントは誕生から100年を迎えることとなる。「歴史」といったところで、限られたわずかな文字数で詳細を語るのは不可能だし、そもそも何が「アンビエント」なのかという明確な線引きが共有されていない非常に曖昧なジャンルであるのに、「歴史」を語ることなど土台無理な話だ。だからこれはひとつの「物語」として、あるいは「存在しないかのように」存在する「歴史」として聞いてほしい。或る視点から見た時の百年の物語を、今からものすごい速さで駆け抜けてゆく。語られる物語も大別すれば三つしかない。いわば、東京・名古屋・新大阪にしかとまらない超特急の東海道新幹線のようなものだ。とはいえ、三点の指標を示すことで、一つの軌道を想像させることくらいはできるだろう。新横浜や京都や三河安城について知りたい方は、各自でお調べいただくしかない。

この物語は「アウラ」の概念と並走して進んでいくだろう。そう、ヴァルター・ベンヤミンが『複製技術時代の芸術作品』において提示したあの「アウラ」のことだ。「アンビエント」は「アウラ」と密接に絡まりあいながら生きている。複製技術はその後発生した様々な技術革新を伴いながら、さらに強固にぼくらの生活を規定しており、ベンヤミンの言葉は今の世界を確かめる上で、未だ強く有効なものだ。故に、「アンビエント」という概念も、ぼくらの生の条件と無関係ではない。そのことを確かめるために、今からいくらかの言葉が費やされる。

1.反復の崩壊、崩壊の反復

先程、アンビエント・ミュージックが曖昧なジャンルであると述べたが、それでも最低限のイメージの共有は必要だろう。

「アンビエント」という言葉がはじめて特定の音楽傾向をさすものとして初めて使用されたのは、ブライアン・イーノの1978年のアルバム『アンビエント・ワン:ミュージック・フォー・エアポーツ』においてである。そのライナーノーツにおいて、イーノはアンビエント・ミュージックを「as ignorable as it is interesting(興味深いが無視できる)」という言葉で定義した。BGMとして聞き流すこともできれば、集中して音に身を委ねることもできるという両義性がアンビエントに付与される。音楽的特徴としては、非常に変化の少ないものであること、激しいリズムワークや突然の音量変化を伴わない、聴いたまま眠り込んでしまうような一定の穏やかさを有することが挙げられるだろう。

まずはじめに、アンビエント・ミュージックの現在形を確認しよう。2020年に聴くに最もふさわしいアンビエント作品は何か。それはWilliam Basinski(ウィリアム・バシンスキー)の『Disintegration Loops(ディスインテグレーション・ループス)』において他ならない。何故か。この作品が2と0の繰り返し、つまり2・0・2・0・・・と無限に反復される数列を表現しているからである。どういうことか。その説明に入る前に、ほとんどの読者にとって未知の名前であろうバシンスキーという人物を紹介しなくてはならない。

 

ウィリアム・バシンスキーは1958年、テキサス州ヒューストン生まれ。70年代後半よりテープループと古いオープンリール式のテープデッキを使った音楽作成を開始。短い繰り返しのメロディに、それと同じものを重ねて反応ループを作るという実験を重ね、メランコリックな響きを強調する自らのスタイルを確立していった。レコードデビューは98年と遅まきながら(ただし83年に録音した作品のリリース)精力的に作品を世に送りだし、現在までに24作のアルバムを発表している。

2002年から翌年にかけてバシンスキーが発表した4枚の連作アルバムが『ディスインテグレーション・ループス』である。アルバムには「dlp 1」から「dlp 6」まで六つのトラックが収録、それとは別に「dlp 1」の別ヴァージョンが2つ、「dlp 2」の別ジャージョンが1つ、併せてトラック名に名を連ねており、4枚には計9曲が収められている。

試しに1枚目の最初の曲、「dlp 1.1」を再生してみる。63分36秒という長さを持つこの曲は、一聴する限りアタック感の薄いシンセ音や柔らかいホーン楽器の音などで構成された数秒の全く同じループが延々と続くものに思われる。曲の中ではおよそ6.6秒のループが計566回反復されているが、実際には一つ一つのループには微妙な変化が含まれており、そのことが顕著にわかるのはループの一拍目に置かれる、鞭で物を叩くような打撃音とその残響においてである。打撃音はループごとに強弱が異なり、鞭の打ち損じのように全く響かないときもあれば、残響が異様にクリアに聞こえるときもある。ループの32周目から37周目まではほとんど打音が聞こえず、かと思えば93周目から205周目までは連続して鞭音が鳴り響く。このように、ループは決して同じものの反復ではなく微妙な差異を含んでいるのだが、基本的な音構成は同じであるため、集中して聴かない限り差異には気付かない。だが、曲の後半には明らかな変化が起きている。音全体がくぐもっていき、細かなノイズが目立ち始め、再生から32分経ったところで「ラシ♭ラソラ」というメロディが印象的だったホーンの音が聞こえなくなってくる。音量はだんだんとシュリンクしていき、最終的にはメロディ要素がほとんどなくなり、打音は湿気ったマッチ棒でマッチ箱を擦ったような頼りない音へ変わり、45分あたりから目立ち始めた「ぼーーぉー」という低音のドローンノイズがスピーカーを支配していく。音像が劣化していることは明確だ。

作品のモチーフはこの劣化にある。2001年の夏、バシンスキーは80年代に録り溜めていたループトラックをデジタルに置き換える作業に熱中する。音源をデジタルへ移行する際に、繰り返しテープを再生することで音が劣化することを発見した彼は、劣化により顕れる「反復の崩壊」に強く惹かれ、いくつかのトラックを同じようにデジタル化していった。この時の音源が『ディスインテグレーション・ループス』と名付けられた作品群である。よって、収められた全ての曲に、音の劣化が記録されている。「dlp 3」では雷鳴を想起させる短いノイズ音の連打が、朽ちかけの蟲の羽音を思わせるガサゴソとした不揃いな音へ変わり、「dlp 4」においてはもの悲しくも勇壮なオーケストレーションが、微かな残響音だけを残して滅びていく。

この作品の製作過程には後日談がある。デジタル化作業も落着きをみせた時期のある日の早朝、バシンスキーの自宅の窓の外から見える二つの高いビルに、突如飛行機が突っ込んでいった。9月11日の夕方、彼は崩れたビルの方向へカメラを向け、黒煙が上がる中、マンハッタンの夕暮れが夜に融け込むまでの一部始終を撮影した。後にその映像は「dlp 1」の音を被せられ、「ディスインテグレーション・ループス 1.1」というDVD作品として世に出されることとなる。テープループの崩壊と、ワールドトレードセンターの崩壊が重ねられるその映像の中では開始10分あたりから空の赤みが強まり、その赤を左へ左へ流れる黒い煙が覆っていき、やがて音の消滅と共に色も光も消滅し、暗い夜空が全て吸い込むだろう。思わず「世界の黄昏」と名指す欲望に駆られるような光景が、一時間に渡り目の前で展開されていく。

そもそも一つ一つのループから聞こえる打撃音の残響やジリジリと鳴るノイズが崩壊を思い起こさせるのだ。「ディスインテグレーション・ループス」は「反復の崩壊」であると同時に、タイトル通りの「崩壊の反復」の表現でもある。9.11の事件の特徴は、ビルの崩れる映像がテレビ番組を通して世界中で数えきれないほど反復されたことにある。メディアによる崩壊の光景の反復、つまり2つのビルが0になりまた2が0になりという、2・0・2・0・・・という数字の繰り返しをこの音楽、および映像は連想させる。同時に、一曲を通してテープのループが崩壊していく様もまたビルの崩壊を想起させるものがあり、この曲を何度も再生するという行為の中にも2が0になることの反復が含まれている。二つのビルが崩壊し、やがてそこが「グラウンド・ゼロ」と呼ばれる場所になる。バシンスキーが記録した「反復の崩壊」は、2が0に成り果てる様をエンドレスに見ることを課された21世紀最初の年の記憶の刻印を、「崩壊の反復」として幾度も浮かび上がらせるのだ。

