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地点はなぜ台詞を細分化するのか? /ハイデガー・太田省吾・三浦基

1,

存在は、みずからを開き明るくしながら、言葉となってくるのである。存在は、つねに、言葉へと至る途上にある。この来着してくるものを、存在へと身を開き-そこへと出で立つ思索は、今度はその思索みずからの側からして、そのみずからの発語において、言葉へともたらすわけである。言葉は、このようにしてそれ自身が、存在の開けた明るみのなかへと引き上げられる。(139)

『存在と時間』(1927)を前期の主著とするなら、1930年代のいわゆる「思索の転回」を経たあとのハイデガーの思想が開陳されたのが、ジャン・ボーフレの問いに答える形で書かれた『「ヒューマニズム」について』(1947)であった。引用したのは「存在−言葉−思索」の関係について説いた一節になるのだけれど、ハイデガーがこのように語る時、ぼくの脳裏には劇団「地点」の俳優の姿が思い出されてくる。次の写真を見ていただきたい。


(https://www.youtube.com/watch?v=-MMWruoa3yI)

 これは、2007年にアトリエ劇研にて上演された『桜の園』の映像をキャプチャしたものだ。一見してみても、現実をそっくりそのまま代理表象する(というイリュージョンを生じさせる)写実的な演劇ではないことが、理解されると思う。まずは地点について簡単に紹介しておこう。
地点の演出家である三浦基は、1996年からの数年間、青年団の演出部に所属していた。フランスの在外研修を経て、01年より「地点」の活動を本格化、03年には初期の代表作である『三人姉妹』の初演があり、それから05年に拠点を京都へとうつす。現在は京都の北白川にアンダースローというアトリエを開設。日本では珍しいレパートリー体制の構築を目指すとともに、次々と新作を発表し続けている。キャプチャーした『桜の園』は「チェーホフ四代戯曲連続上演」に取り組んだ07年の作品である。
20世紀最大の哲学者と言われ、フランスのポスト構造主義の理論的な源泉ともなったハイデガーの存在論から、どうして現代日本の劇団である「地点」の俳優の姿が思い起こされてくるのか? そのことの意味を尋ねていくことが、本稿の主題となる。しかし「地点」を知らない読者も多いと思うので、彼らの演劇の特徴をいくつか列挙して、ある程度のイメージを共有しておきたいと思う。

彼らのクリエイションの特徴として、おおむね次の二点がよく挙げられる。
一つ目は、演出家が劇作を兼ねず、演出のみに専念するスタイル。そのため、何らかの意味で「劇作家」の戯曲の再現が目指される演劇のありかたにはならない。ここではテクストも劇を構成する要素の一つだ。照明・音・映像・身体・テクストは、協働しながら上演を生み出す等価な「記号」となる。だから、クリエイションの力点は「何を」言うかよりも、それら複数の素材を「いかに」関係させ、多様な意味を産出していくか、に置かれることになる。
例えば、『桜の園』であれば、借金のために領地が競売にかけられるというのに、なんら現実的な手を打とうとしない時代に取り残された地主一家は、窓枠だけになった屋敷(屋敷の廃墟)にしがみつき、窓の外に広がる虚ろな未来を見据えるといった具体的な「絵面」に翻訳される。キャプチャの通り、4人の俳優は、絵画にはめ込まれたように、その場からほとんど(というか全く)動かない。それどころか、開演前からずっとそこに置かれてあったかのように、佇んでいる。観客は、人間と人間が対立して葛藤する内面のドラマを観るというよりは、誰かがスイッチを押して動き出した機械じかけの自動演劇装置を眺めるように劇を観る。誰の意図も介入せずに自動的に起こってくるような出来事の体験。それが地点の第一の特徴である。
二つ目は、彼らの特異な発語の形式だ。ごく普通に書かれた一連なりの台詞は音節レベルでバラバラに裁断され、意味が剥奪された〈音〉の連なりに還元されるのである。ここで初見の観客はかなり驚く。台詞が極端に細分化されることで、何を言っているのか、台詞の意味もドラマの筋もよくわからなくなるからだ。にもかかわらず、地点はそれをする。この一見不可解な方法論によって、地点は現代日本の演劇で比類なきユニークさを発揮している。これが地点の第二の特徴だ。
そして、ぼくの考えるところでは、「地点はなぜ台詞を細分化するのか?」への解答が、ハイデガーの存在論から、地点の俳優が思い起こされることの理由を教えてくれるだろう。より強く言うなら、地点の方法論を挟むことで、ハイデガーが具体的に何を言っているのか、そしてハイデガーが言うところの「存在の思索」の問題も明らかになるはずなので、三浦基が2010年に上梓した『おもしろければOKか?』という演劇論を参照しながら、「細分化」が意味するところについて考えてみよう。

