Time+Line=Free(水村美苗『私小説 from left to right』と小説の自由)

 

これは水村美苗の小説『私小説 from left to right』(以下、水村の小説を示す場合は『私小説』、ジャンルとしての私小説を表す場合は「私小説」と表記します)から採ったページです。
文章自体は、芥川龍之介の小説『舞踏会』からの引用なのですが、内容を読む前に、文章が織りなす左右対称の図形が目を引くと思います。
図形、と書きましたが、これはやはり一つの文章なのであって、絵画ではない。

この論考は、どうして水村美苗がこのように書いたのか、書かざるを得なかったのかということを中心の問いに据えながら、同時に、そこから自ずと見えてくる「小説の自由」についての思考です。

1、
水村美苗(以下、作者を示す時には水村、小説の主人公を表す時は美苗とします)が1995年に執筆した『私小説』はタイトル通り、水村の体験を元にした私小説になっています。小説では、小学生の時に渡米した美苗という主人公が、アメリカという異国の地で感じる不安や、居心地の悪さが、彼女の姉との会話を通じて告白されます。彼女は、ある事情で両親と別居しており、日本にも帰る家がなく、自らのアイデンティティを確立できないでいる。
また、全編を通して横書きであり、現代日本語、古典日本語、英語、漢字の羅列、など様々な文字種が頻繁に登場することが、本作品の大きな特徴です。

 

West Villageに住んでいる小説家志望のSarah Bloomは、あの口頭試験に落ちたRebecca Romberと同じHigh schoolで一緒だった友人だが、下がった目じりに猫背の「殿」を素敵だとさえ思っていてくれたのである。
 ――I find him better looking than Toshiro Mifune.

 

このような文章が全編続くのです。
全てが現代日本語で書かれている小説と違い、読んでいる時に読者はあるぎこちなさ、つっかえを感じます。それはもちろん、文字種の違いから来ているのですが、そうした読みにくさが最高潮に達するのが前掲の図形的なページだと思います。なにせ、きれいに整った近代文学の文字列に慣れている私達からしたら、あのような文字列は視覚的な意味で読みにくい。
どうもこの小説はすらっと書いてしまえばよいことを文字の種類を変えたり、文字列の位置を変えたりしてわざと読みにくく、ぎこちなく書いているようです。
こうした書き方への注目に最初の問いを説くカギがありそうです。では、文芸批評の歴史において書き方への注目はいつから始まったのでしょうか。

 

2、
『私小説』は、様々な書き方で、主人公の会話や、心情が書かれているわけですが、こうした書き方への注目にはある歴史があります。
代表的なものは18世紀の思想家G.E.レッシングの『ラオコオン』でしょう。この本の副題は「絵画と文学の限界」となっていて、その2つの芸術形式の特徴と差異を詳細に検証しています。
彼によればある対象を描写する時、絵画は描写したものが一瞬で視野の中に収まる。それに比べ、小説はある対象の特徴を言語で列挙することしか出来ず、絵画では瞬間的に把握することが出来る対象を、読むことそのものの時間性によって、統一的に把握することが難しくなってしまう。
では、「文学」は「絵画」に劣っているのか。そう一概には決められません。
文学が絵画に優っている点は、静態的な事物における特徴の列挙ではなく、動作性=時間を伴った事物の行動を書けることだ、とレッシングは結論付けています。
レッシングの先見の明は、小説を書くとき、書くことそのものに時間性が宿ってしまう、という当然と言えば当然のことに気が付いたことでしょう。書く内容ではなく、書き方に注目することでその時間性にレッシングは気づいたのです。

この絵画と文芸における時間の問題に、絵画の側から疑問を投げかけた人物がいました。

20世紀ロシアの抽象画家、V.カンディンスキーです。
カンディンスキーはその著書『点と線から面へ』において、絵画の構成要素を点と線という2つに分けて考えたのですが、その時に彼は線と時間の関係についてこう述べています。

時間の要素は、一般に線においては、点におけるよりも非常に大きな規模で認められる。――長さとは時間の概念である。(W.カンディンスキー『点と線から面へ』)

 (カンディンスキー『コンポジションⅧ』、1923年、単純な点と線によって画が成り立っている)

 

線の長さとは時間であり、長さを持つ線は必然的に時間性と密接に関わる。
カンディンスキーは文芸だけでなく、絵画にも線を書く時間がある、というこれまた当然ともいえる発見をしたのです。カンディンスキーは、書かれている内容よりも、その内容を構成する点や線に注目し、「時間」の要素が考慮されていない絵画制作は、浅薄であるとさえ言っています。
このような主張がなされる時、レッシングもまた、文芸と時間が、深く関わっていると言ったことを思い出します。
そこで、大胆にこう言ってみることが出来ます。

 つまり、線とは文章のことである、と。

私たちは、ある文芸作品を読むときに、あたかも線を描くかのように、その文章をなぞっているのではないか、そういうことです。だから私たちは、小説について、絵画を見るかのごとく見る/読むことが出来るのではないか。しかもそれは、書かれた線の痕跡を見る絵画とは違い、自分の視線で、自発的に描かなければならない線でもあるのです。

こうした視点でもう一度、水村の小説に立ち返ってみましょう。

3、
『私小説』における前掲した部分の特異性について考えるときに、形式と、内容の2つの側面から考えてみたいと思います。まず、形式についてですが、これを考えるときに次のような問いを軸に考えることが出来ます。

つまり、 ①なぜ、この文章は歪曲するのか?
②なぜ、この部分は引用文なのか?
③なぜ、私小説というジャンルの中でこのように書かれるのか?

