片渕監督 VS 原作厨

 序、

 片渕須直監督のアニメ版『この世界の片隅に』は2017年11年に公開された。原作はこうの史代によって書かれたマンガで、第二次世界大戦中の広島、呉を舞台に、主人公すずの日常を丹念に描かれた映画史上に残る傑作である。今回は、そのような作品の批判をせよという事だが、唯一、挙げるとしたら、性差の問題。それも、片渕監督の問題である。片渕は男性、原作のこうのは女性である。その性差がアニメ版『この世界の片隅に』には色濃く出てしまっている。それが、映画の長所にもなっているし、短所にもなっている。そこを批判したいのである。それでは、本論をすすめていく。

 1、リンさん問題

 映画は基本的に、原作に忠実に沿って作られている。しかし、原作と異なるセリフやカットされているシーンがある。今回はここに注目したい。まさに、そこにこそ性差の問題が関わってきているのだ。
 まず、これはよく言われている事だが、原作では重要な役割を果たしている遊女のリンとの交流のシーンがカットされていることだ。これについては、片渕監督は「すごく単純に、大事なところをあえて切ろうと思ったんですよ。そうしたら『そこをつくらないと話にならないよ』って文句を言うひとが出てきて、また続編をつくれるかもしれない(笑)。*1」と語っている。一方で、これについて哲学者の東浩紀は自身のTwitterでカットされたシーンについてこのように述べている。

アニメ版「片隅に」はたいへんな傑作だと思っています。けれども、同時に原作との違いもあり、とくに、嫉妬=性欲があり不妊に悩む女性としてのすずについては、その描写を入れるとアニメとして難しいと判断されたのだと思う。それは正しい判断だけど、同時にアニメの特性も示している。以上で終わり。*2(Twitter 2017年2月9日 18:04)

 また、アニメーション監督・演出家の山本寛も「女性のドロドロした部分をバッサリ切ったのは英断。*3」と述べている。本当のところはなぜカットしたのかわからない。ただ、ここでは東や山本のような判断があったうえで、カットされたという前提で考えていく。このような前提にたったうえで、ヒントとなるのは、主人公のすずの声優に選ばれたのん(本名:能年玲奈)の存在である。片渕監督は『あまちゃん』をみていて、のんに決めたという*4。のんはユニセックスなイノセンスがあるイメージの女優で、実際、片渕監督はのんの事を「のんちゃんという人は、キスシーンとかがメチャメチャ苦手で(笑)、メンタリティー的に本当に乙女……というより小学生女子みたいな感じであるようで(笑)。*5」と述べている事からわかる通り、のんに対して子供の心をもっていると思っている。そこから考えると、のんが演じる主人公のすずも子供の心をもっているキャラクターということになる。映画でも「子供でおるんも悪んはない。いろんなもんが見えてくる気がする。」とすずに言わせるシーンがある。
 そもそも、片渕監督は出世作である『アリーテ姫』(01年公開)や代表作である『マイマイ新子と千年の魔法』(09年公開)でも少女を主人公にしていて、子供からみた世界を描いている。そうしてみたときに、片渕監督が大人の「女性のドロドロした部分」や「嫉妬=性欲があり不妊に悩む女性」が書かれているリンとの交流のシーンがカットしたのは納得できる。ここに性差の問題が出てきている。
 原作者のこうの史代も「私としては、原作では少女のまま嫁いできたとは思ってなくて、わりに大人の女性として描いていたんですよ。(中略)それがアニメになって、少女と大人の境目の印象が強いキャラクターになったのは、映画ならではの特徴ですね。*6」と述べている。ここには、宮崎駿と同じ問題が潜んでいるのでないか。社会学者の宮台真司が宮崎駿に対して、「女が分かっていない」と言って、激怒させた問題が*7。事実、片渕監督も宮崎駿と近いところで仕事をしている。初期のアニメーションの仕事は宮崎駿が監督を務めた『名探偵ホームズ』であったし、『魔女の宅急便』も当初は片渕が監督を務める予定であった。それらを考えてみると、宮崎駿と同じように、片渕監督も少女にこだわっているのかもしれない。そこには、長所もあるが、本当の「女性」を描けていないという問題があるのではないだろうか。
 ここからは、蛇足だが、主人公すずの旦那である周作の姉である径子の描かれ方も性差が出ていると思われる。原作では結婚式をあげた後、径子が嫁ぎ先へ帰るときに、すずに「わたしは周作にはもっと慎重に嫁を選ばしたかったのですが*8」というのに対し、映画では「また来ますけぇ」にかわっている。ここにも性差があらわているように思える。原作でも、ことあるごとに「周作が」「周作が」と弟好きを発揮している。ちなみに、こうの史代の『長い道』にも結婚をしているヒロインの道とその旦那である荘介の妹も兄好きであった。しかし、これはこうの自身の問題かもしれない。だが、片渕監督が径子のセリフを変更したのは、「女性のドロドロした部分」を排除したかったからではないだろうか。では、次項では周作の描かれ方の違いについてみていく。