さて、三浦は『おもしろければOKか?』で、『ワーニャ伯父さん』に出てくるソーニャの台詞を例にあげ、地点の方法論の見地からして、台詞がどのように捉えられているのかを解説している。

① ソーニャ 草刈りはすっかり済んだというのに、まいにち雨ばっかり、せっかくの草がみんな腐りかけているわ。
② ソーニャ 草刈り……すっかり……済んだ……まいにち……雨……ばっかり……せっかく……草……みんな……腐り……(いる)……(わ)。
③ ソーニャ クサカリはスッカリスンダというのに、マイニチアメバッカリセッカクのクサがミンナクサリかけて(イル)(ワ。)

①は原文、②はそこから単語のみを抜き取ったもの、③で単語は外国語のような異物としてカタカナで表記されている。こう並べてみると台詞から受ける感じもかなりちがってくるわけだけれど、そこで三浦はいったい何をしているのか? いわく、「最小単位の言葉の連なり」として台詞を捉え返しているのである。
当然のことながら、台詞は作家によって書かれたものであるわけで、そこには作家の生理感覚が「文体」となって反映している。それを三浦は、話し言葉には作家の「感情」がうごめいている、と言う。例えば、文体と文脈をともなう言葉の連なりから、つまりは文章としてソーニャの台詞を捉えると、彼女は雨ばかり降ってウンザリしているんだな、とか、あるいはチェーホフはここで田舎暮らしのどんよりした停滞感を強調したいのだな、とかソーニャやチェーホフの意図や感情の解釈が促されることになるだろう。ところが、三浦はそうした「感情」の解釈を誘発する「文体」を括弧にくくろうとするわけだ。逆に、台詞を単語単位の言葉の羅列として捉え直し、単語そのものが持っている意味から台詞の再構成を企てる。
②に注目してほしい。台詞から文体を差し引いて取り出された「単語」たちに、三浦は次のような「意味」の注釈を与える。

〈草刈〉   徒労。田舎。ばかばかしさ。
〈すっかり〉 清潔。S。秋田県。
〈済んだ〉  S。知性。のんき。
〈まいにち〉 生活。道。夢。
〈ばっかり〉 不満。連続。間抜け。