という3つのポイントです。

①と②については、これらは不可分の関係にあるので、一緒に考えていきます。
この部分は前述したように、芥川龍之介の『舞踏会』から採られているのですが、文章にこの操作が加わっているのはこの部分だけであって、他の文にはない。だとすればこの部分が「引用文」であることが重要な意味を持ってくるはずです。そもそもこの引用文は、美苗が昔に読んだことのある文章として作中で取り上げられています。つまり、私たちはこの文章を、美苗が読んだように読むことになるわけです。
しかし、美苗がこの文章を読むときと、私たちが『私小説』上でこの文章を読むときの決定的な違いが1つある。
それは時間です。
つまり、この文章が歪曲していることそのものにより、真っすぐに、整然として書かれた文章を読むのに比べて、時間がかかるわけです。カンディンスキーは同じ長さの線、つまりこの場合は同じ表現がなされている文章でも、それが直線なのか、曲線なのかでそこに生じる時間が異なるということを言います。
近代文学が絵画の一点透視図法のように、過去から未来に向かう等質な1本の時間の流れを前提にしていることは、柄谷行人が『日本近代文学の起源』で指摘したことですが、この小説はありとあらゆるところで「時間」を異化しているように、つまり、作中における等質な時間の流れをわざと断絶しているような節がある。
英語混ざりの文体がこの小説にとって決定的に重要なのは、それがアメリカで育つ主人公のリアルを表現しているからではありません。それを読むとき、作中の時間と現実の時間が異なるからです。もちろんどのような小説であれ、その2つの時間は異なるのですが、この小説が徹底しているのは、本来ならば、作中と現実の時間とで一致するはずの会話文や、(物語で登場人物が読む)引用文のレヴェルにまでこの時間の異化が発生している、ということです。(前記の引用した部分を参照すれば、会話にまで、アルファベットが入り込んでいることが確認できます)特に引用文に関しては、描写の長さを長くするということが不可能なので、このような操作に至るのです。私小説はその性質からも理解できるように、作者と主人公の暗黙の一致を前提としているのですが、線描の時間性そのものによって本来一致するはずのその2者の時間さえ不一致になることが強調されるのです。
その点において、言語を図形的に配置することで新しい詩の表現を目指す、コンクリート・ポエトリーではなく、小説という、等質な時間性を前提とした(されていた)メディアでこの配置を行ったことの意味があるのです。

さて、③ですが、ではなぜこうした書き方が、時間の異化の徹底が、「私小説」というジャンルの中で行われたのでしょうか。
「私小説」というジャンルの話について芥川龍之介は、デカルトのコギト的「私」を自明として、均質な時間軸を形成する近代小説に対抗出来得るものとして「私小説」を捉えていました。「私小説」は3人称客観描写を実現すると同時に、実際は1人称的な語りを行うということから、視点が分裂し、「私」が解体する小説だということでしょう。芥川は次のように言います。


「話」らしい話のない小説は勿論唯身辺雑事を書いただけの小説ではない。それはあらゆる小説中、最も詩に近い小説である。(中略)「純粋な」と云ふ点から見れば、――通俗的興味のないと云ふ点から見れば、最も純粋な小説である。もう一度画を例に引けば、デッサンのない画は成り立たない。(カンディンスキイの「即興」などと題する数枚の画は例外である)しかしデッサンよりも色彩に生命を託した画は成り立ってゐる。幸いにも日本へ渡ってきたセザンヌの画は明らかにこの事実を証明するであらう。僕はかう云ふ画に近い小説に興味を持つてゐるのである。      (芥川龍之介『文芸的な、あまりに文芸的な』)

 

ここでデッサンが無い画として芥川が排除したカンディンスキーにこそ、私たちは新しい「私小説」を見るのです。カンディンスキーの画は、書かれている内容ではなく、その書き方そのものに注目するのです。
芥川は、多視点を1つの平面に盛り込むセザンヌを目指しました。しかし柄谷行人が指摘するように、その試みは失敗してしまい、「私小説」を「近代文学の制度をくつがえすものでなく、逆にそれを補完し活性化する装置」にしたと言います。ここではその柄谷の議論は詳しく追いませんが、その失敗が日本という独特の風土に基づいていた、ということは指摘しておきましょう。
単純に言い換えるならば、この「私小説」は内容のみの操作に過ぎなかったために近代文学に新しい知見をもたらさなかったということです。
だからこそ、水村は書かれている内容で3人称を突き崩すのではなくその形態で、――小説内の時間を異化することで――「私」を解体することを試みたのではないでしょうか。
水村のこのページでは、時間が異化されることにより、様々な時間軸が入り乱れ、作者と主人公と読者の時間が分裂します。それこそ芥川が目指す「私」の解体を、新しい形で、「私小説」という枠組みの中において行う意味だったのではないでしょうか。
だから、この操作は、『不思議の国のアリス』や『トリストラム・シャンティ』における図形的な文章配置とも違って、私小説という手法で、そして日本で行われる必要があったのです。

