アメリカの友人と観る『この世界の片隅に』

 『この世界の片隅に』を映画館で観た時に、私はアメリカの友人のことを考えた。映画の後半で、すずさんの右手と、晴美ちゃんが時限爆弾によって吹き飛ばされる場面、すずさんを狙うアメリカ軍機による機銃掃射の場面、原子爆弾後のヒロシマを描いた場面を、彼はどんな気持ちで観るのだろうか。彼は、すずさんが絵を描くことが好きであることと同じように、ロボットや人工知能が好きで情報工学を勉強している。すずさんが大日本帝国に関してぼんやりとしたことしか知らない以上に、彼は自分の生まれ育ったアメリカに興味がない。私の知っているアメリカの友人は彼しかいないため、彼のことから考えてしまったのだが、アメリカでの公開は8/11からなので、この文章を書いている時点では彼も他の多くのアメリカ人も『この世界の片隅に』を観てはいない。(「LAフィルムフェスティバル 2017」のコンペティションにラインナップされたため6/20にアメリカ国内では上映はされてはいる)私と同じように、アメリカ人の友人がいる日本人のそれぞれが、普段意識することのない、戦勝国と敗戦国という事実を意識しながら、『この世界の片隅に』を観る時に、お互いにどういった気持ちになるのだろうか。

 私は現時点でのアメリカ国内での映画の評判が気になって、映画レビューサイトのRotten Tomatoes[ⅰ]で『この世界の片隅に』の洋題である『In This Corner of the World』を検索した。Rotten Tomatoesは、様々なメディアに掲載された批評家のレビューへのリンクと、その評価(「fresh(新鮮)」か「rotten(腐ってる)」の二者択一)を掲載しているサイトで、批評家全体で「fresh」が60%以上であれば、「fresh」。59%以下だと「rotten」となる。また、トップ批評家からの5件のレビューを含め、定評のあるレビュー(限定公開映画の場合は40レビュー)の後、安定した評価が75%以上の場合は「Certified Fresh(新鮮認定)」を受ける。今のところ、20人の批評家(内トップ批評家は2名)全てから「fresh」とされており、ほとんどのレビューも肯定的で、片渕須直監督に対する賛辞に溢れていた。しかし、中には否定的なレビューもあり、Movie NationのRoger Moore氏[ⅱ]のレビューでは、大和といった戦艦が日本の誇りとして描かれる点や、軍縮による工員削減の憂き目にあったことを北条家の人々が思い出す点をあげ、日本は経済的理由のために武装化し、侵略し、『ザ・レイプ・オブ・南京』を行わざるをえなかったんですね!といった皮肉が書かれている。また、Radio TimesのTrevor Johnston氏のレビュー[ⅲ]では、文末で、日本人がアメリカの戦争の被害者であるという永遠の感覚に対しての懸念を述べつつ、国家の犯罪性を軽視することは、現代日本の中ではうまくいくかもしれないが、その態度は戦時中にその犯罪を肯定していた側と同じ心持ちになる可能性がある、と書いている。彼らの書いている内容に対して真っ向から反対するつもりではないのだが、アメリカの映画を観て、アメリカの音楽を聴いて、アメリカのジャンクフード的な食生活に近い環境で生きている自分にとっては、作品内で敗戦後にアメリカの残飯雑炊の配給を食べたすずさんと径子さんが「うま!」(漫画版だと「uma!」)というあの場面こそが、もっとも強い共感を覚える場面である。(個人的には邦画が再興されつつある現代より、アメリカ映画が見放題だった戦後すぐのオキュペイド・ジャパンの映画的状況には憧憬すら覚える)あの場面こそが日本からアメリカへのメッセージだと私は思う。アメリカ側でも、Empire MagazineのDan Jolin氏のレビュー[ⅳ]では、「すずの怯まないブラックユーモアのおかげで、あなたも笑顔になるでしょう。さらにいえば、衰弱したすずが、通りがけの米国の占領軍が通過するのを見ながら、泣きそうになると、皮肉な口調で「塩分がもったいない」と言うようなシーンだ」(筆者訳)とあり、戦後のアメリカに対する部分をユーモアとして捉えている批評もある。極東の野心的かつ狂信的な軍事国家を今ある「日本国」という民主的な同盟国へと導いたことは、アメリカにとってその後の朝鮮、ベトナム、アフガニスタン、イラクといった介入後に現地での民主的な政権を樹立しようとして、ことごとく全てうまくいかなかったことを考えれば、唯一と言っていい成功例であり、彼らにとっても歴史的な誇りなのである。

 しかし、太平洋戦争は、アメリカと日本だけが戦争をしていたのではない。Variety(海外の映画批評では馴染み深い)のMaggie Lee氏(前述したトップ批評家の一人)のレビュー[ⅴ]では、「それでも、『火垂るの墓』のように、中国や韓国の一部の視聴者は、日本の民間人の苦しみのみに焦点を当て、日本の戦争責任を回避するための「被害者ヅラ」と解釈するだろう。すずが韓国の国旗を見て、大日本帝国の抑圧が露見した時の、原作漫画の場面と映画の同じ場面での台詞の変更点に関しては、既に各国内で議論が引き起こされている」(筆者訳)上述の場面は、原作漫画では、すずさんのモノローグで、下記のように書かれている。