まだ続くがやめよう。ポイントは、台詞をひとまとまりの文脈として解釈するのをやめ、字義通りに単語を読んでいくならば、単語は外国語のように意味を確定できない〈音〉として顕れてくるということだ。例えば〈ばっかり〉に「間抜け」が含まれているのは、〈ばっかり〉を音で聴くと「バカ」のニュアンスが読み取れるからである。
ここで「ひとまとまりの文脈として解釈する」ような台詞の発し方を「発」と、逆に文脈を脱臼させて外国語の継起的な連なりとするような台詞の発し方を「発」としてみよう。すると、地点の台詞術(発語)とは、まさに「発話」によって抑圧された〈語〉の多義的なイメージを噴出させる方法だ、と言えるように思う。発話は発話された時点ですでに「台詞」の解釈を含みこんでいるが、発語は発語された時点では「台詞」が何を意味するのかを確定させない。そうすることで、むしろ言葉それ自体に内包されたイメージが際立って顕れてくる。「単語そのものが『感情』を持っているということ、そして俳優はそれを言葉の持つ『情報』として扱うということが、私の台詞に関しての基本的な考え方である」(55)。
だが、理屈で言えばそうだとしても、実際に「草刈りはすっかり済んだ」を、「徒労は清潔にのんきだ」みたいにして聞き取れるわけではないのだから、それは机上の空論では? と思われるかもしれない。しかし、それは「発話」の論理で「発語」を理解しようとすることからくる端的な誤解だ。「発話」においては台詞の意味は文脈(コンテクスト)からあらかじめ解釈される。一方で、「発語」において台詞の意味は〈語〉それ自体において顕れてくる。だから、「発話」の論理にしたがえば、「草刈りはすっかり済んだ」が「徒労は清潔にのんきだ」と新たな文脈(コンテクスト)において解釈可能であるかのように見えてくる。しかし「発語」とはそもそも、そういうコンテクチュアルな解釈による意味づけを無化して〈語〉そのものを露出させる方法である。したがって「発語」の観点からするなら、「草刈りはすっかり済んだ」は、いわば「XはXX」へと置換されるというほうが正しい。
つまり、地点は台詞を暗号化するのだ。そこで〈語〉はどのようにであっても、人間による一義的な意味づけを拒否する〈無〉である。〈無〉としての〈語〉は、人間にとって一つの暗号だ。それは観客にとってもさることながら、俳優自身にとっても意味が確定されない意味であり、ゆえに「発語」によって顕れてくる〈語〉は人間が解釈して意味づけるものではなく、逆にその場に集う全員にとっての「謎」として、人間の言葉にもたらされる”なにものか”、なのである。

先に、台詞の細分化は台詞の意味やドラマの筋をわからなくしてしまう、なぜそんなことをするのか? とぼくは問うた。しかし、これが転倒した言い方であるのはいまや明白であるように思う。「発話」の論理に属している台詞の意味やドラマの筋こそ〈語〉にもたらされる”なにものか”をわからなくしている張本人だからだ。むしろ、台詞を細分化する「発語」こそ〈語〉のほんとうの意味−暗号的ななにものかの到来−を発露させるのである。
さて、そのように結論してみたはいいが、本稿はハイデガーの存在論から(そして言語と思想の関係を論じることから)あまりにも遠ざかってしまっているのではないか? もちろん、そうではない。地点の「演技」と〈語〉の関係は、ハイデガーが存在と思索の関係を、あるいは言語と思想の関係をいかに捉えていたかに光を当てるからである。冒頭の引用を再読してほしい。ここでハイデガーがいう「存在−言葉−思索」の関係を簡略化して図示すると次のようになる。

存在→(思索)→言葉→存在→(思索)→言葉……

ハイデガーが言うには、存在のただなかに投げ入れられる思索は、存在に促されるようにしておのずから発語され、言葉へともたされる。しかし、それはもともと言葉に保存されていた存在の発現でもあり、思索を媒介に言葉と存在は、相互に循環するような形になる。
ハイデガーが存在を「それが与える働き」(es gibt)であると言い、率直に言うならば存在は「存在が存在する」ようにある、つまりは「それが与える働きにおいてあたえられるそれ」が「存在」としてあるというとき、明らかな循環論法に陥っている。それはちょうど「椅子は腰掛けるものである」と考えることが、「〈腰掛けるもの〉を内包している〈それ〉は〈腰掛けるもの〉を内包している〈それ〉は〈腰掛けるもの〉……を椅子として与える」と無限後退していくような思考の在り方でイメージされる事態だ。しかし、これは何も考えていないのでは? という疑問が湧くのは当然だろう。
ところが、ハイデガーはそれを否定しない。むしろ、「存在」が思索の側からおのずと言葉になる回路は、「存在」の循環に入り込む(存在へと身を開きそこへ没入する)ことによって生き生きと現れる、と言うのだ。どういうことだろう?
そう考えるとなにやらややこしいことのように思われるが、ぼくたちは「地点」という具体的なサンプルを持っている。そこで、地点の演技論にならって、存在を「なにものか=X」に、思索を「演技」に、言葉を「台詞」に翻訳してみよう。すると、これが地点における演劇の上演と全く同型であることに気づくのではないか。
つまり、ハイデガーの存在論は、(「地点」的な)演劇の上演論と読むことができる。日常(発話)では意味が確定している言葉も、上演(発語)においては意味づけられない「存在=X」になる。そして「X」へと身を開き没入する演技において、はじめて「存在=X」は「台詞」へともたらされる。一方で、それは台詞の「語」に保存されていた「X」が発現してくる、とも言いかえられるのだ。そこには確かに台詞と「X」の相互的な循環があるけれど、演劇の上演で何かが考えられることは、論理的に理解されるかどうかとは無関係な側面がある。どんなに論理的に正しい上演でも、その言葉が現に体験されてこないのであれば、それは退屈な演劇だし、何かを考えていることにはならない。

