印刷

私は日本人である―あるいはニッポンの球体について

1,「私は日本人である」とはどういうことか?

僕はいつの間に「日本人」になったのだろう? と疑問に思うことがある。例えば、僕の出身地である北海道の地名は、アイヌ語に起源を持っている。僕の生まれた「帯広」は「オペレペレケプ―川尻がいくつにも避けているところ」、僕の育った「札幌」は「サットポロ―カワウソのいるところ」、「豊平区」は「トイピラペット―湖のある川」などなど。アイヌ民俗博物館には、アイヌ文化の「遺産」が展示されている。こういうとき、自分が植民者の末裔なのだと強く感じる。自分は北海道のよそ者だと。かと言って、本州は海を隔てて遠い。日本の文化と称される初詣もお祭りもお盆も、この土地ではすべてイミテーションにすぎない。なのに、なぜ「私」は日本人なのか?

ベネディクト・アンダーソンが指摘するように、「日本人」の構築に出版や新聞といったマスメディアは大きな役割を果たした。(1)

全く縁もゆかりもない多数の人々を統合するには、マスメディアという代理=表象装置が不可欠になる。互いに無関係なはずの人々は、現実を代理=表象するメディアを通じて日本文化を内面化する。日本人であればやはり誰でも桜の開花に春を感じてお花見に出かけ、お盆には実家に帰ってきゅうりやなすに割り箸をさして馬や牛にするべきだ、という日本の伝統がディシプリンとして働くようになる。

しかし、やはり「私」が日本人であることにさしたる根拠はない。「私」が日本に生まれたのは偶然であって、別にそれがロシアであっても北朝鮮であっても良かった。たまたま日本語を使用し事実性として「日本」なるネーションに投げ出されたのが「私」であって、「私」が日本人であるわけではなく、日本人が「私」だった。事実性のレベルにおいて、私が日本人なのはあくまでも偶然である。しかし、ごく素朴に考えても「私は日本人である」という話者は、単にそうした事実を述べたいわけではないだろう。彼は「私」が日本に帰属していること(あなたと同じように!)を主張しているのであり、自らが日本人であることの他者による承認を欲望しているのである。こうした「私―日本人」の文法をめぐる転倒にはパフォーマティブな次元における語用論的な両義性が潜んでいる。

たまさかの偶然であるはずの「私」と「日本」が宿命的な結びつきを持つのはなぜか? アンダーソンは「私」と「日本人」の偶然的な結びつき(日本人は私である)を、宿命(私は日本人である)に転じるのが「ナショナリズム」の魔術だと答える。出版と新聞を通じて伝達される人物や事件を同時に理解する言語と領土を有した人間こそが我らが同胞―日本人なのである。実際には地域ごとに雑多な口語で営まれていた文化共同体の生活は、柄谷行人が言うように、私の内面を万人に妥当する風景と一致させる言文一致の発明と、この新しい文語を自在に駆使した夏目漱石に象徴される「国民文学」の存在をもって、「日本」を「想像の共同体」として再編成したのである。

つまり「日本人」のアイデンティティは生得的にあるわけではない。不可視なメディア環境を媒介にした他者とのコミュニケーションの効果が日本人を再生産していくのである。こうして、「日本人は私である」から「私は日本人である」への転倒は、単なる生命体(身)であったはずの私の身体に「日本」という他者を書き込む。「日本」に統合された象徴的身体は、政治化されることになる。

しかし、こうした「近代」の大きな物語が解体されたはずの現在、それにもかかわらずメディアを介したアイデンティティの再生産は、SNSの隆盛とともに加速している。マスを解体したはずのリアルタイムメディアは、その瞬間性ゆえに、繰り返し自分の「何者性(What)」を確認せずにはいられないかのようである。ここに「メッセージからコミュニケーションへ」というポストモダン的な生の条件を読み込むことはできるだろう。しかし本稿は、電子メディアテクノロジーと相関的な「コミュニケーション」の条件、といった方向へ進まずに、その一歩手前に留まる。メディアの問題とは別に、「私」の出現を許さない日本的主体に固有の問題があるように思えるからだ。「私は日本人である」とはどういうことか、という問いを、近代のモダニズムと美術・演劇の関係を中心にして考えてみたい。