2.プレ・アンビエント ーサティ『家具の音楽』をめぐってー

バシンスキーはアンビエントの反復構造を利用して新たな表現を獲得したが、そうした反復構造を西洋音楽史においてはじめて理念的に強調したのはサティの『家具の音楽』である。さて、「家具の音楽」と聞いて、あなたはどんな音楽を思い浮かべるだろうか。もしかしたらそれは、サティの代表曲として知られる『ジムノペティ』や『グノシエンヌ』のような、静謐でどこか寂しげなピアノ曲かもしれない。サティやクラシック音楽に詳しいあなたは、『家具の音楽』が『県知事の私室の壁紙』『錬鉄の綴れ織り』『音のタイル張り舗道』の三曲で構成された、フルートやクラリネットや弦楽器が奇妙なメロディをひたすら反復する楽曲群であることを指摘するかもしれない。しかし、『家具の音楽』の初演の演目に今名前を挙げた楽曲は一つも含まれない。1920年3月8日に演奏されたのは、1999年になって楽譜が発見された『ビストロにて』『サロン』の二曲であり、今まで知られていた三曲の『家具の音楽』は本来は別の目的のために作られたもので、発表後にサティが今のカテゴリー付けをしたことが現在では明らかにされている(※1)。この二曲を聴く時、もしかしたらあなたは腰を抜かすかもしれない。それがあまりに軽快で愉快な、古い喜劇映画のBGMとして使われてそうなどこまでも通俗的な楽曲だったからである。しかもこれらの曲は、当時フランスで広く知られていた二つの曲、アンブローズ・トマ作曲のオペラ『ミニョン』とカミーユ・サン=サーンス作曲の交響詩『死の舞踏』の一部を引用しつなぎあわせたものだった。トマはサティにとってコンセルバトワールの学生だった時の校長先生で、サティについて「取るに足らない生徒」と言ったと伝えられる人物であり、サン=サーンスはサティが芸術アカデミーの会員に立候補したときに落選させた選考委員だ。『家具の音楽』は、生活に寄り添った音楽を作るといった生真面目なコンセプトを持つものではなく、サティが個人的な因縁を持つ二人の大家の曲を拝借し、取るにたらない安っぽい曲を仕立て上げて演奏するという諧謔的な悪ふざけとして現れたのだ。サティの人生にはキャバレーのピアノ奏者として、日銭を稼いでいた時期がある。もちろん、夜の喧噪の中で真面目に音楽を聴く奴などいやしない。酒場では何のためらいもなく演奏を無視しながら、演奏会のプログラムに載った途端に有り難がって音楽を拝聴する市民の紋切り型に塗り固まった態度へのあてつけとして、「家具の音楽」が拵えられた可能性がある。

しかしながら、それがあえて低俗な楽曲を作り演奏することでなされた戯れだとしても、後のアンビエントとの関連が解かれるわけではない。当時の時代背景を鑑みれば、『家具の音楽』が「真剣な悪ふざけ」だということがわかる。

1920年は、人類史においてはじめての大規模な世界戦争が1914年に勃発し、フランスをはじめとするヨーロッパ諸国が壊滅的なダメージを受けた直後の時代である。ピエール・ルメートル『天国でまた会おう』(2013年)は、1918年11月から1920年3月までのフランスを舞台に、戦争によって数奇な運命を辿ることになった三人の若者をめぐる小説だが、作品内には戦死した100万以上の兵士達(植民地から連れられたベトナム人やセネガル人らを含む)のための墓地造営が間に合わず、無名のまま葬られた兵士も数多く、国のために負傷して戻った兵隊も冷遇され経済的に困窮に追い込まれるという当時の暗澹とした社会背景が描きこまれている。戦争の悲惨な結果に、死の腐臭がたちこめるパリの街の暗部に、一部の若者や芸術家、知識人はそれまでの西洋的知性の在り方に疑いを抱きだし、芸術文化において異議申し立てが起こった。真面目腐った言葉を無意味な羅列へと変換し、ステレオタイプな言語の束縛を嘲笑うダダイズム、フロイトの発見した無意識の領域を芸術に当てはまることで新たな芸術世界を開こうとしたシュールレアリスムをはじめ、若者が中心となった新しい芸術文化はおしなべて過去の精神を否定するものであった。「我々文明なるものは、今や、すべて滅びる運命にあることを知っている」とポール・ヴァレリーが『精神の危機』の冒頭に掲げたのが1919年。滅びるべき文明とは異なった、新たな価値を創造しなくてはいけない。過去からの切断意識が当時の文化を包み込んでいた。サティは50代のベテラン作曲でありながらパリのダダ運動と近い関係にあり、ジャン・コクトー、フランシス・ピカビアなどの若い芸術家とも交流があった。最晩年には後にフランス映画界の巨匠となるルネ・クレールのアヴァンギャルド映画『幕間』に出演し、シャンゼリゼ通りに向けて大砲をぶっ放している。

『家具の音楽』の初演も、シュルレアリスム文脈の詩人マックス・ジャコブによる戯曲の合間に演奏されたものだった。演奏時のサティの激昂は、新しい潮流の芸術に関心のある観客が、旧来通りの姿勢で演奏に聞き入り、悪ふざけを真に受けてしまったことへの失望の現れだろう。

この時演奏された二曲と従来『家具の音楽』と称された三曲の計五曲は全て、同じパートが楽譜上一切変化なく繰り返される反復構造を有している。通常の西洋の調整音楽には、ひとつのフレーズがその前のフレーズに依存し、次のフレーズを準備するという進行性があり、調性や旋法は楽曲を前進させるために利用される。ところが『家具の音楽』においては、和音や旋律はひたすら反復するばかりでどこへも進んでいかず、前後の関連付けや論理的つながりが欠如しているのである。近代西洋的な理性信仰や進歩史観がクラシック音楽の権威化と歩を共にしてきたことを考慮すれば、進行感のない反復の音楽構造は、過去の芸術文化を否定する当時のダダ・シュルレアリスム運動と連動した、近代(※2)に対するオルタナティブの提示だと捉えられる。

19世紀には、ドイツを中心に、コンサートでは集中して全体を聴かなければいけないという倫理が市民権を得ていた。クラシックは音楽の全体を聴きながら、そこに含まれる精神性を感じる崇高な芸術作品であるという考えが生まれ、バッハ、モーツァルト、べートーヴェンといった作曲家の神格化が起きた。高級な音楽と低俗な音楽、クラシック/ポピュラーという二分法が生まれたのもこの流れの上でのことだ。渡辺裕は『聴衆の誕生』で、集中的聴取を行うことを倫理的に正しいとする考え方は普遍的なものではなく、音楽文化のブルジョア化やヴィルトゥオーゾ(テクニックをひけらかすことで人気を集めたアイドル的演奏家)への反発などの結果、一部の人間の利害と重なる偶然によってもたらされた19世紀という時代の産物だと述べている。19世紀前半のフランスでは、集中的聴取の倫理よりもブルジョア文化を彩る華やかな豪華絢爛さが求められていたが、普仏戦争敗北後は、ドイツに負けない国民的な音楽を作るための高い精神性が、ナショナリズムの高揚と共に求められることとなった。

当時の時代精神を代表する作曲家がリヒャルト・ワーグナーである。多くの演奏者と長大な演奏時間を必要とする楽曲の壮大さは音楽を崇高なものたらしめんとすする意図の現れであるし、ワーグナー自身が「肝心なことは、われわれは理想的に再生された作品そのものを聴かねばならないということ」であると、集中的聴取の倫理性を言語化している。サティはストラヴィンスキーについての文章の中で「私はワーグナーの圧政にーワグネリアンたちの暴虐に、と私はいいたいーひどく苦しめられてきた」と綴り、若き日のドビュッシーには「ワーグナーの耐え難いほど不健康な影響を避けるように」と忠告している。芸術の崇高化と集中的聴取を要求するワーグナー主義に対する嫌悪と反発の発露が『家具の音楽』であり、トマとサン=サーンスの引用にも、単なる私怨だけではなく、ワーグナー的な芸術意識を換骨奪胎させる意図がこめられていたと十分に考えられるだろう。

「存在しないかのように」音楽を存在させるというサティの多分にサーカスティックな試みは当時の観客には伝わらず、失敗に終わった。今でこそ西洋音楽史に連なる大音楽家と目されているサティ自身も、生前は決して名声には恵まれず、貧困の中で独りその生涯を閉じた人物だ。サティの再評価が起きるのは、レコードやラジオなど録音技術が一般化した20世紀中盤以降のことである。「家具の音楽」が理解されるには、録音技術によって実際に音楽が家で家具のように聞かれるようになる状況が必要であった。