思索において、存在が言葉となってくる……言葉は存在の家である。言葉による住まいのうちに、人間は住むのである。思索するものたちと詩作する者たちが、この住まいの番人たちである。これらの者たちは、存在の開示性を、自分たちの発語によって、言葉へともたらし、言葉のうちで保存する……(18)

だから、ハイデガーは、演技するようにして考えよ、と言っている(もちろん発話の演技ではなく、発語の演技をするようにして)。上演を体験しているそのさなかにだけ、ぼくたちは本質的に「考える」ということができる。だとしたら反対に、ハイデガーが批判した存在と言葉と思索の関係も理解されてくる。言葉は実際に上演されなければ「思索」したことにならない。上演されないでただ眺められて解釈され、操作されるような言葉の扱い方は「思索=演技」ではないからだ。
だとすれば、大澤が今回のテーマとして課した「言葉は存在の家である(Die Sprache ist das Haue des Seins) 」という命題に次のような解釈を−暫定的に−与えることができるだろう。〈語〉は上演されることで、”なにものか”に到来される家になる。そして、ハイデガー的な意味で「考える」とは、すなわち演技をすることなのだ。

2、

言葉は「X」がもたらされる器であり、「X」を言葉にもたらすのが演技=思索である。それは、「発話」のように世界を一義的に意味づける解釈学的思考ではなく、「発語」のように世界を暗号として露わにする上演的思考である。どちらも「演劇」というジャンルの範囲に位置づけられる思考ではあるが、前者は「絵画」をモデルにした再現=表象的な世界との関係の仕方であり、後者のほうが「上演」が含み持つ「いま・ここ」で世界を体験する関係の仕方に即している。
さて、しかし問題はここからだ。なぜなら、地点とハイデガーのあいだには構造的な同型性がありつつも、実は決定的な差異もひそんでいる。だからぼくたちはまた、地点はなぜ台詞を細分化するのか? という問いに戻っていかなければらない。
そのために、ハイデガーの教科書的な解釈をいったん挟もう。ハイデガーによれば、プラトン・アリストテレスからはじまる西洋形而上学の伝統において「存在とは何か」という問いは「エクシステンティア(現実存在)」と「エッセンティア(本質存在)」の二項対立で捉えられてきた。それを木田元は「〜がある」と「〜である」の違いとしてわかりやすく解説している。現実存在は「Xがある」という意味での存在であり、本質存在は「Xである」という意味での存在である。つまり、現実存在は、現実に「あるのかないのか」を示す存在のことを言い、本質存在は、「椅子であるのか椅子ではないのか(実は机なのか)」を示す存在のことを言う。
しかし、木田によればハイデガーはどうも「存在」がこの二種の存在の対立でもって解釈されていること事態を批判していたようだ。それは世界を「何であるか(本質)」として表象することで、客観的な「現実」を創り出すような存在解釈だからだ。神が世界を創り出すように、人間も世界を表象して創り出す。そうなると、世界は人間が自由に解釈して所有・加工できる素材になってしまい、自身も世界の存在の内に投げ出され、存在が生成していく時間のさなかに包まれていること(被投的企投)を忘れてしまう。これを存在忘却と言い、それがゆえに近代人は「思索されるべき故郷喪失」(78)に陥ってしまうのだ、と。例えば、ぼくたちがどうも生きる気力がわかないとか、生きる意味がわからないとか、そう思ってしまうのは、ぼくたちが存在忘却に陥って、故郷を喪失しているからで、それを超え出るためには本質存在と現実存在の区別に先立つ始原の存在=自然(ピュシス)に立ち返らねばならない。つまり、本質存在(なんであるか)がおのずと発現していくような事実存在(それがある)に包まれる「居場所」において思索することがものごとの意味について本質的に、あるいは故郷的に「考える」ということである。