最初に、西欧圏におけるモダニズムの機能を確認しておこう。

2,啓蒙のプログラム

美術批評家のグリーンバーグが定式化した「モダニズム」は遠近法的な空間のイリュージョンを批判して、絵画を固有の平面性に還元する純粋芸術を目指す。美術のモダニズムは絵画を絵画たらしめる固有のメディウム(平面性)を出現させる操作から「自然な現実の代理=表象」とは異なる回路で視覚的イリュージョンを生じさせる。常に最前衛を切り開くモダニズムの理念は、メディアそれ自体を自律させることで、慣習化された文化の「自然さ」を切断する戦略を用いた。(2)

〈自然〉を内面化した文化とモダニズム=前衛芸術は鋭く対立する。この図式は、グリーンバーグがカントを最初のモダニストだとみなすように、近代における啓蒙のプログラムの遺伝子を引き継ぐものだ。

「啓蒙とは何か?」―カントいわく「人間が自分の未成年状態から抜け出ることである」(3)。子供の時分は父親が「私」がなすべきことを判断してくれる。子供が大人になるとは、「私」に代わってものごとを考え判断してくれる後見人への依存から脱して、特定の立場に制限されない理性の公的な使用を学ぶことである。

たとえば、就職して会社の利益のために理性を働かせるのは理性の私的な使用である。日本人が日本のために理性を働かせるのも理性の私的使用である。だからここではいかなる利害にも足場を置かない世界市民が理念的に想定されることになる。社会のなかでの習慣的な実践に足場を起きながらも、それに逆らって世界市民の非-立場性に立脚すること。公共圏(公開性)に身を晒し、他のあらゆる人々の立場に自分を置き換え自己の考えを吟味し続ける「批判的思考」を身につけることが、大人になることなのである。

カント的な意味での啓蒙は、「日本人」を非-立場的な「私」に解体する。その遺伝子を引き継ぐモダニズム=前衛美術の実践も、私利私欲や共同体の判断へ心理的に従属する「甘えの構造」から脱却し、批判的思考を鍛え上げる自律した「個」の実践を示している。

ハーバーマスはこれを次のように表現している。「モダニズムは、たえず自己自身を否定する運動であり、オクタビオ・パスによれば『真の現在への憧れ』であり、まさにこれこそが『モダニズムの最良の詩人たちの秘密のテーマ』なのである」(4)。モダニズムを胚胎する近代の根本には、「私は日本人である」とする根拠を突き崩し「日本人は私である」とする無根拠へ解体する無限のプロセスがある。だからこそ、その無根拠を感情的基盤を持った「想像の共同体」へと再編成する必要性があった。芸術と文化のあいだには鋭い緊張関係が走る。

いわば、「私は日本人である」(文化)と「日本人は私である」(芸術)が相互補完的に活性化されるダイナミズムが、表象/現実を包括的に拡張させていく西欧文化の源となっている。しかし、”僕たち”がここから理解しうるのは、さてそれでは日本では? ということではなく、「近代」が恐ろしく人為的に構築された建造物である、ということだ。

人為的に、というのは、人間がごく素朴に持つ感情や傾向性を裏切って自明さを疑いつづける強烈な意志の存在を指す。共同体的伝統から独立した「個人」が、「公開性」の場で、不断に新たな社会のルールを組み替えつづける。あまりにも特殊な生存様式に見える近代のプロジェクトを「模倣」することなど、本当に出来るのだろうか? 無理じゃないか、いや、そもそも模倣するとかしないとかいう思考の枠組み自体がすでに倒錯なのではないか? という疑問が出てくるのは、当然のなりゆきだろう。