3.「住まう芸術」をめぐる思想的展開

1936年に上梓されたベンヤミン『複製技術時代の芸術作品』は、写真・映画をはじめ、芸術の広い領域において複製技術が現れた20世紀の文化を分析した論考である。複製技術を用いた芸術においては、オリジナルとコピーの間で価値の差異が生まれない。かつてオリジナルが持っていた正当性、「いま、ここにしかない」オリジナルの作品が観る者に抱かせる時間・歴史の重みは、複製芸術においては失われることになる。この失われた重みを「アウラ」とベンヤミンは呼ぶ。アウラとは「時間と空間が独特に縺れあってひとつになったものであって、どんなに近くにあってもはるかな、一回限りの現象」であり、今、目の前にあったとしても、その奥には悠久の距離が意識されるものなのだ。

『複製技術時代の芸術作品』において、ベンヤミンは「アウラ」消滅後の芸術の肯定的側面として、「家具の音楽」的なものに言及している。精神を集中して近づくべき芸術作品を、大衆はくつろぎの対象、娯楽の対象としてとらえているという批判的意見に対して、次のように応じている。

 

ひとびとはこう非難する。芸術愛好家は精神を集中して芸術作品に近づくのに、大衆はくつろぎを求めている、作品は芸術愛好家にとっては崇拝の対象だが、大衆にとっては娯楽の対象でしかない、と。ーーこの点はもっと精密に考察しなければならぬ。くつろぎと精神集中とは互いに対極にあり、この対極性は次のように形式化できる。芸術作品を前にして精神を集中するひとは、作品に沈潜し、そのなかへはいりこむ。ちょうど、自分の仕上げた絵のなかへはいっていく中国の画家の伝説が、物語るような具合に。これに反して、くつろいだ大衆のほうは、芸術作品を自分のなかへ沈潜させる。大衆は海の波のように作品をしぶきで取りかこみ、自分のなかに包みこむ。この場合、建築物を例にとるのが、一番分かりやすい。建築は古来、その受容がくつろいでなされる、しかも集団によってなされる芸術作品の、典型だった。

 

建築は、眺める芸術ではなく、「住まう芸術」である。人々は建築の中へと入り、構造や空気に慣れていき、くつろぎを見出すようになる。複製技術時代には、強く意識を向けて観る視覚的受容ではなく、意識せずになんとなく感じる触覚的受容の感覚が人々の中に生まれるのだ。ベンヤミンは、建築的な芸術の代表格として映画を取り上げて分析を試みているが、視覚/触覚の対比で考えるのであれば、映画以上に鼓膜に「触れる」ことで感知する音楽により当てはまる話だろう。くつろぎのための「住まう芸術」とは、正に「家具の音楽」のことを指すのではないか。

ベンヤミンに対し、彼の親しい友人でもあったアドルノは「住まう芸術」を音楽に適応させることに異を唱えた。直接ベンヤミンの論に応答するかたちで書かれた「音楽における物神的性格と聴取の退化」で、アドルノは注意分散状態の鑑賞は映画には適しているかもしれないが、音楽においては全体的把握を不可能にしてしまうと述べる。部分でしか音楽を聴けない大衆は、メロディや声などの部分的要素を物神的に(フェティッシュに)愛好するようになる。

着想とか、声とか、楽器などという、感覚的な刺激要素が物神化され、それらに意味を与えるはずのあらゆる機能から抜け出されてしまうとき、これらの要素に見合うのは、同じような孤絶状態に置かれ、同じく全体の意味から遠く分け隔てられ、同じく成功によって決定付けられた、盲目的で非合理的な情動なのであり、これが音楽に対する関係と言うことになるのだが、この関係を結ぶのは対象にたいする関係を持たない衆生なのだ。

音楽が部分で分断されて把握されると、その部分に対するフェティッシュな欲望だけが増幅する。結果、聴き手には小児的な受容しかできない。それは聴取の明らかな退化だとアドルノは断罪する。さらに、録音技術などによって、大衆は音楽を「所有」できてしまう。全てを「商品」として捉え、経済的な「成功」にのみ規定される大衆は、「所有者」として音楽より自らを上に置くことが可能になってしまうのだ。

ベンヤミンとアドルノ、双方の論点には近代と現代の相剋が複雑に絡み合っている。論点をクリアにするために、別の角度から光を当ててみよう。

音楽研究家・若尾裕は『サステナブル・ミュージック これからの接続可能な音楽のあり方』で、「音楽におけるヒューマニズム」を内包する近代西洋音楽システムが、音楽のあり方を制限する、果てには音楽を滅ぼすような否定的作用を生み出していると指摘する。「音楽におけるヒューマニズム」とは、人間の心性には世界共通のものがあり、それぞれの文化の表面的スタイルが異なっていても、素晴らしい音楽に対しては誰でも感動できる、故に音楽は言葉を超えた共通言語になり得る、という思想のことである。こうした思想を一概に全て誤りだと言い切ることはできない。実際に言語や文化の異なるもの同士は同じ音楽に心を動かされるという現象は多いにありうる。だが、確実に問題点もある。それは人間や文化の差異より共通性を重んじるあまり、文化の多様性を否定する西洋中心主義の傾向にあるということ。さらに、共通性の根拠を人間の情動に求めることが、音楽による情動の管理化とつながっているということである。現在、一般的に長調(メジャー)は明るい響き、単調(マイナー)は暗い響きと説明されるし、実際にメジャーコードとマイナーコードを聴き比べればぼくらはそこに明るい・暗いの差異を見出すだろう。だが、その明るい・暗いという印象は果たして人間そのものの感性に基づくものか。ぼくらが抱いた印象は、近代西洋音楽が一オクターブを12音にわける平均律とを生み出し、システム的に音楽を飼いならす過程において、人間に刷り込まれていった「管理された情動」なのではないか。少なくとも、クラシックからポップスに受け継がれる和声進行のルールは、情動の操作を可能にするツールとして使われ続け、ポップスは感動を生み出す商品として大量生産されてきた。クラシックとポップスには、高尚なものと大衆的なものという二項対立のイメージが出来上がっているが、情動操作の機能という点では同一視されるものである。こうした情動操作によって出来上がった印象を自明のものとみなすことは、一元的で排他的な態度であるにも関わらず、その排他性が意識されぬまま共有されていることを意味する。若尾の著作は2017年に出版されたものだが、扱われている問題系は20世紀初頭から潜在していた息の長いものである。オルテガ・イ・ガセットは1925年に著した『芸術の非人間化』において、隣人の喜びや苦しみが感染しやすいという人間の弱みを利用しているとしてロマン主義の時代のドラマティックな芸術を批判した。この感染は精神的なものではなくタマネギを切れば涙が出るのと同じ機械的な反射反応、つまり情動だ。芸術に精神性を与える為には、非人間的で非現実的かつ知的で美的な要素を持たなくてはいけない、芸術作品を芸術そのものとして客観性をもって「観照」できるような力を有しなくてはいけない。このように語ったオルテガの問題と若尾の問題は、「情動の管理」という言葉のもとでシンクロしている。

「情動の管理」というキーワードを手にしたぼくらは、アドルノが単に新しいものを拒否する頑固な懐古的近代主義者ではなく、散漫な部分的聴取が人々から「観照」の力を奪うことに、ジャズやポップスの登場の早い段階で察知する鋭さを持った人物であったことに気付く。実際アドルノは部分的聴取を求める作曲家の起源にワーグナーを置いており、その音楽を「疎外された耳にますますロマンチックにひびくもの」と否定的に論じている。アドルノは部分的聴取が「情動の管理」を容易くすることを批判しているのだ。

それでは、精神集中と対極に位置するベンヤミンの「住まう芸術」は全て「情動の管理」を容易にするものとして否定されるべきだろうか。たしかに、大衆が芸術作品を自らのもとへ近づけること、「海の波のように作品をしぶきで取りかこみ、自分のなかに包みこむ」ことは作品を「所有物」とすることを意味し、大衆は情動をたやすくコントロールされるようになるだろう。かといって、集中的聴取や観照の態度が、果たして複製技術以後の時代において機能するであろうか。そうした態度はアウラの安易な復活を願うことに過ぎず、時代の変化に応答できていない。ベンヤミンは時代条件を見定めていたからこそ、芸術作品の所有と部分的聴取に注目したのではなかったか。この二つの感性を切り捨てることなく、それでいて「情動の管理」に与しない態度が求められることになる。そしてその態度こそが、ブライアン・イーノが発明した「アンビエント」という概念である。