これを上演の側からパラフレーズしてみよう。現実存在とは俳優の演技によって到来する「X」であり、本質存在とは「X」の到来によっておのずから体験されてくる意味である。個人的な経験になるのでどこまで共感を得られるかわからないが、例えば、上演を観ていると、その瞬間にだけなにかが「わかった」ような気になることがある。ぼくが1年ほど前に観たパフォーマンスで、舞踏的な動きのなかで「メルトダウン」と言い出す舞踏家がいた。そのときに、そうか、メルトダウンとは肉が崩れ落ちることなんだなと体感され、そこからヒロシマの名からフクシマの名までが串刺しにされたように思われてきた、ということがあった。その思われが正しいのか正しくないのか、というレベルとは別に、確かにそう思われてきてしまうということがあるのが、上演である。そう思われてくる時の「現実存在」は客観的に表象できるものではなく、世界(本質存在)の側から見れば「無」である。しかし、そうした「無」はときにぼくたちに顕れてくる(実際、僕はそのパフォーマンスを何度か観たが、そう思われてくるときと思われてこないときがある)。このように演技を介した思考のあり方を、ぼくは「上演的思考」と言っている。
だから、ぼくはハイデガーとともに「X=存在」の到来を「折あるごとにいつもそのつど言葉へともたらすこと」が「思索の唯一の問題事象である」と結論することにやぶさかではない(143)。それどころか、ハイデガーの次のような主張も、一定の妥当性があるように思われる。

存在は、思索に対して、みずからをすでにそこへと送り届けてきているのである。存在は、思索の運命というありさまで、存在しているのである。運命は、ところが、それ自身において歴史的である。運命の歴史は、すでに、もろもろの思索者の発語のなかで、言葉となってきていたのである。(142)

「X=存在」の到来は、「運命の歴史」そのものである。思索は常に「追想的思索」(139)である。俳優は〈語〉が生起するために奉仕するような役割を担うのだから、彼は演技することで〈語〉の始原に立ち戻り、その存在の歴史的運命を生起させるものである、というのは比較的理解しやすい。上演は何度も反復されるが、反復されることで機械的に「同じこと」をしているわけではない。むしろ、「X」の始原へと立ち戻り、〈語〉の本質をそのつどごとに生起させるようにして反復する。だから、演技を介して「X」は言葉の始原にあるような体験=運命の生起そのものとなって顕れる。
これが、ハイデガー的に解釈された上演的思考だ。しかし、なぜハイデガーにおいては、「X」は歴史的運命の生起であるような「本質」へと帰属することになるのだろうか? それは、結局のところ現実存在(あること)を本質存在(歴史的運命であること)へと帰着させることになるのではないか? この問いの場において、ハイデガーと地点の上演は袂を分かつ。どういうことか。

