映画『この世界の片隅に』。 ヒロインの成長に戦争は必要であるか?

 

2016年は日本映画にとって画期となる作品が次々と登場した年だった。福島第一原発という現在進行形の問題を扱いながら、興行的にも成功した庵野秀明総監督の『シン・ゴジラ』。圧倒的な映像美をもって、宮崎駿監督『もののけ姫』を抜く興行成績250億円を記録した新海誠監督『君の名は。』もあった。だが、その2つよりも深く印象に残る作品がある。こうの史代原作、片渕須直監督のアニメ『この世界の片隅に』だ。マンガ原作を忠実に映画化したこの作品は、制作費を集めるのに苦労し、クラウドファンディングを利用したことでも知られている。上映館は63館と少規模でスタートしたものの、ネットを中心に口コミで好評が伝わり、最終的には25億円を超える立派なヒット映画となった。

 

だが、この素晴らしい映画にも残念な話がある。絵コンテ段階で用意されたストーリーのうち30分ぶんがカットされたことだ。ラジオ番組(*1)に出演した片渕監督は、原作にあった遊女りんと主人公すずの夫・周作の関係がカットされていることを質問され、「2時間では語れないのだとしたら、いっそ凄く大事なところを切り落としてしまおうと思ったんです」と答えている。制作費が原因であるならば、大幅なカットは無理ないと言えなくもない。しかし、そのために原作にあったメッセージが歪められたとしたら、それはやはり問題ではないか?

 

このアニメ映画では、何年何月の出来事であると度々画面に示される。フィクションではあるが、あくまでも現実をベースにした物語であることが示される。昭和9年から昭和21年1月までの日常を中心に登場人物の生活が描かれる。主人公のすずは周りよりもずっと迂闊な存在で、ドジでぼおーっとした女学生すずのコメディとして物語は始まる。だが、この映画が事実を元につくられた作品である以上、太平洋戦争に突入して行くことは免れない。ましてや、彼女の生まれた街は広島なのだ。それでもこの映画が日常を中心にして描かれていると言うのは、すずが自分のペースを乱さず、のんびりしたまま状況に淡々と適応して行くからに他ならない。

 

この映画をすずの成長物語として観た場合、注目しなければならないのは、呉の遊郭で働く遊女りんとの関係だ。同じ年頃の2人はまったく違う人生を歩んでいる。彼女の登場場面を原作マンガから抜き出して紹介すると以下のようになる。りんが最初に登場するのは、二人がまだ子供の頃のことだ。お盆なのだろう。すずは家族とともにおばあちゃんの家に行く。おばあちゃんは孫たちに着物を仕立てて待っていてくれる。そして、墓参りを終えすずたちは昼寝するのだが、そこで不思議なことが起こる。天井裏から薄汚れた少女が現れて、すずたちが食べたスイカの皮をかじりだすのだ。これは現実か、それともすずの夢の中なのか? 不思議に思いながらも、挨拶をして新しいスイカを持って来る。しかし、戻った時には少女はおらず、スイカと家から着て来た着物を彼女の為に置いて行くことにする。おばあちゃんは「優しいね」と言って頭をなでてくれた。「人から優しいといわれたのは わたしはたぶん初めてで」とすずの気持ちが書かれている。

 

2回目に2人が会うのは、すずが結婚して呉に来た後のことだ。配給も既に停止され、貴重品となっていた砂糖をすずはダメにしてしまう。それで闇市に出かけるが、帰り道がわからなくなり遊郭に迷い込む。そこで声をかけてくれたのがりんだった。2人はお互いのことを覚えていない。だが、りんの話す子供の頃のエピソードから、読者にはあのスイカの子だとわかるのだ。すずにとっては悩み事も相談できる生まれて初めて友だちと呼べる存在だった。

 

ここで気づくことがある。すずはりんに会う度ごとに人間的成長を見せるのだ。なぜだろう? 1回目は人に優しくすることを覚え、それがとても素敵なことだと気づく。2回目の後には、りんを意識してか化粧することを覚え、自分が大人の女性であることに気づく。さらに、夢の中にいるようで「いまのうちがほんまのうちならいい」とまで周作に話すようになる。砂糖すらまともに入手出来ない戦時中のことだ。すずの呑気さを感じさせる発言ではあるが、忘れてならないのは、彼女が両親に決められるまま、相手の名前も家の住所もわからないまま嫁いで来るような子だったことだ。すずは漸く自分の人生を生き始めた。

 