4、
ここまで、『私小説』の前掲した部分における、形態から見た特異性を分析してきました。
引用文の時間を異化する、という実用的な方面でこのような図形を描くことになったにせよ、そこには図形的に文章を書くことによって生成される新たな意味があります。(それがテクストの持つ力でもあるのです)それを、小説の内容と関連させて示そうと思います。
今まで、時間と線、という単語にこだわって話を進めてきたのは、もちろんその要素がこのページの持つ意味を明確にさせるからです。
しかし、もっと重要なのは、線の種類から生じる時間の違いによって、それが画に与える影響が異なるというカンディンスキーの発言があるからです。
つまり、様々な書き方で書かれるということは、それが持つ時間的な意味以上の、ある印象を読者に抱かせる。
もう一度、前掲した『私小説』に出てくる特徴的なページの写真を見てみましょう。
視覚的に見て、そこでは視線は左から右へ波打つようなうねりを繰り返します。ここで重要なのは、視線がどのように動いているか、ということでしょう。順序立てて並べられた普通の小説とは違い、このページでは文章が左の方に寄ったり、右に寄ったりというのを繰り返すので、私たちの視線が宙ぶらりんの状態に置かれます。
時間を異化するという目的ならば、とりあえず歪曲すればよいだけで、決してこのような歪曲でなくてよかったはずです。しかし、水村はそうする。
カンディンスキーによれば、キャンバス上における右と左、という対比は以下のようなものです。

左へ――戸外へ出る――というのは、遠方への運動である。人間は慣れた環境から遠ざかり、まるで硬直した雰囲気で彼の行動を抑制し、彼を煩わせていた慣習形体から解放され、もっと多くの空気を吸うのである(中略)「右」へ――内に束縛される――というのは、家へ向かう運動である。この運動はある疲労を伴い、その目標は静寂である。
(W.カンディンスキー『点と線から面へ』)

引用文中の彼、を美苗、に変えてみると驚くほど作品の内容に一致するのではないでしょうか。
左から右に向かう運動とは、遠方(=アメリカ/日本)から家(=日本/アメリカ)へ向かう運動なのです。
だとすれば、美苗がその2つの間で宙づりにされるように、私たちの視線もまた遠方と家の間で、宙ぶらりんになってしまう。視線が宙づりにされることによって、美苗の状況が象徴されていることもさることながら、ここで確認しなければいけないのは、そうした状況を作る作者と美苗の関係です。
作者はこのような右と左の間での揺れ動きを強調することで、美苗のアイデンティティ決定性の不可能さを認識していて、そのことがこのページのように書かれることによって示される。夏目漱石は、西洋思想の根本に、1つの一貫したアイデンティティを作る強制力があることを示していましたが(他の可能性全てを捨てて今、「私」はここにいる、という考え方)、ここで作者が行うのは、そうしたアイデンティティをわざと確立しない、という書き方です。右か、左か、不安定なままにしておく。美苗の方はアイデンティティを探し求めて、日本に帰る最後までそれを見失っていますが、水村ははっきりと、書くことによって、アイデンティティ探し(=西洋の考え方に乗ること)を放棄し、宙づりにした。
柄谷行人は「私小説」が、何か人に言えないようなことを「告白」するのではなく、逆に「告白」することによって何か人に言えないようなことを作る、と言いましたが、まさに、水村はこのように書くことによって、美苗のアイデンティティ決定性の不可能さを、美苗と同一化することなく示したのです。
このページは、線描の自由を獲得することにより、内容においても形態においても「私」におけるアイデンティティの解体と放棄が行われているのです。

5、
ここで重要なのは、なにもすべての小説について、水村が行ったように線を歪曲させればよい、といった一般論に行き着くことではなく、水村のこのページが読み手の自由を強く喚起させ得る可能性を持つということです。前項で分析したように、時間と線という、2つの絵画的な要素に注目しながらこのページを読み直すことが可能であり、逆にそうした読みが今までとは異なる作品像を生み出すことがあるのではないか、そのような視点を持って考えた時、『私小説』は線描の自由を手に入れることによって、ありとあらゆる特異性を手に入れたと言えます。それは小説における複雑な時間の異化や、文章の図像学的な配置による新しい意味の創出です。そしてそれらは、すべて水村が試みる「私」の解体を推し進めた、新しい「私小説」の構築へと向かっているのです。

だとすれば、私達は、今、こう、断言できます。

小説には線描の自由があり、それらをうまく利用することで、新しい意味が創出できる、と。
そして読者や批評家も、そこから更に新しい、余剰としての意味を汲み取ることが出来るのだ、と。

 

文字数:6669

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