確かに、地点においても「X」は演技によって〈語〉へともたらされるのであった。しかし思い返してほしい。「バッカリ」に「バカ」を読み込むようなデタラメさが、果たして「運命の歴史」を発語において言葉にもたらすものだろうか? そんなことはありえそうにない。「すっかり」が運命的に「秋田県」を意味するわけがない。この意味で、地点における台詞の細分化は、運命の細分化である。あるいは「X」の始原たる故郷へと至りつくための発語ではなく、積極的に故郷喪失を被る存在へと俳優の身体をさらしあげるのが、台詞の細分化の意味するところなのだ。
だからこう言える。ハイデガーは「X」を運命の歴史において捉えた。地点は「X」をデタラメな暗号として捉えた。彼らはどちらも、「X」が思索あるいは演技を介して言葉へともたらされる場面=上演について語っている。しかし、ハイデガーの上演が〈語〉のコンテクストを遡ることで「故郷」へと帰属しようとするのに対して、地点の上演は〈語〉をコンテクストから切り離して、「故郷」を喪失したさなかにある人間を露わにする。しかし、なぜだろう? 地点の上演は、ハイデガーの上演に対する抵抗の身振りに見えることは確かだが、地点が故郷喪失を徹底するような、あるいは積極的に存在忘却へと足を踏み入れるに至ったのには、一体どんな事情があるのか。
ここで参考になるのは、平田オリザから三浦基まで直接的な影響をこだまさせる太田省吾の演劇論だ。彼は、『裸形の劇場』という画期的な名著において、演劇における身体の意味を次のように論じている。

われわれは、個別の身体をもち、個体として生きるのであり、その皮膚による隔たりをもって自他は峻別されている。……だが、本当に劇における関係は〈われ−彼ら〉なのか。……〈私〉が個別的でありうるのは、脳髄の中なのではないだろうか。……〈私〉はこの〈狭い部屋〉を出、他者との関係をもつことによって現実化するのであり、他者との関係なしに〈私〉は現実化しえないし、なにものでもない。……身体を他者の前へ立てたとき、〈われ〉は〈われわれ〉となる。つまり、そこでの関係は、〈われ−彼ら〉ではなく、〈われ−われわれ〉である。(『裸形』,43-44)

身体ををさらすことで「われ」は「われわれ」になる。というより、ここで太田は「われ−彼ら」として「観客と舞台」を相対させる表象の原理に対して、「われ−われわれ」の共同性の原理において俳優の演技を捉えなおそうとしている。ここに、ハイデガーの上演的思考との類似性を見て取ることは、比較的容易い。「存在へと身を開き−そこへ出で立つ在り方」としてハイデガーは人間の存在様態を歴史の運命をともにする「共同現存在」としたが、太田においても、劇は「身体を開き−そこへ出で立つ」ことによって〈私〉が共同存在として顕れる場である。
しかし、太田の「身体=共同性」に対する態度は、実に両義的である。俳優は身体を観客の前にさらして立つ。共同性の原理は、俳優を個別的な個体、観念的な脳髄の主体ではいられなくする。つまり、「なんでも何とでも喋れる」わけにはいかなくなる。例えば太田は、『夜と霧』をあげて、著者のフランクルが強制収容所の絶対的な不幸を語りだしたとたん、それは誰かにしゃべれる程度の不幸に転落してしまう、と言う。それは「書く」ことはできても「しゃべる」ことのできないたぐいの真実であり、「口でしゃべることのできぬ言葉というものが相当多くこの世には存在するのだ」(73)。しかし観念のお気楽さへと退行することなく、なお語り得ぬことを語りだそうとするところで〈劇〉がはじまる。太田は、そう考えていた。
だから、太田は『水の駅』(1981)という沈黙劇を構想したのである。「語り得ぬものについては沈黙せねばならない」というウィトゲンシュタインのフレーズではないが、むしろその沈黙は強いられた沈黙と言える。つまり、太田は共同性の場において〈私〉固有の単独性の側に立ち、あくまでも「発語」が可能な方向へとくぐり抜け出ることができなかったのだ。もちろん、『水の駅』以降も多くの作品を残しているわけだから、その検討が必要であることは言うまでもないが、少なくとも前人未到の沈黙劇と称される『水の駅』は、単独性ではなく共同性の場である〈いま・ここ〉の肯定へと向かわされた演劇なのである。
そこで、肯定されるのは「目」によって概念化されない裸の存在である。取っ手の壊れた水道の蛇口から細く水が流れ続ける。これが『水の駅』の舞台装置であるが、繰り返し流れる水にコップを差し出して水を飲む演技をみるうちに、太田は俳優から主語・主体が消え、人類・人間へと溶け合っていくような美しさを感じる。ぼくはここに、ハイデガーの存在論と同質の、始原としての故郷へ人間を帰属させてしまう暴力性を察知する。言い換えれば、〈私〉の単独性が「X」の始原へと同一化させられる暴力性だ。
なぜ、太田は単独性の〈私〉を捨て、共同存在として顕れる「X」への没入に転回したのか? ここで、『水の駅』の舞台が戦後の焼け野原を思わせる情景であったことは極めて象徴的である。この焼け野原に象徴される「日本」なるものの力学が太田をして、単独性=発語の存在を許さなかったのだと考えうるからだ。