3回目は妊娠したと思い、病院に行った帰りに遊郭に立ち寄る。ここで2人の奇妙な縁がもう一つ浮かび上がる。夫の名前が周作であることをすずが告げるとりんは複雑な表情を見せるのだ。そして、少しいじわるな話をして、すずを困らせる。実は、すずと結婚する前、周作はりんと結婚したいと考えていた。すずが屋根裏にあったりんどうの花が描かれたきれいな茶碗を見つけ、その意味を知らずに周作に問いかける。「嫁に来てくれる人にやろう思うて 昔買うとった物じゃ」と周作は言い、すずは自分の為に用意してくれた物だと勘違いして喜ぶのだ。だが、「どうにも見るにたえん」と意味深な発言を周作は加える。

 

すずがその真意に気づくのは数日待たなければならない。家族の中で自分だけが知らない夫の秘密に気づき、自分がりんの代用品なのではないかと塞ぎ込む。それでも、すずは自分の暗い気持ちの正体に気づいていない。それに気づくのは、初恋の相手、水原哲が訪ねてきたときだ。海軍に入り水兵になった哲は既に死を覚悟しており、最後だと思いすずに会いに来た。周作はその気持ちを察し、納屋で2人きりの夜を過ごさせる。だが、すずはそこで初めて周作への愛に気づく。哲のことを拒み、この状況をつくりだした周作に腹を立てるのだ。数日後、すずは「夫婦いうてこんなもんですか?」と周作に怒りをぶける。愛に気づいただけでなく自分の意思を表明できる女性になっていた。

 

4回目は雪の積もった日、闇市の帰りに遊郭に行くのだが、会うことができず茶碗だけをりんの仕事仲間のテルに預けて帰る。2人が再会するのは桜の季節になってからお花見に来た公園だった。りんは「人が死んだら記憶も消えて無うなる 秘密は無かったことになる」とすずに告げる。戦況は悪化しており、りんは自分の死が近いことを感じていたのだろうか。このあと2人が住む呉に大空襲があり、再会することはなかった。

 

原作マンガにあったすずとりんの会話はこの4回だが、そのシーンを振り返るだけで遊女りんの存在の大きさがわかる。だが、ここで問題が起こる。映画では3回目、4回目の出会いはカットされているのだ。既に書いたように原作ではりんや家族との関係を通してすずは成長したと読み取れるが、映画においてはその部分が大幅にカットされた為、戦時における過酷な状況に適応することですずは成長したと見えてしまうのだ。食料がなくなれば工夫して料理をつくり、片手がなくなっても火事を消火し、すずは戦場のヒロインとして立派に戦ってみせた。だが、片渕監督は本当にそのようなメッセージを伝えようと考えたのだろうか?

 

例えば、大阪府知事、大阪市長を歴任した橋下徹は、その就任前の2005年に関西ローカル局制作のテレビ番組(*2)で以下のような発言をしている。「(戦争に)勝つ為には傭兵制なんだけども責任を根付かせるためには絶対僕は徴兵制は必要」と語っている。軍隊における厳しい訓練に耐えることで初めて、責任を持てる大人になるという発言だ。映画『この世界の片隅に』を橋下のこの発言と同質のものとして受取るべきなのか? そうではないだろう。戦争によって成長するは、原作者こうの史代や監督である片渕須直の意図したメッセージではなかったはずだ。りんと周作の関係をカットしたのは失敗だと言える。

 

遊女りんは私たちが忘れようとしている戦争のメタファーだ。それは苦い経験に他ならない。だが、再びその悲惨な道を歩まぬよう、覚えておくべき大事な記憶なのだ。彼女が最後に言った「人が死んだら記憶も消えて無うなる 秘密は無かったことになる」は、過酷な戦争の現実を忘れつつある私たちに向けてのメッセージであり、絶対にカットされたはならない言葉なのだ。

 

オタク評論家として知られる岡田斗司夫のネット番組(*3)に出演した映画のプロデューサー真木太郎は、「監督にその気があればかなえてあげたい」と絵コンテ段階でカットされた30分を加えた完全版制作の可能性を語っている。そこにはもちろん遊女りんと周作の関係も描かれていることだろう。映画のヒットによって実現は現実味を帯びて来ている。その公開を待つ人は沢山いるのではないだろうか。(おわり)

 

  • 1:TBSラジオ『荒川強敬デイキャッチ』2016年12月6日放送
  • 2:読売テレビ『たかじんのそこまで言って委員会』2005年6月5日放送
  • 3:ニコニコ生放送『岡田斗司夫ゼミ』12月4日放送

文字数:3615

課題提出者一覧