4.ブライアン・イーノ、アンビエントの名付け親

1948年、イギリス東部サフォーク州出身のブライアン・イーノは、艶かしいグラムロックを奏でるロキシー・ミュージックのキーボーディストとして71年にデビューし、二年後に脱退。ソロ・ミュージシャンとしてポップながらどこか捩じれたロックアルバムを継続して発表すると同時に、キング・クリムゾンのギタリスト、ロバート・フリップと共に後のアンビエントの先駆けとなるような実験的なインストゥルメンタル作品を二枚製作している。そして、6枚目のアルバム『アンビエント・ワン:ミュージック・フォー・エアポーツ』においてはじめて、イーノは自らの作品に「アンビエント」という形容を与えることになる。

ambient(アンビエント)は「1,取り囲んでいる 2,四方を取り巻く 3.まとわりつく」という意味を持つ英語の形容詞で、「四方を取り巻くもの」という意味の名詞としても使える。語源はラテン語までさかのぼる。ラテン語のambiensはanbireという動詞の現在分詞で、go around(巡る)を意味する。接頭語のamb-はaround、語幹のireはgoをそれぞれ意味している。amb-という接頭語は、ambiguous(曖昧な)、ambidextrous(両手の)、ambitendency(互いに相反する二つの傾向を持つ、両価的な)といった語に用いられる。つまり両義性の意を含む接頭語だ。イーノが70年代初頭から作り始めた静的な音楽に「アンビエント」という言葉をあてたのは、その言葉に含まれる両義的な含蓄を音楽の形容に込めるためだろう。

1978年から82年にかけて、イーノは自らアンビエント・シリーズと呼ぶ四枚のアルバムを製作しており、『ミュージック・フォー・エアポーツ』はその最初の一枚である。このアルバムは当時の主要音楽メディアであったレコードのA面B面にそれぞれ二曲、計四曲で構成されており、「1/1」「2/1」「1/2」「2/2」と、盤面と曲順だけを表したそっけない曲タイトルが付けられている。全体で48分の本作を、曲ごとに追いかけてみよう。

17分29秒、本作中で最長の再生時間を有する「1/1」は三種類の音、ピアノとサステイン(持続効果)の効いたシンセサイザー、そして「ポンポン」と擬音化できそうな木琴のようなキーボードの音で成り立っている。ほとんど全ての音は和音ではなく、間を長く取った分散和音(アルペジオ)として鳴らされる。それぞれの音は残響が深く、ひとつひとつの音が後で重なりあっていく。空白のスペースが十分にあるため、その重なりを明瞭に聞き取ることができるのが、この曲の特徴だろう。当然、多少のコードチェンジはあっても明快な展開変化は示されない。

「2/1」の音色はひとつだけ。女性ボーカルをミキサーで徹底的に加工した声とシンセサイザーの中間に位置する音である。ヒスノイズが含まれていることから、テープ録音された声を元素材にしていると思われる。人間の声に普通付加される揺らぎやアタック音が隠蔽された、脱人間化された中音域の厚いコーラスボイスでメロディを奏でること自体の面白さが曲の根幹に位置している。一定の音量、音色、和音構成が一曲を通して維持されているのはこちらも同様。こうした諸要素が曲の中で一定化されていることが、「環境」として音楽が存在しうるために必要な条件となる。

「1/2」は最初の二曲の間の子だといえる。「1/1」のピアノと「2/1」の加工声の二音色で成り立っているからだ。間を置いた分散和音なのは変わらずだが、ピアノの低音部と高音部が同時に鳴らされていることから、二本の手で引く伝統的なピアノ曲を想起させるものとなっており、本作の中で最もクラシカルな音楽からの連続性を感じさせる。古典的なものと、当時最新のレコーディングテクノロジーにより可能になった加工声とを共存させることが、本曲の狙いのように思える。

最後の「2/2」は弦楽器を弓で弾いた時のような、音の出始めから少しずつ音量が増していくシンセサウンドがメインとなっている。低音部、中音部、高音部と、音色のよく似た三つの音が高低差によって分割され、それぞれがゆったりと旋律を奏でていく。ここでも、残響を多く含んだ分散和音による音の重なりが、聴く者の耳に届けられることとなる。

以上概観した通り、『Ambient 1:Music for Airports』の収録曲はそれぞれ違う音色で成立していながら、連続的な単音による音の重なりと、展開の少ない曲構成、残響音の広がりなど、いくつかの共通項で結ばれている。これらの性質の狙いは、ひとつに、当然ながらコンセプト通り無視されることが前提の音楽として成り立つこと。故に、過剰な主張や耳を刺激する変化が一切現れない。また、本作はタイトルの字義通り空港で鳴らされることを想定として作られており、「空港」というキーワードから連想される、地上や日常から離れた浮遊感を、アタック音の消去や残響の深さで表現することも狙いのひとつだろう。そして、時間的、空間的に音のスペースを広くとることで、一つ一つの音色をリスナーに聞き取らせること。本作を彩る全ての音色に人為的なデザインが施されており、そのデザインされた音の快楽を味わってもらうこと。生活を脅かさない慎み深さと、集中聴取したときの音の快楽、その双方を満たすように、音響の操作と音の配置を行っていくことが、本作で成された作業の中心部分である。

音色に注目させる意図とも関係しているが、本作には不協和音が存在しない。バッハ以来の平均律やダイアトニック環境にきわめて従順な音楽だといっていい。十二音技法、セリー音楽、具体音楽などの現代音楽が近代西洋音楽システムからの脱却を意図したのに比すると、このアルバムの調性や旋律は脱するべきとみなされる制度から全く離れようとしていないように思える。ここにイーノの戦略が見えてくる。平均律に従順で、不協和音を持たないシンプルな四曲は、過度に複雑にならないのは当然として、過度なシンプルさ、無音状態や一音の持続的ドローンなどにも与しない。ポップソング、童謡や牧歌程度の、一般的に聴かれる範囲でのシンプルさを指向している。これは幼少期にロックンロールやドゥワップに親しみ、ロックバンドのキーボーディストとしてキャリアをスタートさせたイーノの出自とも関係しているが、ポップソングから切断された実験性に音楽を置かないというイーノの音楽家としてのポジショニングを表している。イーノは原理的に音楽の条件を問うようなラディカルな主張を作品に込めない。ポップソングとの接点を持ちながら、心地よいサウンド・コーティングの中で、音楽の快楽の拡張を目指していく。そういう意味で、アンビエント・ミュージックは親ポップな音楽である。アンビエントの原型となった75年発表の『ディスクリート・ミュージック』に、多くのポップソングに参照されているパッヘルベルのカノンを加工した曲がヴァージョン違いで三つ収録されているのもただのイーノの気まぐれではない。イーノはポップソングのシステムを一つの自然発生的な環境=enviromentとして見なしているのだ。環境であるが故に、無理な抵抗は行わない。従ってかまわない制度には従い、認められないものに対しては徹底的な無視で応じる。イーノはポピュラーミュージック界を一つの環境=enviromentとして捉えながら、自作曲をその世界に融け込む作為的な環境=ambienceとして形成する。

だが、同時にイーノのアンビエント・ミュージックはポップソングとは異なる要素を持つ。暴力性の欠如だ。ポップソングは情動操作に最適化された和声進行をリサイクルして、暴力的に聴く者の情動に影響を及ぼす。対して、イーノはダイアトニック環境には従うものの、派手な和声進行は取り入れず、反復性の強い和声構造のなかで分散和音を引き延ばして、暴力性を中和していく。ポップの圏内にいながら、ポップの中心的引力には引き寄せられない。ポピュラー・ミュージックの支配は時代的要請に応じるものであり、アドルノのように拒否しても意味がない。だが、部分的聴取だけが蔓延るような世界は恐ろしい。そこで、イーノは部分的聴取にも集中的聴取にも耐えうる作品を作り出した。アンビエント・ミュージックはポピュラーとシリアスの峻別、部分的聴取と集中的聴取の対立をすり抜け、ベンヤミンとアドルノの間を通っていく、狡猾なストラテジーなのだ。

