『この世界の片隅に』批判

今回筆者は『この世界の片隅に』を2回見た。面白くて2回見たのではなく、「映画を批評するなら2回見ろ」という、とある映画作家の意見に従って、である。2回とも苦痛だった。自身でもなぜこれ程苦痛なのか不可解だったが、2回見終わったとき、こういう理由ではないかということが何となくわかった。以下にそれを述べたい。

まず前提としてストーリーを確認しておきたい。『この世界の片隅に』のストーリーは次のようになる。

「戦時下、とある広島の海苔農家の娘が呉の男に見初められ、嫁ぐ」

基本的に、これだけである。途中、主人公の右手が、手を繋いでいた義理の姪と一緒に爆弾で吹き飛ばされたりするが、大体は上記のような話である。おそらく制作者の意図として、とりたてて特徴のない平凡な一般市民の戦時下の日常を淡々と描く、ということがあったと思われる。

ただ、これには続きがある。嫁いだのち、終戦を迎えた主人公は呉から広島の実家へ里帰りする。当然原爆の直撃を受けた広島の被害は甚大で、既に両親は亡く、生き残ったのは妹一人である。里帰りを済ませた主人公は呉へ帰るが、その道中原爆により孤児となった見知らぬ女の子を拾い、嫁ぎ先へ連れ帰る。

問題はこの「女の子」のシーンである。この「女の子」はどうやら家に母親と二人でいたとき被爆したらしく、並んで昼日中に母親といるその光景が白い光に包まれ、次のカットでは既に広島は地獄と化しそこをよたよたと歩く瀕死の、やはり右手を失い、その右腕にガラス片を突き刺したまま歩く母親と、残った左腕にすがる「女の子」というシーンへと転換する。行き場もなく文字通り暗黒の世界で娘と二人、へたりこむ母親はその後みるみるうちに腐っていき、左耳からは蛆が這い出し、それでもまだその隣にいる娘は必死に、たかる虫を追い払うが、やがてその死を悟ったらしく、とぼとぼとその場を離れ、やがて何ヶ月か後、主人公夫妻に拾われる。

こう書き写しただけで、かなり劇的なシーケンスである。これに比べると主人公における「戦時下、とある広島の海苔農家の娘が呉の男に見初められ、嫁ぐ」はかなり牧歌的である(里帰りした先の、終戦数ヵ月後の(地獄だったはずの)広島でさえそうなのだ)。なぜこうなってしまうのか? ひとつには、単純に、主人公自身が牧歌的だからである。主人公はかなりおっとりした人物として設定されている(嫁いだ後しばらく、教えられるまでその嫁ぎ先の住所を知らなかった、というシーンがある)。その内的世界の表れとしてある現実の世界までもが、故に、牧歌的なのである。ふたつには、「一般市民の戦時下の日常」が主題であるらしいので、主人公の乗り越え不可能な地獄では断じてならない、ということである。なので、主人公のとりまく世界はいかに戦時下と言えど、楽園にちかしいものなのだ。

こう見てみると、ある違和感に苛まれてしまう。乗り越え不可能な痛みを抱えた「女の子」を乗り越え可能な傷を負った主人公が「拾い」、癒してやることにより自分も癒される、というこれ自体一種の「物語」になっているのではないか、と。何よりも、この映画を通して見た時、「呉に嫁いだおっとりした女の話」など、原爆で直接被害を受けた「女の子」の前ではかなりどうでもよくなるのだ。その「どうでもよ」い女が右手をなくしたこと、更に義理の姪を死なせた傷を「どうでもよ」くない女の子を庇護することにより癒す、というシステムになっている。

この映画を見て感動した、と言い募る観客は、おそらく広島で被爆した被害者以外の全員の、「ヒロシマ」に対する視線を代弁しているだろう。つまり、主人公が被爆した女の子を庇護することにより癒され、更にそれを描いた映画を見る観客が癒される、という二重構造になっているのである。「70年前にヒロシマっていうところで大変なことが起こったらしい」という情報を単なる「物語」としてしか「ヒロシマ」以外の日本人は消費する以上のことをしないのである。当事者意識を欠如させた上で。

この映画の最大の問題は「ヒロシマ」に中途半端に触れた点である。「ヒロシマ」はおそらく「それ以後」としてしか描きようがないのだ。それをこの映画では最後の刺身のツマのようなものとして扱っている。これでは被爆者は浮かばれないだろう。なぜなら、繰り返すが、「ヒロシマ」が「物語」として消費されてしまっているからだ。

これが、筆者が『この世界の片隅に』を鑑賞して苦痛だった理由である。おそらくもう二度と見ることはないだろう。

文字数:1851

課題提出者一覧