この不安と戯れる為の文学。または、小沢健二の復帰を祝って

 

流行語とは呼ばれなくとも我々の生活に深く浸透して使われる言葉がある。例えば「ステマ」がそうだ。それはステルス・マーケティングという広告用語を日本的に縮めたものだが、消費者に広告と気づかれないように広告を行うことをいう。実体もないのに「○○が高校生の間で人気!」などという記事がつくられたときに「またステマかよ!」と吐き捨てるように使われる。ステマはもちろん偽情報であるが、効率よく多数派につきたいと考える人々が存在するので、有効な広告手段となっている。私たちの日常に空気のように存在する不自然な現象。それを晒し告発するような言葉は他にもあるだろうか?

 

「ケツ舐め」はどうか。社会学者の宮台真司は、ヒップホップ・ミュージックにおいてラッパーが使う「キス・マイ・アス」からその言葉を生み出している。それは「クソくらえ!」や「ふざけるな」という意味で使われるスラングだが、宮台が使うのは露骨なアメリカ追従をみせる日本の官僚や政治家に対してだ。2016年11月、アメリカ大統領選挙が終わりトランプ氏が当選した直後、就任前の彼を日本の首相である安倍晋三が緊急訪問した。それは世界からも注目を集めた事件だった。露骨なまでのご機嫌取り。コメディドラマに登場するヨイショしか出来ない無能な部長のようだ。宮台はこれを「ケツ舐め外交」と非難している。

 

しかし、国内だけを観れば、安倍首相の親米外交は大成功だった。この事件以降も国民の支持率は高い水準を維持し続けたからだ。恐らく日本人にとってケツ舐めは驚くべきことでも恥ずべきことでもなかったのだろう。失われた20年とも言われるデフレ不況を経験し、ケツ舐めは日本人の作法となった。それをするのはもちろん首相だけではない。職場で上司からケツ舐めを求められた経験が誰しもありはしないか? 生活水準を維持する為のケツ舐めは我々の日常に深く入り込んでいる。日本人は貧しくなっただけでなく、それ以上に貧乏臭いやつになってしまった。

 

我々は日々不安と戦っている。流動化する世界で、どのように生きたらいいのか戸惑っている。この不安がなくなることは恐らくないだろう。であるならこの不安とうまく付き合う方法がどこかにないか? できることなら核兵器を持って立派な国になるでもなく、できるだけ貧乏くさくない感じで。

 

2017年2月、1998年の『春にして君を想う』以来19年振りとなる小沢健二のシングル『流動体について』が発売された。それは19年という長さ以上の感慨をファンに与えるものだった。

 

小沢健二が最初に注目を集めたのは、1989年にデビューしたフリッパーズ・ギターのメンバーとしてだ。後にコーネリアスとして活動する小山田圭吾と共に、『カメラ・トーク』(1990年)や『ヘッド博士の世界塔』(1991年)などの名盤を残している。主に歌詞を小沢が、曲を小山田が担当していたようだ。だが、その活動期間はたったの2年ほどだった。原因はわからないが、『ヘッド博士の世界塔』発売後に二人はケンカし、予定されていたツアーをキャンセルして解散している。

 

その後、二人はそれぞれソロデビューする。彼らとピチカート・ファイヴ、オリジナル・ラブを中心にして「渋谷系」という言葉も(恐らく広告代理店によって)つくられた。なかでも小沢は渋谷系の王子様として注目を集める。2枚目のアルバム『LIFE』(1994年)の大ヒットによってCMやダウンタウンの歌番組にも頻繁に登場する人気スターとなった。

 

そこから数年、小沢は一見調子良く活動を続けているように見えた。だが、97年からその変調が表に顔を出し始める。17枚目のシングル『ある光(JFK 8’16” Full Length)』はその1曲で8分16秒もある問題作だった。問題作というのはその長さのことだけではない。小沢がポップスターから離脱すると予告する内容だったからだ。19年前、最後のシングルとなっていた『春にして君を想う』にも、再度シークレットトラックとして『ある光』は収録された。タイトルに「JFK」というニューヨークの空港が登場するように、飛行機で空港に着陸する描写もそこにあった。にも関わらず、なぜか下記の歌詞が存在するのだ。

 

  ♪  この線路を降りたら赤に青に黄に 願いは放たれるのか

    今そんなことばかり考えてる なぐさめてしまわずに

                 『ある光』作詞・作曲・編曲:小沢健二

 

この線路とは何のことだろう? 飛行機は線路を走る乗り物ではないはずだ。この2行こそが予告だった。大ヒットアルバム『LIFE』の1曲目は先行シングルとしても発売された『愛し愛されて生きるのさ』だった。その曲はアニメ映画『銀河鉄道999』の主題歌としてヒットしたゴダイゴの曲『銀河鉄道999』を元ネタにつくられている。それは銀河を走る汽車の歌だった。この曲のヒットから小沢の快進撃はスタートしている。その線路から降りると言うのだ。

 

王子様キャラとも言われるスター像を引き受けて行くことにうんざりしていたのだろう。その感情は慰められることなく、飛行機は線路を離れて飛び立つ。彼はスターシステムに乗り続けることを良しとしなかったのだ。「麻薬のように酔わせてくれる痛みを解き」スターであることをやめてニューヨークに移住してしまった。

 

2006年に発売されたアルバム『毎日の環境学:Ecology Of Everyday Life』に至っては、ついにボーカルが消えた。歌詞の素晴らしさで評価を得ていた小沢のアルバムから言葉が失われた。それは少なからずファンに失望を与える出来事だった。世間一般にも彼の存在は忘れ去られてしまう。それからさらに数年。様子が変わって来たのは2010年だった。小沢は再びコンサートツアーを行う。そして、そのなかで新曲も披露するようになった。そして、ついに今回のシングル『流動体について』の発売で本格復帰した。

 

伝説のバンド・フリッパーズ・ギター。渋谷系の王子様としてのソロ活動。そして今回・・・王子から王になっての帰還・・・ではなく、二人の子を持つ父となって戻って来た小沢健二。3度目の登場で彼は何を歌うのか? それは『ある光』でも歌われたアーバン・ブルーズだ。『流動体について』は飛行機で羽田に戻って来るところからスタートする。もし、あのときスターシステムに乗り続けていたらどうだったのか? 今自らが立つ東京と違う東京なのか? 子供たちも違う子たちなのか? 平行世界に思いを馳せながら、あのとき間違いに気づけたことに感謝して歌うのだった。

 

『流動体について』というタイトルは、もちろん「リキッド・モダニティ」という言葉を意識したものだろう。グローバル化にさらされ、なにが正しいかもわからなくなった我々、都市住民のLIFEを歌う。厳しい現実に救いを与える音楽だ。いやいや、それを言うのはまだ早いのか。彼は言葉で都市を変えると宣言しているが、実際にそれがどのような言葉になるかはまだわからない。その宣言は素晴らしいものだが、それを実現するのはかなりハードルの高い目標に見える。

 

それでも小沢健二の復帰は、日々不安に暮らす我々にとって、ほんの少し光をもたらす出来事だったのではないか? 私にはそう感じられた。既にライブで披露された新曲もいくつかある。次のシングル、アルバムを楽しみに待ちたいと思う。(おわり)

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