 

「この国から正義が飛び去ってゆく」

韓国の旗が上がる。「……………………ああ」

「暴力で従えとったいう事か」

「じゃけえ暴力に屈するいう事かね」

「それがこの国の正体かね」

「うちも知らんまま死にたかったなあ……」

 

この明確な日本による武力支配を意味していたモノローグが、映画では別の台詞に変更されている。現在の日本の状況に対して、映画『この世界の片隅に』製作チームのどのような意図、忖度によって、この原作との変更が行われたのか。この一点において、この作品は大きな過ちを犯していると指摘されても仕方がないのではないのだろうか。そして、それは『この世界の片隅に』だけの大きな過ちではなく、現在の日本全体の持つ大きな過ちが原因なのではないのだろうか。

 冒頭で紹介したアメリカの友人は、アニメが好きなのできっと『この世界の片隅に』も観てくれることと思う。ただし、少し心配なことがある。彼は日本で働いていた時に、自分の意思と考えを持たない日本人と働くことがあると頭痛がすると言っていた。彼はたぶん、原作漫画から変更された下記のすずさんのモノローグを聞く時に、日本で覚えた時と同じ頭痛に見舞われることになると思う。

 

飛び去ってゆくうちらのこれまでが

それでいいと思ってきたものが

だから我慢しようと思ってきたその理由が

(韓国の旗が上がる)ああ、

海の向こうからきたお米、大豆、

そんなもんでできとるんじゃなあ、うちは

じゃけえ、暴力にも屈せんとならんのかね。

ああ、なんも考えん、ぼうっとしたうちのまま死にたかったなあ。

この台詞に「その通り」と思った日本国民や、「違う」と思った日本国民、なんとも思わなかった日本国民がそれぞれにいるのかもしれない。しかし、多くの国民が動員され、周囲の言われるがままに思考停止になった結果、勝利条件も敗北条件もないまま無計画に始められた戦争によって、約310万人が亡くなり、国富の1/4強を失った。[ⅵ]この作品内のすずさんの「ああ、なんも考えん、ぼうっとしたうちのまま死にたかったなあ」という台詞の歴史的な価値は、そのまま今後の日本国の未来によって大きく左右されることになるだろう。

 

 

[ⅰ] https://www.rottentomatoes.com/

映画研究会社ナショナルリサーチグループ(NRG)が集計した統計によると「あなたが映画を見ることを決定する前に、どのくらいの頻度でRotten Tomatoesをチェックしていますか?」という問いに対して、2014年には全観客の28%がチェックしていると答えた。2016年には36%、ティーンズは23%から34%になった。https://www.vanityfair.com/hollywood/2017/06/how-hollywood-came-to-fear-and-loathe-rotten-tomatoes

 

昨年2014年9月のindependent紙では、Amazon.comがMetacriticと、iTunesがRotten Tomatoesとそれぞれ提携し、両サイトの評価数値を活用しようしていることに触れ、レビューの数値化がビジネスに組み込まれ、消費者の判断に深く入り込こもうとしている現状に警鐘をならしている。同記事では、集積されたレビューの数値化は、レビューの平均値を示しているにすぎず、本来多様であるはずの文化的価値が実態のない数字上の中間点に委縮する危険性があるとして、あくまで自らで考え、選び、評価する姿勢を忘れてはいけないとまとめている。http://www.independent.co.uk/voices/comment/a-lot-of-people-might-like-u2-for-some-reason-but-that-doesnt-make-me-want-to-listen-to-them-9734595.html

 

[ⅱ] https://rogersmovienation.com/2017/07/29/movie-review-anime-depicts-japan-on-the-home-front-in-wwii-in-this-corner-of-the-world/

Movie Nationは、どうやらRoger Moore氏個人で運営されている映画批評サイトのようで、氏自身はMcClatchy-Tribune News ServiceというワシントンにあるTribune系のニュースサイトに寄稿していることが多いようだ。

 

[ⅲ] http://www.radiotimes.com/film/fmcwpx/in-this-corner-of-the-world/

[ⅳ] http://www.empireonline.com/movies/corner-world/review/

[ⅴ] http://variety.com/2017/film/asia/in-this-corner-of-the-world-film-review-1201998441/

[ⅵ]

『戦後史大辞典』(三省堂、1991年)編者:佐々木毅・鶴見俊輔・富永健一・中村政則・正村公宏・村上陽一郎http://www.geocities.jp/hhhirofumi/paper13.htm
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AC%AC%E4%BA%8C%E6%AC%A1%E4%B8%96%E7%95%8C%E5%A4%A7%E6%88%A6%E3%81%AE%E7%8A%A0%E7%89%B2%E8%80%85
http://www.esri.cao.go.jp/jp/sna/data/data_list/kokufu/pdf/2212_2.pdf

文字数:4605

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