こうして確かめていくと、「アンビエント」と「家具の音楽」との類似点と差異が見えてくる。『県知事の私室の壁紙』はワシントンポスト社長の妻から依頼を受けて1923年に作られた「家具の音楽」最後の一曲である。同じフレーズのひたすらな繰り返しが6分以上続くこの曲は、弦楽器やクラリネットが奏でる短調のメロディは重々しく不穏で、フレーズの後半にはスケールがナチュラルマイナーからメロディックマイナーへと変わる転調も含んでおり、聴くものを不安にさせる力を持つ。「アンビエント」のように静かにゆったりできるような作用は持ち合わせておらず、むしろそれは「和風の壁紙」というタイトルに表されるような、オリエンタルな風情の模様のパターンを奇妙な旋律と反復で表象したような音楽だと受け取れる。周囲をかこむのではなく、「家具」としてその場所に位置づけられる音楽なのだ。音数も多く、楽器編成をシンプルに抑えるイーノの音楽とはやはり印象が異なる。もちろんテクノロジーの有無も大きな差として響いてくる。音楽的な共通点は実のところ、反復を用いることによる無時間性くらいだ。「アンビエント」の持つ響きはむしろ、サティのピアノ曲に近く、両者は分散和音によるメロディの響きがゆったりと重なっていく点において共通している。「家具の音楽」のコンセプトに、サティのピアノ曲のセンスを加えて、当時の最新技術でアップデートしたものがイーノが作り上げた音楽と言えるかもしれない。

4.アウラ二度目の消滅

アンビエントが登場して以降、80年代を過ぎ、90年代からゼロ年代にかけての音楽産業を考察するに、もう一度ベンヤミンの議論を持ち出してみよう。

「アウラの消滅」はベンヤミンが分析した時代だけに起こった現象ではない。今の時代から眺めれば、複製芸術においてもアウラはまだ残存していたと考えられる。たとえば、過去の映画を収めたフィルムは歴史的な価値のあるものとして保存されているし、希少性のあるレコードは高額で取引される。歴史的価値や特別な市場価値が認められているということは、そこに時間的重みを感じていることの証左であり、物体にアウラと呼ぶべきものが含まれていることを意味している。更なるアウラの消失は、芸術作品のデジタルデータ化とインターネット技術の一般化の上で起きるだろう。映画にせよ、写真にせよ、レコード・CDにせよ、90年代中盤まで複製芸術はまだ物質性を保っていた。90年代後半以降はデータ化の波が芸術全体を襲う。mp3規格を利用した、PCクラウド上での音楽データの無料ダウンロードが急増し、タダで音楽を手に入れる音楽海賊たちによって音楽産業は強烈な打撃を受けた。業界は一気にデータ化へとシフトしていく。その影響で、音源作成から流通、さらに購買から聴取までの過程全てが物質化を通さずに行えるようになった。欧米ではCDショップが軒並み姿を消しており、日本にタワーレコードやHMVが残っていることが驚かれるような状況だ。10年代にはSpotifyやApple Musicといったクラウドサービスやyoutubeなどの動画サービスによって安価(あるいはタダ)であらゆる音楽が聴けるようになり、録音芸術はさらに「住まう芸術」の度合いを強めていく。

データ化だけではない。通信販売と物流機能を大規模に一本化したAmazonのような企業の登場で、家を一歩も出ることなく、芸術作品を楽しむことができるようになった。「アウラ」の有無には人間の移動コストが関係している。ベンヤミンは始原芸術が魔術的・宗教的儀式に用いられるものとであったことを指摘する。

 

芸術作品を伝統の関連のなかへ埋めこむ根源的なしかたは、礼拝という表現をとったわけである。最古の芸術作品は、ぼくらの知るところでは、儀式に用いるために成立している。最初は魔術的儀式に、ついで宗教的儀式に用いるために。ところで、芸術作品のアウラ的なありかたが、このようにその宗教的機能と切っても切れないものであることは、決定的に重要な意味をもっている。いいかえると、「真正の」芸術作品の独自の価値は、つねに儀式のうちにその基礎を置いている。

 

宗教的儀式と結びついたものだということは、儀式の場に足を運ぶ以外の方法で芸術作品を観ることはなかったということを意味する。時間をかけて、大勢の人数が集まることで儀式は儀式として成立した。時間や人間のコストをかけることが儀式の神聖性を保証しており、芸術作品は儀式の道具として存在していた。ところが、複製芸術にそのようなコストはかからない。映画は街の映画館まで足を運べば観られるし、レコードショップでレコードを買えば家で音楽を聴いて楽しめる。映画館やレコードショップには人が集まるが、鑑賞行為は一人で可能なものだ。さらに、現代においては街へ出る必要すらない。映画を観たかったり、音楽を聴きたかったりすれば、パソコンを開けばいい。DVDやCDなら、Amazonで注文すれば翌日には届いてしまう。鑑賞行為は、すべて家の中で完結してしまう。もはや映画館で他人と一緒に映画を観る必要もない。移動コストの減少は複製芸術がアウラの基礎となる儀式的機能からさらに遠く距離を置いたことを意味する。以上のように考えれば、インターネットが発達して以降のここ20年で、さらなる「アウラの消滅」が起きていることがわかる。

では、アンビエントはこの「アウラ二重消滅」以後の状況に際して、どのような変容を辿っているのか。90年代には、アンビエントは空港を離れ、深夜のクラブの喧噪をなだめるものと化した。ハウスミュージックを中心に活動したユニット、KLFによる90年のアルバム、『チルアウト』は無許可のサンプリングを駆使して、80年代後半から強い文化的熱を放って盛り上がりを見せていたクラブカルチャーの冷却装置として機能した。アンビエントが夜のダンス(とドラッグ)の場とつながりを持つなど、イーノは想像だにしなかっただろう。90年前後のアンビエント作品はその他にも、イギリスの田舎町でベッドルームにこもりながらミニマルかつメロディアスな音を造り続け、レコードデビューの後に「テクノの天才」として祭り上げられたエイフェックス・ツインの『セレクテッド・アンビエント・ワークス』や、ノイズギターの可能性を追及するなかでダンスミュージックとアンビエントに接近したロックバンド、マイ・ブラッディ・バレンタインの『ラブレス』など、クラブカルチャーとの接点を持つものが多い。この頃のアンビエント作品は、「聴いても聴かなくてもよいもの」というコンセプトから離れ、空間の広がりをもたらすサウンドメイキングや、反復からもたらされる酩酊感などをダンスミュージックと結びつけたものが目立つ。ビートが明確に刻まれる作品も多い。その意味では、これらの作品はアンビエントというより、アンビエントの要素を取り入れた「クラブミュージック」と形容した方が正鵠を得ている。「聴いても聴かなくてもよい」アンビエントが次に大きく変容するのは、21世紀初頭のこと。そのメルクマールとなる作品こそが、前述したウィリアム・バシンスキー『ディスインテグレーション・ループス』である。

5.アンビエントの継承と更新

ここからは、『ディスインテグレーション・ループス』がアンビエントの伝統を受け継いでる側面と、それまでのアンビエントを更新した「ポスト・アンビエント」の側面の両面を見ていく。

まずは前者。本作は反復構造と睡眠効果を持つ穏やかな音像を持っており、形式性の上でこれまでのアンビエント作品を継承しているが、それだけではない。「反復の崩壊」と「崩壊の反復」の表現は、9.11のカタストロフィに対して奇妙な同調を見せたが、アンビエントの起源にはカタストロフィとの共時性が潜んでいるのだ。

実のところサティは、『家具の音楽』を発表する前から反復構造を志向する作曲家であった。1893年から95年にかけて書かれた「ヴェクサシオン(=嫌がらせ)」は、一分ほどのピアノのフレーズを「840回繰り返せ」という指示が楽譜に記載された曲であり、若い頃からサティが反復に興味を寄せていたことがわかる。ただ、重要なのはそうした反復構造の曲に「家具の音楽」というコンセプトを与えたのが世界大戦勃発以後であるということだ。『家具の音楽』の初演で演者者が四方に散らばって演奏をしたことは、音の出所を別々にすることによって音響的なおもしろみを生む効果もあっただろうが、同時にそれはひとつの時代精神がバラバラに離散していく当時の世界状況のパロディともとれる。さらには、そこに戦場で四方に散らばった死体のイメージを重ねることもできるといえば、グロテスクな妄想が過ぎるかもしれぬが、『家具の音楽』の成立の下に、文明の腐臭と大量死が横たわっているのは確かだ。