3,

ところで、「言語は存在の家である」とハイデガーは言った。先にこれを、上演において「なにものか=X」が到来する家が〈語〉であると解釈した。考えるとは、上演するさなかで〈語〉が顕れてくる体験なのだと。だが、いまやこの理路の暴力性をぼくたちは読み取れるのではないだろうか。上演において到来する「X」に没入する体験が「考える」ことなのだとしたら、これはやはり何も考えていないに等しいのではないか。あるいはこうも言える。「X」に身体を開き、顕れてくる〈語〉において体験される思索は、そのように考えさせられてしまう思索であり、ともすれば共同存在の始原へと暴力的に同一化させられてしまう思索なのではないか、と。もっと端的に言えば、上演において顕れる思索、それは気分のことじゃないか。
先走るのはよそう。だが、上演は確かに〈語〉を体験させるけれど、一方で、その〈語〉の性格によって上演の側が規定される、ということはあるだろう。つまり、日本語の構造によって、上演の在り方が規定される、ということが。では、日本語は上演を、あるいは〈語〉が顕れてくる家を、どのように規定しているのだろう? それを考えるには、時枝誠記が理論化した日本語の特徴を示す「言語過程説」が大きなヒントを与えてくれる。

時枝は、「てにおは」に当たる辞と、「概念」に当たる詞を区別して、文は辞によって詞が包まれるような風呂敷型の形式を持つことを指摘した。しばしば言われるように、日本語は主語を省略しても文が成立する。そこで時枝は日本語の構造における主語述語の関係は「印欧語の如きものと同様に考えることは出来ない」と言う(『国語学原論 (下)』,15)。では、日本語はどのようにして文を思想として統一しているのか、というところで出てくるのが「風呂敷型構造形式」になるわけだ。つまり、S-Pのような主語-述語形式を日本語は持たないが、そのかわり、辞が主体の機能を果たすことで、文は思想的に統一されるのだ、と。例えば「火事だ」は主語を持たないが、「だ」という辞によって「火事」が包まれることで、「言語主体の感情的活動が、この表象を包み、主客の合一した統一的思想として表現されていると考えることによって文と考え得られるのである」(下47)。
つまり、「辞」とは主体の感情的場面であり、諸所の概念はそこに包まれることで統一的な意味を獲得する。ただし、ここで重要に思われるのは、「辞」による主体的な場面が、主客未分の融合した世界と解釈されている点だ。

場面は、同時に、これら事物情景に志向する主体の態度、気分、感情を含むものである。……場面は純客体的世界でもなく、又純主体的な志向作用でもなく、いわば主客の融合した世界である。……我々の言語的表現行為は、常に何らかの場面に於いて行為されるものと考えなくてはならない。(上60−61)