『古事記』『日本書紀』に見られるアニミズム的なカミへの対し方に即して、大野晋は言う。

古代日本人がカミに対してしたことは、第一にマツルことである。・・・・・・そこではカミを喜ばせるために酒食を供するほかに歌舞なども行われた。国家の長としては、カミへの奉仕をすることが最大の役目であったから、「マツリゴト=カミへの奉祭=政治」という考え方が成り立ち、日本語では政治をマツリゴトといい習わしてきた。つまり日本では政治は、人々が集まって多数で決議することによって始まったのではなく、カミに物をマツり、神の加護を求めることに始まり、その系譜で引き継がれてきたことが分かる。(5)

今風に言えば、情報公開を拒否する権威者への接待と忖度から成り立つ政治共同体である。ここで言われるカミにかわって理性が出てくるなら、僕たちは「理性を喜ばせるために踊る」文化にいることになる。それが普遍的な人間の自由を実現する政治を可能にするとは到底思えない。したがって、モダニズム芸術は日本では「不可能な芸術」である。こうした問題意識は美術・演劇の各ジャンルで、バブルが崩壊した90年代の日本に目立った形で露呈していく。

3,悪い場所の反復

1980年に出版された柄谷行人『日本近代文学の起源』は「日本近代文学」を「日本」「近代」「文学」に解体することから、忘却された異質なものの衝突としてその「起源」を批判的に再構成するものだった。

それからバブルが崩壊し、1995年の特異点が出現したのち、『日本・現代・美術』としてまとめられた椹木野衣の文章は『美術手帖』(1996年〜1997年)を舞台に発表された。それに少しばかり先行する形で、1992年から1995年に発表された内野儀の文章は『メロドラマの逆襲 「私演劇」の80年代』に収められている。美術と演劇のジャンルを違える二つの批評が、しかし前衛美術と前衛(アングラ)演劇に対して同一の視座からパラレルな評価を下している。いわく「悪い場所」、いわく「私演劇」と名指されたそれは、モダンを批判しながら拡張されるモダンという西洋史におけるモダニズム=前衛芸術の機能を「日本」の芸術にまとわせることの無理を指摘する。

まずは、椹木野衣の「悪い場所」について簡単に概括しよう。

「一九五五年」以後、六〇年代の「反芸術」運動、七〇年代の「もの派」からの流れ、八〇年代の「ポストモダン」と並べてみれば、そこにはなにか歴史的な「展開」があったように見えるかもしれない―しかし・・・・・・じつのところわれわれはいまだに「閉じられた円環」の「彼方」であるところの歴史から本質的には切り離されており、同じ場所において同じ問題を多様に「反復」しているだけなのだ。(6)

モダニズムの歴史が自己批判を通じて「いま」を刷新していく時間的な運動であれば、日本の前衛はモダニズムを偽装しながら同じ問題を反復する場所的な現象である。ハーバーマスは近代=モデルネを「未完のプロジェクト」と呼ぶが、椹木はそもそも前提となる「近代が未完」であるような日本は、発展も蓄積もされず忘却と反復を周期的に繰り返す「悪い場所」なのだ、と言う。だから、西洋のモダニズム=〈いま〉の絶えざる発展がそれゆえに自らの「神話作用」を忘却するのとは対称的に、日本のモダニズム=〈いま〉の絶えざる反復は、支離滅裂=スキゾフレニックに分裂した自らの「起源」を忘却する。

たとえば、日本画は国民国家を表象する「美」であると同時に、「フランスからの画材を、フェロノサという一アメリカ人による観念としての『日本』を、そして明治以前からの狩野派という『伝統』をパッチワーク的に散りばめる」日本画の分裂的な怪物性を隠蔽する「想像の共同体」を構築する、といったように。(7)