イーノのアンビエントシリーズの先駆けとなった『ディスクリート・ミュージック』が作られたきっかけには、ある偶然の出来事が関わっている。1975年1月のある日、スタジオを出ようとしたイーノはタクシーにはねられて、短期間の入院をした。この入院中に、友人の女性がハープ音楽のレコードを見舞い用に持ってきた。気乗りしないままイーノはそのレコードをかけたが、アンプの音量が非常に小さく、片方のチャンネルから全く音が出ていないことに気付いたのは彼が横になった後だった。起き上がる気力もないまま、ほとんど聞こえない音楽に耳を澄ませていたときに、イーノは新しい音楽の聞き方に気付いた。光の色や雨の音が環境の一部となるように、環境の一部として音楽を聴くという方法である。アンビエントの誕生には、自動車事故というアクシデントが関わっていた。

『ミュージック・フォー・エアポーツ』に対して、イーノはたとえ飛行機が墜落しても鳴り続けることが可能な音楽という条件を課した。70年代は飛行機事故が最も多発したディケイドであり、100人以上の死亡事故が47件、60年代の20件の倍以上、80年代の40件に比べても7件多い。77年3月27日にスペイン領テネリフェ島で起きたテネリフェ空港ジャンボ機衝突事故は583名が死亡した、死者数において史上最悪の飛行機事故である。イーノが『ミュージック・フォー・エアポーツ』を製作していたのは、カタストロフィックな飛行機事故が多発していた時期であり、本作には大規模な死のイメージが内包されている。深い残響や分散された反復のメロディは、穏やかさとともに安定した世界から切り離された感覚を想起させる。この作品は1980年に実際にニューヨークのラガーディア空港のターミナルで使用されたが、その不穏な気配にクレームが多発、すぐに使われなくなった。当然だろう。墜落を想定して作られているのだから。イーノは74年に「バーニング・エアラインズ・ギヴ・ユー・ソー・マッチ・モア(=燃える航空路がもっと沢山与えてくれる)」という曲を発表しており、主人公を振った彼女が飛行機事故に巻き込まれるイメージを歌詞として描いている。このことからも、イーノが飛行機事故へのオブセッションを当時強く持っていたことが窺える。

サティとイーノが音楽に新たな意味付けを行った裏には、強烈なカタストロフィの経験がこびりついている。『ディスインテグレーション・ループス』における「反復の崩壊」は、二つのビルの「崩壊」とそのイメージの「反復」を予見した。もちろんそれを偶然の一致と断ずるに何の不都合もないわけだが、アンビエントの内に棲息する死の息づかいに耳を傾けたとき、バシンスキー作品の朽ち果ててゆくメロディとリズムに9.11の死の気配がすでに感じられることもまた確かなのだ。

もう一つ、同様のサンプルを提示しよう。バイオスフィアと呼ばれるノルウェー出身のアンビエント作家がいる。彼はあるとき、戦後日本経済の奇跡的な発展を可能にした原子力技術に興味を持った。リサーチを重ね、危険であるはずの原子力発電所が軒並み海沿いに建てられていることに驚いたバイオスフィアはそのデザインや風景をテーマに、新作の制作を開始した。「ikata」「genkai」「monju」など、原子力発電関連施設にちなんだ10の楽曲が完成したのは2011年の2月13日。東日本大震災のおよそ一ヶ月前のことである。

アンビエントは時に時代を画する大惨事との間に不思議なシンクロニシティを示す。その理由など考えたところでわかるはずもないが、アンビエントの両親、サティとイーノが大量死の記憶の元でアンビエントの思想を編み出したことに、ぼくらはどうしても思いを馳せてしまう。

それでは、『ディスインテグレーション・ループス』がアンビエントを更新した側面とはどのようなものだろう?

バシンスキーの作品の一つの大きな特徴として、テープループから生まれる、小さなノイズを含んだ音の手触り、テクスチュアにある。バシンスキーはブライアン・イーノが『ミュージック・フォー・エアポーツ』のライナーノーツにおいて批判したことでも知られる、ミューザックの音源を使用する。ミューザックとは1930年にMUZAK社が開発を始めたBGM用の音楽商品を指しており、多くそれはヒット曲をオーケストラ中心のインストルメンタルへ編曲したものである。エレベーター・ミュージックとも呼ばれるそれらの音楽の一部からバシンスキーはテープループを作成し、音響実験を70年代後半から続けてきた。その実験が20年以上の時を得て、『ディスインテグレーション・ループス』同様に加工されて音源化することに、バシンスキーの現代性が存する。デジタルデータが発達した時代に、過去音源をデジタルに取り込むことでノイズを導入する手法は、物質性を消去することで物質性が強調されるという逆説を孕んでいる。同時に、ミューザックという過去の或る時点で作られた音源を素材に、自らが過去の或る時点に加工したものを今に蘇らせるという時間の複層性は、ストリーミングサービスによってあらゆる過去の音楽が並列され、フラット化した音楽の歴史にどう時間性を回復していくかという現代の音楽の課題に対する応答でもある。無時間的でクリーンなイーノの初期アンビエントサウンドは、21世紀において時間を主題化したバシンスキの粗いローファイサウンドへと変貌を遂げる。2020年に聴く音楽として『ディスインテグレーション・ループス』を挙げたのは、単にそれが「2・0・2・0・・・」という数列を想起させるという魔術的な意味においてだけだはない。時間的重層性と物質的ノイズ性という、現代の「ポスト・アンビエント」作品が共通してもつ特徴を有した先駆的な作品であったからだ。

たとえば、1999年から活動するイギリス出身のミュージシャン、ケアテイカーは古い記録物から短いサンプリングループを作る作風を持つアンビエント作家だが、2011年のアルバム『アン・エンプティ・ブリス・イン・ディス・ワールド(この世界の空っぽの至福)』は遠い過去に聴いた音楽は思い出すことができるアルツハイマー患者の研究から着想を得たものであり、まさに過去を取り戻すという時間性の回復をテーマに据えた作品だ。古いジャズナンバーやピアノ曲のくぐもった音の上から聞こえるいくつもの擦過音が、録音物のマテリアルな質感をこれでもかと実感させる。

カナダ出身のティム・ヘッカーはエレクトロニクス楽器や生演奏を駆使したミュージシャンであり、サンプリングの手法はあまり用いない。だが、ヘッカーの地面が割れるようなノイズサウンドとアンビエントな睡眠作用の両立は物質感を強調したアンビエントのかたちの一つであり、アイスランドの教会で録音された2011年の作品『レーブデス、1972』は1972年にマサチューセッツ工科大学の学生達がピアノを天井から落下させるという実験(遊び?)を繰り返したことをモチーフとしており、破壊の様子をぼんやり眺める無力感と、「今」が生まれては死んでゆくという時間の進行に対するどうしようもなさが音の中で重なりあう。

オリジネイターであるブライアン・イーノも2016年のアルバム『Ship』では、第一次世界大戦とタイタニック号の沈没という100年前の二つのカタストロフィ(ここでも大量死が!)をモチーフに、38年ぶりに自らの音源で歌う、若い頃に強い影響を受けたヴェルヴェット・アンダーグラウンドの「アイム・セット・フリー」のカバーを収録するなど、過去との偏差を測定するような回帰の傾向が見られた。声を封印してきたイーノにとって自らの声は人間的なノイズの導入を意味するだろう。時間性やノイズの導入は、ゼロ年代以降のアンビエント・ミュージックにとって不可欠のファクターとなっているのだ。

6.アンビエントの臨界点、そしてアウラの回帰?