いささかの単純化を許されるなら、日本語における主体とは気分が生々流転する場面のことである。「辞」は「詞」を、こうした気分・感情といった曖昧模糊な不定形の無意識によって包むのである。その最も抽象的な「辞」が零記号だ。「火事」はたとえ「火事−だ」と「だ」に包まれずに「火事」という単語一語であったとしても文として成立すると時枝は言う。なぜなら、「火事 ◯」といったように、零記号が火事を包み込んでいるからである。
そして、この「零記号」の上演におけるあらわれが「沈黙」なのではないだろうか。太田省吾は「われ−われわれ」の共同性の場において、言葉にしえぬ言葉があると沈黙を強いられた。〈私〉の単独性は、〈身体〉の共同性の場面でくじけてしまう。それは、そもそも日本語の構造が、無意識的な気分によって包みこむ「零記号」に支配されているからではないか。主客未分離の「無」から生成して発露していく気分が〈私〉固有の単独性を「X」への没入へと引き戻してしまうのだ。その場合、「いま・ここ」に身体を開き立つことを徹底しようとするならば、おのずと共同性そのものである零記号の「沈黙」を肯定せざるを得なくなるのだ。

さて、ここまできて、もう一度次の問いを問い直そう。なぜ地点は発語を細分化するのか? ソーニャの③を再度引用する。

③ ソーニャ クサカリはスッカリスンダというのに、マイニチアメバッカリセッカクのクサがミンナクサリかけて(イル)(ワ。)

三浦基は「詞」をカタカナの外国語に、「辞」を感情として捉えていた。それに加えて文末を括弧にくくり、意味にも感情にも帰属させずに保留事項にする。時枝文法に照らせば、地点が何をしているのかは、かなりクッキリと浮かび上がってくる。太田省吾は身体をさらすことで、「X」=気分=共同性への没入を強いられた。それは、日本語が「X」=気分=共同性の場面で言葉を統一するという「零記号」の支配を要因としていた。三浦は明らかにそうした日本語の構造を意識している。そしてこう考えたはずだ。
台詞を一連なりの文脈(コンテクスト)として解釈する「発-話」だと、どうやっても零記号の支配を受けて共同性の「X」に引き戻されてしまう。かといって身体を無視することは出来ないのだから「われ−われわれ」の原理を無視することも出来ない。どうすれば、共同性の原理に飲み込まれずに、「X」を〈語〉にもたらすことが出来るのか? 零記号の「X」で包み込まずに、単語それ自体と「X」の関係をそのつどごとに問えばいい。
ゆえに、地点は故郷喪失を徹底させる。故郷とは「零記号のX」に包み込まれる場だからだ。それに対して地点は台詞を細分化することで、「X」を無数化する。無数化された「X」は「暗号のX」となる。そこで「X」は運命的な共同性ではなく、共同性に還元せれない〈他者〉を意味する。確かに、日本語の構造に規定された上演は、存在のゆりかごに揺られている。それ自体は、太田省吾が洞察したように、上演が可能であるための条件にすぎない。だから課題は、そのゆりかごの内部において、いかにして故郷を喪失させ、そこからもう一度、〈他者〉との関係を結び直すか、という二重性において考えられねばならず、その二重の身振りが日本語で演技=思索するための可能性の条件になる。

地点における台詞の細分化は、「零記号のX」に対して「暗号のX」を対置させる。ハイデガーの上演的思考が「X」が言葉にもたらされ体験されることを「思想」を生むための条件とするならば、地点の上演的思考は、太田省吾が苦闘したような「X」へ没入することで陥る気分的無思考の「沈黙」を受け入れつつも、「X」を無数化することで、もう一度、上演から考えるための方法を手にするための試行錯誤である。
そのとき、「X」からもたらされる〈語〉の生起は、意味がわからないかもしれない。しかし、その「わからなさ」を引き受けることが、少なくとも日本語で思索するための条件であることを、地点の上演は教えてくれる。彼らの上演に理解しがたさがあるとするならば、それは日本語でわたしたちが「わたし=他者」と出逢い、〈他者たち〉でともに「思想」を持つことの困難を意味している。かといって、そこから逃れることは、単に思考の放棄に過ぎない。
最後に、「言葉は存在の家である」を次のように解釈してみよう。
家は更地になった。言葉は家に安らうことは出来ない。しかし、更地に到来する暗号が、わたしたちを無数の「X」たる他者たちとして出会わせる。そこでジタバタと演技することが、わたしたちが「わたし/たち」として出逢い考えるための条件である。

文字数:13527

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