本稿の文脈に置き換えれば、たまさかの偶然である「日本人は私である」という単独性は、こと近代日本においては「日本・アメリカ・フランス人・・・・・・は私である」とする雑多なアイデンティティの「場所」なのであり、さらにそれを想像的に隠蔽するのが「私は日本人である」の宿命的ナショナリズムである。文化と芸術はダイナミックな緊張関係を築くことはできず、ただただ「文化」のなかに「芸術」が飲み込まれていく事態が「悪い場所」で反復される無害な非-政治性を再生産することになる。

4,悪い場所のメカニズム

椹木の言う「悪い場所」の問題を、日本的主体の問題として演劇的な立場から理論化したのは劇作家の別役実である。演劇は「身体・声・空間」からなる複合的な「場」をメディアとする。その中でも中心をなすのは俳優である。演劇的な立場は、つまるところそうした複合的な場のメカニズムと「俳優=主体」の関係から「悪い場所」を捉え直す作業を可能にする。それは美術批評の文化表象論的なパースペクティブとはまた違った形で「悪い場所」に具体的な光を当てることが出来る。

ここで「悪い場所」を象徴するのは「いじめ」の場面だ。別役の『ベケットといじめ』で主題化される事件を引こう。1986年に起こった富士見中学校の「いじめ」では、被害者の男子生徒は「このままじゃ生き地獄になっちゃうよ」と遺書を残して自殺した。死の数ヶ月前には彼の「葬式」ごっこが行われ、彼の机には花をいけられた牛乳瓶が置かれた。周りでニヤニヤして様子をうかがうクラスメイトを前にして彼は「オレが来たら、こんなの飾ってやんの!」と言った。

別役は「葬式ごっこ」で彼が発話した言葉に着目し、近代的なドラマツルギーであれば「なぜこんなことしたんだ」と葛藤のドラマがはじまる手前で、彼は「自分自身をその状況の中の関係の中の一部に植え込んで、自分自身も客体化した状況みたいなものをなぞってみせた」という。なぜか。(8)

「なぜこんなことしたんだ」といったところで、「冗談だよ、冗談、何マジになってんだよ」と返されるのがオチだからだ。それどころか、ここで「いじめ」の首謀者=悪役はいない。むしろ”悪役”は「場の関係性」そのものなのであり、主体を回復させるために行為し主張をぶつける「敵」は端的に存在しない。「場」には関係性を機能させる無記名な「孤」のみがあり、「場のメカニズム」にはまり込んでしまった後は、その関係性の中の適切なポジションとしてしか「私」を確かめることができない。今風に言えば「悪い場所」は「キャラ化」を強制するのである。したがって、関係性から自律した「私」を回復させるためには自殺する他ない。

「私」から新たな関係性を産出することがおよそ禁止されるメカニズムに、日本的主体と近代的自我の相克を別役は見て取った。いわば日本では「近代劇」の成立が「悪い場所のメカニズム」においてあらかじめ禁じられているのであり、「私」は常にいつもニヤニヤした笑いのなかに霧散霧消し、その忘却自体が忘却されるのである。「日本人は存在しない私である」、つまり「日本人はXである」。これが椹木の分析と表裏一体をなす「日本人」の姿である。

5,ニッポンの球体

この「日本人はXである」を戦後の小劇場史にいち早く読み取ったのは内野儀だった。曰く、「日本の演劇は必然的に〈私演劇〉にならざるをえない」。(9)

しかし、日本的「私」とはいったい何か。近代的、ポストモダン的、ポスト・ポストモダン的で・・・・・・で規定できるようなものなのか。/このような疑問を持つのは、アングラ末期から小劇場の時代をほぼ同時代的に見てきたこのぼくが、その表象空間に出現する「私」は・・・・・・日常性の「私」としか呼べないような、概念でも実体でもない、だが確固とした秩序を持つ、ある種の感覚の束からなる日常との関係性の中で構成された無意識の集合体のような「私」、非―在の「私」と名づけたくなるような何かである。(10)

日本の文化圏では、集団から自律する「私」が存在したりしなかったりする可能性そのものがない。存在もしないし不在でもない。ただ情緒共同体=日本と同一化することで、「場のメカニズム」を円滑に機能させる無記名な「孤」がコミュニケーションの効果として現象させられていくだけである。つまり、非―在の私とは「みんな」のことである。