けれども、ぼくらが『ディスインテグレーション・ループス』に拘泥する理由は、アンビエントを継承しつつ更新していることだけに留まらない。この作品において、過去にも未来にも起こり得なかった空前絶後の事態が起っているように感じられるのだ。その事態とは、他でもない、「アウラ」の回帰、「アウラ」の復活である。

ベンヤミンの言葉をふたたび借りれば、アウラとは「時間と空間が独特に縺れあってひとつになったものであって、どんなに近くにあってもはるかな、一回限りの現象」である。『ディスインテグレーション・ループス』は所詮は「複製技術」の産物に過ぎず、そこに消えた「アウラ」が再臨する余地は残されていないはずだ。だが、この作品においては、いくつもの時間が重なりあい、その重層的な時間が「グリニッチ・ストリート180番地(グラウンド・ゼロの住所)」という空間と一つの共犯関係を結んでいる。この関係性の上で、復活しえないはずの「アウラ」が復活したというのだろうか?音楽から「礼拝的価値」が徹底的に奪われ、録音技術の発展が「一回限りの現象」を不可能にし、フラットなデータベースが「はるかな距離」を無化する21世紀初頭の風景において、バシンスキによる試みは二重に喪われたはずの「アウラ」を呼び戻したのだろうか?だが、焦慮による断言は禁物だ。「アウラの消滅」の前で、ぼくらは今一度立ち止まろう。

松浦寿輝は1880年代以降の表象文化について論じた『平面論』において、「アウラの消滅」の後に現れるものを「等距離性」という言葉で説明する。「アウラの消滅」は「はるかな遠さ」が喪われるを意味しているが、実はそれと同時に「特権的な近さ」も喪われる。たしかに「どんなに近距離にあっても近づくことのできない」ものが「アウラ」なのだが、にもかかわらず「遠く」にあるものを何とか「近く」に感じてみたいという不可能性への欲望が、神秘的な「礼拝的価値」を生み出しているのだ。だとすれば、複製芸術時代は「遠さ」と「近さ」の双方が剥奪された「等距離」の時代であるということができる。幾重にもコピーが可能になる「再現」の世界においては、距離という基準自体が消滅しているのだ。

ここでさらに、松浦はプルースト『失われた時を求めて』の「心の間歇」と名付けられた章を取り上げ、「わたし」が亡くなった祖母を突然に思い出して慟哭する場面で、ボタンという物質を通じた記憶の回帰が「遠さ」を「近さ」に感じさせる契機となると語る。だが、これは「アウラ」の再臨と単純には言えない。「アウラ」とはここではないどこかへの欲望が導く超越的な彼岸の体験だが、祖母の記憶の回帰はあくまで現実的な出来事であり、ひたすらに世俗化された此岸の体験である。さらに、プルーストの描く記憶の回帰は「アウラ」の「一回性」とは一線を画している。それは或る出来事が些細な信号の受信をきっかけに突然立ち上がり、心情を強く揺さぶる、時間の厚みを前提とした「間歇」的なものだ。同時に、「かけがえのなさ」が失われていないという意味で、いくらでも複製できる「再現性」とも異なる。それは、繰り返しによって特権的な体験が迫り出してくる、いわば「反復性」の体験なのだ。

翻って『ディスインテグレーション・ループス』に立ち戻れば、バシンスキーの試みも、二つの時間が一つに重なることではじめて喪失が現前する点において、プルーストと比類されるものだ。もちろん、バシンスキーが失ったものは言ってしまえばただのテープ音源であって、祖母の死とは比較できるものではないが、だとしてもそれが「間歇」によってもたらされた「現実的な出来事」であることは否定できまい。「アウラの消滅」をもたらした録音技術が、さらなる「アウラの消滅」をもたらしたデジタル技術へ転送されることで、「再現性」が崩壊する。二つの技術の間でしか生じ得ない「エラー」が、発見と喪失を伴ったリアルな時間感覚として現前する。ここで、「エラー」は製作の過程に発生した少々興味深い現象に過ぎず、最終的な作品は「再現性」のデジタル音源でしかないという声もあるだろう。だが、『ディスインテグレーション・ループス』における「エラー」は、デジタル化された記録媒体もやがては崩壊するものであることを確信させ、録音物が消滅する未来をも幻視させる。「無限」に思えた再現は有限性へと断ち切られ、崩壊する繰り返しは「反復性」の体験へと転化する。

それにしても、「アウラの消滅」が重なるという事態とは、一体どのようなものなのだろう?これはプルーストによって「心の間歇」と、やはりどこか違うのではないだろうか?

ここで一つ、多少残酷とも思える仮定をしてみよう。或る男がいる。彼には恋人がいるが、恋人は突然病に倒れる。男は彼女の死を覚悟したが、なんとか一命はとりとめて、ほっと息をなで下ろした。ところが、病気は再度悪化して、結局彼女の命は露と消えてしまう。最後の日、ベッドに横たわる恋人の亡骸を前にして、彼は彼女の左手がベットからだらりと下がっているのを発見する。突然彼は気付く。その左手は、彼女が病に倒れた日のそれと全く同じ位置にある、と。

彼にこの時、二つの時間が一つの類似物によって重ねられて、「かけがえのない」彼女の存在が現前したとする。だが、どうだろう。嘆かわしくも甘美な存在の現前が脳裏に迫る中、目の前には彼女の極めて即物的な死体が横たわっているのだ。

一回性の「アウラの消滅」を、一回限りの「命の消滅」へ結びつければ、「アウラの消滅」の重なりあいは、この男が体験した恋人の生々しい存在感と物質としての彼女の死体が同時に現れるという現象に等しくはないか?このとき、「心の間歇」が生んだ「かけがえのないもの」の存在は、眼前の死体から遊離した、〈亡霊〉として知覚されはしないだろうか?「心の間歇」に消滅それ自体が伴うとき、そこには一回限りの存在の〈亡霊〉が現れる。『ディスインテグレーション・ループス』にもたらされた「エラー」は、決して「アウラ」の復活や回帰などではない。だがそれは、「アウラの消滅」自体が二つの時の間で重なりあう「消滅」の「反復」という体験が生んだ、そこに「存在しないかのように」存在する「アウラ」の〈亡霊〉なのだ。そして、この〈亡霊〉は、「2001年9月11日」という日付と密接に結びついている。ぼくらが『ディスインテグレーション・ループス』という作品に他と代え難い戦慄を覚えるのは、二つのビルの崩壊が齎した大量の死と、「アウラ」の〈亡霊〉を同時に感知してしまうからに他ならない。

カタストロフィックな大量死と「アウラの消滅」は、技術発展がもたらした20世紀以降の文明の絶対的条件である。いくら目を逸らしたところで、ぼくらの文明はこの二つのタイプの〈死〉の上で成り立っている。当然本作は「興味深いが無視できる」アンビエント・ミュージックだから、聞き流して楽しむことだって十分できる。しかし、バシンスキーが世に放った「心の間歇」の証に耳を傾けたとすれば、この世界を支えている〈死〉の存在と否応が成しに向き合うことになる。サティとイーノの作品においては背後に隠れていた〈死〉という現実が、裏返って目の前に差し出されてしまう。その意味で、『ディスインテグレーション・ループス』はアンビエントの「臨界点」を記録した空前絶後の作品だ。「住まう芸術」として考えたとすれば、内部に有象無象の死体を眠らせた、とんでもない「事故物件」なのである。

7.おやすみアンビエント

最後に、アンビエントを決定付けた作家達の現在を確認しよう。

2017年、ピアニストの高橋悠治は40年ぶりとなるサティの録音作品を発表した。かつての簡潔できびきびとした『ジムノペティ』や『ジュ・テュ・ヴュ』が、大胆なルバートによってスローに遷ろっていく様は、まるで時間そのものが溶け出してしまったような甘美な戦慄を聴く者に与える。サティが作曲をした時と、高橋がはじめて録音した時と、再録音の時が重なりあう衝撃は、出会いの喜びと喪失の哀しみが同時に涌き上がる「心の間歇」と、やはりどこか似ている。

同年、ブライアン・イーノは新作『リフレクション』をリリース。CD/レコードの録音版、季節ごとに再編集されるストリーミング版、そして再生する度に新たな音の組み合わせが発生するスマホアプリ版という三種の異なるメディア上で展開する本作は、それぞれのヴァージョンが「反射(=リクレクション)」することで、録音物における聴取の一回性とアンビエント概念が両立されるという意欲作であり、もうすぐ70歳を迎えるイーノが聴き手と世界を挑発する術を未だ枯渇させていないということをぼくらに示した。