 2、周作問題

 ここからは、主人公のすずの旦那である周作の描かれ方について考えていく。
 原作の周作は「アガリ性」で「おとなしく」、「女々しい」人物として描かれている。例えば、映画ではカットされているシーンで、納屋の掃除をしている際にリンにあげるはずだった茶碗が出てきたときの話があるのだが、その際に周作がすずに対して、「確かにわしゃ暗いわい!!」、「ほいでも女々しい思うとろう」と言うシーンがある*9。ここには、周作の自己イメージに対する認識とコンプレックスがあらわれている。このシーンはリンに絡む話なので、カットされた可能性はある。
 だが、他のシーンでも、セリフがカットされているところがある。主人公のすずがさぎを追いかけて、あやうく、空襲で撃たれそうになったシーンで、周作に助けてもらったすずは、「広島へ帰ります」と言う。そして、そこから何度かやりとりがあったあとで、映画では周作の「勝手せえ」で終わるのだが、原作では「……そういや白木リンの消息を知りたがっとったのう」と言ったあとで、「絶対教えたらん」、「もう呉に居らんのなら関係なかろう!」と言うセリフがある*10。これなどは、いかにも「女々しい」人物のセリフではないだろうか。
 さらに敗戦後、周作が占領軍に対する反乱を制圧するため、大竹へむかうシーンで、途中まで付き添いに来てくれたすずに対して、原作では「元気での」ぐらいしか言わないが、映画では「わしは絶対帰ってくるけぇ。すずさんとこへのぅ。」と「男らしい」セリフを言う。これなどから分かる通り、片渕監督は周作の「女々しさ」を排除して、意図的に「男らしい」人物として描こうとしている。
 こうの史代の作品では、主人公が女性の場合が多いということもあり、どちらかといえば、女性優位に書かれている。例えば、先ほどもあげた『長い道』では、主人公の道の旦那である荘介は「女たらし」で「甲斐性なし」である、それを主人公の道がアルバイトをして、生活を切り詰めてまで、支えている。このように、こうの作品に出てくる男性は「魅力的」だが、どこか「ダメ」な男性が多い。『この世界の片隅に』も例外ではない。だが、片渕監督はそのような、こうのの女性優位的な作品を男性優位的に書き換えてしまっているのではなかろうか。それは、この映画の長所にもなっているが、逆に短所にもなっている。

 結、

 片渕監督は出世作である『アリーテ姫』において「フェミニズム童話」と言われる原作の『アリーテ姫の冒険』は非常に女性的な視点から描かれていて、映画ではあえて男性的な視点から描いたと述べている*11。それと同様に『この世界の片隅も』も男性的な視点から描いたと述べている。そこを引用する。

同様に『この世界』も女性論的というか、ある種のフェミニズム的な問題意識に接続しているところが確実にある。それを捉え返す上で、僕がかって『アリーテ姫』でやったことの延長上でできる気がしたんです。『アリーテ姫』は主人公が魔法によって「お姫様」という姿を取らされて、そこから自分を取り戻すっていう話だったけど、これは「浦野すず」という少女が「北条すず」という女性に変えられながら、自分を取り戻していく物語だと思えば、ある意味で『アリーテ姫』のリメイクと言えるくらい共通しているところが、ものすごくあると思った。*12(『この世界の片隅に』パンフレットより)

 このように述べている事から、片渕監督は意図的に男性的な視点から『この世界の片隅に』を描いたことがわかる。だが、このように描くことによって、主人公のすずがもっている複雑な感情をなくしてしまい、周作の「ダメ」だけど、「魅力的」なキャラクターを、「男らしい」けど、「つまらない」キャラクターに変えてしまった。
 以上の事から、片渕が男性、こうのが女性という性差の違いが作品に出てしまっているのではないだろうか。そして、それがアニメ版『この世界の片隅に』の短所にもなっている。そう、このような批判する者のことを人は「原作厨」という。

 


*1 『ユリイカ』青土社、2016年11月号 94頁。

*2 https://twitter.com/hazuma/status/829873655156838400

*3 「山本寛監督『この世界の片隅に』を語る「女性のドロドロした部分をバッサリ切ったのは英断。僕なら残した」ニコニコニュース 2016年12月1日、http://news.nicovideo.jp/watch/nw2536591

*4 『美術手帖』美術出版社、2017年2月号 106頁。

*5 真木太郎『この世界の片隅に』パンフレット 「この世界の片隅に」制作委員会 株式会社ジェンコ、2016年11月。

*6 同上。

*7 宮台真司『援交から天皇へ』朝日文庫、2002年11月 264頁。

*8 こうの史代『この世界の片隅に』上 双葉社、2008年2月 第2回。

*9 こうの史代『この世界の片隅に』中 双葉社、2008年8月 第17回。

*10 こうの史代『この世界の片隅に』下 双葉社、2009年4月 第35回。

*11 真木太郎『この世界の片隅に』パンフレット 「この世界の片隅に」制作委員会 株式会社ジェンコ、2016年11月。

*12 同上。

 

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