それゆえ、私演劇とは「日本的情緒共同体をその表現の根拠とする非―在の『私』の劇である」(11)。内野によれば、新劇にせよ、80年代小劇場にせよ、前者が外国人のような「身振りと感情移入」の過剰さによって、後者は言葉遊びとめくるめく疾走感の過剰さによって、非―在の私を隠蔽するように作用してきた。演劇の〈いま・ここ〉が、戯曲の代理=表象する「自然さ」からこぼれ落ちる「身体」を政治的に現前させるというモダニズム=前衛の演劇理念は通用しない。〈いま・ここ〉の絶えざる反復は、むしろ日本的情緒共同体の「自然さ」を増幅させるためだけに用いられる。必然的に「俳優」に書き込まれた他者性を観る―上演と観客のあいだに葛藤が起こる―という政治的な関係が観客と上演のあいだに構築されることはなく、劇場は観客が「みんな」の一員であることを自己確認する「悪い場所」となる。

だとすれば、「私―日本人」は転倒したりしなかったりしない。ただ「みんな」があるだけだ。「日本・アメリカ・フランス人・・・・・・は私である」「日本人はXである」の相互補完性は、結果的に「日本・アメリカ・フランス人・・・・・・・はみんなだよね」と常に「みんな」へとずれ込んでいく。「私はみんな」の等式が完成し、「よそ者」が存在する余地は完璧に排除される。みんなになるかならないかしか、選択肢がないからだ。

「悪い場所」=近代が隠蔽するハイブリッドな雑種性は、「場のメカニズム」が働く演劇の場面において、完璧に隠蔽される。文学・美術・演劇の三位一体。これにて、「ニッポンの球体」は完成するのである。

 


(1)B.アンダーソン『定本 想像の共同体―ナショナリズムの起源と流行』(1983,1991,2006),白石隆・白石さや訳,書籍工房早山,2007,

(2)クレメント・グリーンバーグ「モダニズムの絵画」(『グリーンバーグ批評選集』,藤枝晃雄訳,勁草書房,2005),1978
「平面性、二次元性は、絵画が他の芸術と分かち合っていない唯一の条件だったので、それゆえにモダニズムの絵画は、他には何もしなかったといえるほど平面性へと向かった…モダニズムの絵画はまず最初に一点の絵として見えるのである。……モダニズムはそれを唯一の必須の見方として強いるのであり、モダニズムがそうするのに成功することは自己―批判に成功することなのである。」p65
「古大家たちは、人がその中へと歩いて入っていく自分自身を想像し得るような空間のイリュージョンを作り出したが、一方モダニストが創り出すイリュージョンは、人がその中を覗き見ることしかできない、つまり、眼によってのみ通過することができるような空間のイリュージョンなのである。」p70

(3)カント『啓蒙とは何か』(1784),篠田英雄訳,岩波文庫,1950,7p

(4)J.ハーバーマス「近代 未完のプロジェクト」(1980),三島憲一訳,岩波現代文庫,2000,11p

(5)大野晋『日本人の神』(『一語の辞典 神』,1997)河出文庫,2013,33p
なお、大野晋は日本語とタミル語との詳細な比較研究から「カミ」も日本古来の起源を持つものではなく、弥生時代に水田稲作とともに輸入された概念ではないか? という仮説を提示している。

(6)椹木野衣『日本・現代・美術』新潮社,1998,15p

(7)前掲書,88p

(8)別役実『ベケットと「いじめ」 ドラマツルギーの現在』,岩波書店,1987,71p

(9)内野儀「野田秀樹、あるいはメロドラマの逆襲」(『メロドラマの逆襲 「私演劇」の80年代』,勁草書房,1996),105p

(10)前掲書,109p

(11)前掲書,258p

文字数:8129

課題提出者一覧