ウィリアム・バシンスキーの新作『シャドウ・イン・タイム』は、2016年に逝去したデヴィッド・ボウイに捧げられた作品だ。ボウイはバシンスキーの長年のアイドルであり、80年代にはバンドのサックスプレイヤーとしてボウイの前座を務め、その際に自らの音源を渡したこともある(それが後のバシンスキーのデビュー作だ)。今作でバシンスキーは自らが演奏したサックスのフレーズをリピートさせ、イーノとのコラボレーションでも知られる英国のヒーローに追悼の意を表している。

アンビエントの作家達は今、音楽のデータ化とカタログ化の波に呼応して、時間と向き合う作品を生み出している。おそらく多くの人がもつアンビエント作家のイメージは、スタジオに引きこもって、他人と接することなく孤独に音楽と戯れる人物だろう。そのイメージはおそらく間違いではないのだが、象牙の塔に閉じこもったままでも時代の空気に触れてしまうのがアンビエント・ミュージックである。自己表現ではなく、外的環境に合致するサウンドを作り上げるという、エリック・サティが種を蒔き、ブライアン・イーノが確立し、ウィリアム・バシンスキーが限界値を示したアンビエントの在り方が、今現在においても息づいている。サティはこう書いている。「塔(Tour)に住む人が、一番の観光客(Tourist)だ」と。

今の社会状況を形容するにあたり、「情報の洪水」といった言葉は慣用句のように使用されるが、情報だけでなく、芸術作品も洪水化している。インターネット技術は芸術の作り手、発信者となることを容易にした。すでに数えきれないほどの作品が世界に蓄積されている中で、新たな作品を生み出すことは果たして意味があるのだろうかという疑問が、作り手にも鑑賞者にも常につきまとうことになる時代だ。

こうした窒息寸前の閉塞感の中で、アンビエントの発想は酸素を送りこむための気道を与えてくれるだろう。アンビエント・ミュージックを聴くように、あるいは作るように、芸術作品と向き合うならば、芸術の洪水に呑まれることなく、楽しみを得ながら、時代を反映した作品に触れることもできる。さらには、アンビエントの思想が今の社会で生きていくことそれ自体の指針となるかもしれない。世界に与えられた環境=enviromentを無理に拒否することも、過度に適合することもなく、環境に沿った存在として自らを作り上げる、つまり自らをアンビエント化すること。それがただの現実からの撤退を意味しないことは、ここまで読んだあなたには理解できることだろう。アンビエントは孤独なままで世界に触れ、孤独なまま世界と共にあるための手段なのである。

同時に、アンビエントは「アウラの消滅」と「カタストロフィー」という二つの〈死〉を抱え込んだ表現である。この世界が背後に隠した「環境」をも、アンビエントは反映してしまうのだ。そうした〈死〉に囲い込まれた(=「アンビエント」された)アンビエント・ミュージックは、おそらく眠りとの距離がもっとも近い音楽形態でもある。実際の話、不眠症の人間にとってこんなに有り難い音楽はない。たくさんの〈死〉に囲まれることで、はじめてぼくらは眠りに就くことができる。〈死〉の表現が穏やかで深い眠りへと、優しくぼくらを誘ってくれるのだ。

 

 

※1この辺りの経緯は下記のHPに詳しい

(http://www.yoshioojima.com/?p=223)

 

※2「近代」という言葉には様々位置づけが存在するが、本稿では第一次世界大戦の影響力を重視する立場から「大戦以前」のヨーロッパ社会に対して「近代」という言葉を使用する。

 

参考文献

アドルノ,テオドール『不協和音 ー管理社会における音楽』(三光 長治, 高辻 知義 訳)

平凡社,1998

ヴァレリー,ポール『精神の危機 他15篇』(恒川 邦夫 訳)岩波書店,2010

オルテガ・イ・ガセット,ホセ『オルテガ著作集3』

オルテガ・イ・ガセット,ホセ『傍観者 エル・エスぺクタドール』(滝沢 竜生 訳)筑摩書房,1973

グラブス,デイヴィッド『レコードは風景をだいなしにする ジョン・ケージと録音物たち』(若尾 裕 訳)フィルムアート社,2015

ケージ,ジョン『ケージ著作集』(小沼 純一 編) 筑摩書房,2009

ケージ,ジョン『サイレンス』(柿沼 敏江 訳)水声社,1996

ケージ,ジョン、シャルル,ダニエル『ジョン・ケージ 小鳥たちのために』(青山マミ 訳)青土社,1982

サティ,エリック『卵のように軽やかに サティによるサティ』(秋山 邦晴、岩佐鉄男 編訳)筑摩書房,2014

タム,エリック『ブライアン・イーノ』(小川 景子 訳)水声社,1994

プルースト,マルセル『失われた時を求めて』(鈴木 道彦 訳)集英社文庫,2006

ベンヤミン,ウァルター『ベンヤミン著作集2 複製技術時代の芸術』(佐々木甚一 編)晶文社,1970

ルメートル,ピエール『天国でまた会おう』(平岡 敦 訳)早川書房,2015

大谷能生『貧しい音楽』月曜社,2007

金子 智太郎「ブライアン・イーノの生成音楽論における二つの「環境」」 『カリスタ』15,p46-68,美学・芸術論研究会,2008

佐々木敦『ex-music』河出書房新社,2002

佐々木敦『テクノイズ・マテリアリズム』青土社,2001

佐々木敦『H(EAR) ポスト・サイレンスの諸相』青土社,2006

佐々木敦『「4分33秒」論 「音楽」とは何か』Pヴァイン,2014

多木浩二『ベンヤミン「複製技術時代の芸術作品」精読』岩波書店,2000

塚原史『ダダ・シュルレアリスムの時代』筑摩書房,2003

中村 俊直「写真の出現と芸術の危機 :ヴァレリーとベンヤミンの写真論を中心に」『仏語仏文学研究』42,p185-195,東京大学仏語仏文学研究会,2011

桝矢 令明「音のきこえとしての音楽 ーー B・イーノのアンビエント・ミュージックをめぐってーー」『美學』52(1),p70-83,美学界,2001

松浦寿輝『平面論 一八八〇年代西欧』岩波書店,2018

三田格『アンビエント・ディフィニティブ 1958-2013』Pヴァイン,2013

若尾裕『サステナブル・ミュージック これからの接続可能な音楽の在り方』アルテスパブリッシング,2017

渡辺裕『聴衆の誕生 ポスト・モダン時代の音楽文化』中央公論新社,2012

渡辺裕『マーラーと世紀末ウィーン』岩波書店,2004

 

参考ホームページ(全て2018年3月30日最終アクセス)

ブライアン・イーノ最新アプリ『Reflection』最速レヴュー

(https://wired.jp/2017/01/01/reflection-app-review/)

いまこそ「ゆだねる力」を:ブライアン・イーノが語るAI、ポピュリズム、アート、そして「川の流れ」

(https://wired.jp/2017/01/06/reflection_app_interview/)

【TEXT】『家具の音楽に潜む誤解』の発言録 ~ エリック・サティ エキセントリック・ピアノ&トーク・ライブ Vol.3より

(http://www.yoshioojima.com/?p=223)

Music for Airports liner notes

(http://music.hyperreal.org/artists/brian_eno/MFA-txt.html)

pitchfork”The 50 Best Ambient Albums of All Time”

(https://pitchfork.com/features/lists-and-guides/9948-the-50-best-ambient-albums-of-all-time/?page=1)

How to Be a Responsible Music Fan in the Age of Streaming

(https://pitchfork.com/features/oped/how-to-be-a-responsible-music-fan-in-the-age-of-streaming/)

Uncovering How Streaming Is Changing the Sound of Pop

(https://pitchfork.com/features/article/uncovering-how-streaming-is-changing-the-sound-of-pop/)

William Basinski on the Music That Made Him

(https://pitchfork.com/features/5-10-15-20/10066-william-basinski-on-the-music-of-his-life/)

Fifteen Questions with William Basins

(https://www.15questions.net/interview/fifteen-questions-william-basinski/page-1/)

William Basinski: The Disintegration Loops Album Review | Pitchfork

(https://pitchfork.com/reviews/albums/17064-the-disintegration-loops/)

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