「ギブ・ミー・チョコ」をもっとカメラに

 

 『この世界の片隅に』はさまざまな批評家によって絶賛され、数多の映画賞を受賞してきた。これは、制作資金をクラウドファウンディングによって集め、単館上映の映画館で公開されることを想定されて作られたこと、主人公の「浦野/北条すず」を演じた「のん」が事務所とのトラブルによって芸能界を干されている状態にあったことを考えると、一つの事件であるとまで言えるだろう。その絶賛の嵐ともいえるコメント群の中で、特に評価されていた部分は、「戦時中の日常がみずみずしく描かれていた」というものであった。しかし我々は、戦時下のなかに見えるべき日常を『この世界の片隅に』に見てしまっているのではないだろうか。戦時中のとはこうあるはずだという日常描写によって、我々は単に安心することができたというだけではないだろうか。

 物語の中盤、すすが家の畑から海岸線とそれに浮かんでいる軍艦を描こうとする場面がある。しかし、憲兵に見つかりノートを取り上げられ、すずと北条家の人々が間諜行為だと厳重な注意を受ける。このシーンはけっきょく、日々のすずのドジを見ている自分たちからすれば、間諜なんてできるわけがないという笑い話で終わるのだが、それでも彼女らはすずに対して、今度はバレないように描けばいいというアドバイスをしない。その話を聞いた周作も、これに描けばいいと自分が使っていたノートを渡すのだが、そのときも「それだけ小さきゃ海岸線も描けまい」といい、すずが使っていたノートよりも小さいものを渡す。なぜ北条家の人々は、次はバレないように描けばいいというアドバイスをしないのか。なぜ周作は海岸線を描けるようなサイズのノートを渡さなかったのだろうか。

 

 これは、近代が規律型社会であったことを示唆しているためだと思われる。ジル・ドゥルーズは『記号と事件』に収められている「追伸——管理社会について」という論文で、規律社会が十八世紀から十九世紀にかけて誕生し、二十世紀初頭に頂点に達したと指摘している。規律社会とは、環境によって人々を監禁する社会のことだ。 家族、学校、工場、兵舎、病院などのそれぞれの環境のトップダウンの監視や禁止事項の徹底などによって人々の行動を規制する。それに対して、ドゥルーズは現代の社会のシステムを管理社会と呼んでいる。管理社会は規律社会での規制のシステムと違い、個人にICカードを持たせ、それをゲートにかざすことによって、自由に場所を移動することができる社会のことをいう。しかし、このカードは決まった日や決まった時間には拒絶され、その場所に立ち入ることができないということが起こる。カードに拒絶された以上、どのようなことがあろうと絶対に立ち入ることができないのだ。つまり、これは人々の行動をアーキテクチャーによって管理する社会であるといえる。

 

 このように見た場合、すずはただ単に国の禁止事項、憲兵の監視によって海岸線を描くことを禁じられたにすぎない。けっしてアーキテクチャーによって絶対に描くことのできない環境に管理されていたわけではない。なのにもかかわらず、すずがその後海岸線を描かなかったのはなぜなのだろうか。これは、現代から見れば、近代人のすずは、規律によって自ら行動を制限するはずだという視点で描かれていたからなのである。つまり、海岸線を描くという行為は間諜行為にあたるということを知ったすずは、それによってその行為を行わなくなるはずだと思われていた。さらにいってしまえば、近代人は物語の中で規律社会に順応して生きさせられているのである。

 しかし、これはやはり戦時中のリアルをすべて描いた表現であるとはいえないだろう。戦時中には、アーキテクチャーによって規制がされなかった以上、監視の目を盗んで規律としては正しいとはいえない行為が行われていた。

 筆者はとある学会の打ち上げで、高齢になられたある先生から戦時中の経験を聞くという体験をした。その学会は日本語学関係のものであったため、はじめは時枝誠記や柳田國男などの今では歴史上の人物になっている研究者たちと宴会で同席した話などを伺っていたのだが、話題がふと戦争の話へとそれた。その先生は第二次世界大戦中、東京で尋常小学校の生徒であったために、建物疎開として家々を解体する作業の手伝いをさせられたと話していた。畳や窓枠などを家のあった場所から資材置き場へと運ぶわけであるから児童には、かなり力のいる作業であり、大変苦労したということをおっしゃられていた。そしてその際、畳はすべて資材置き場へと運ぶが、割れてしまったガラス窓に関してはそのままその場所に置いておくようにと現場の責任者にいわれたという。それを聞いた先生を含めた当時の児童は、その責任者の目を盗んで、ガラス窓を持って二階にあがり、そこからそのガラス窓を落として割ることによって作業を楽にしていたというのだ。

 つまり戦時中、国からのトップダウンで厳しい規制体制が敷かれていた最中にも、その網の目をかいくぐって規律に沿った行動ではない行動を人々はしていた。その他にも、女学校に通っていた生徒たちが政府のもとでアメリカからのラジオや無線の電波を傍受し、政府には絶対に口外しないようにと言われていたにもかかわらず、大本営発表と食い違う部分をその先生や近所の人たちに言いふらしていたというのだ。辻田真佐憲の『大本営発表』を見てみると、敗戦間際の大本営発表はデタラメばかりの情報が報道されており、それとの食い違いを知られるということは絶対にあってはならなかったのだが、女学生たちはそんなことおかまいなしに、アメリカから傍受した情報を言って回っていたのだ。

このように戦時中であろうと人々は現代の我々が思うよりも自由に行動しており、規律社会では監視しきれなかった部分があることがわかる。にもかかわらず、すずがノートを取り上げられたこのシーン、人々は規律を守って生きているように描かれている。しかし、真の日常とはこの規律を超えた先にある。現代に想定される、その時代ごとの人々の全体的な行動ではないものを描くということが、真の日常描写であるといえる。

 

 では、『この世界の片隅に』ではそのような描写は一切描かれなかったのかというとそうではない。敗戦後、径子と連れ立って街へと配給を受け取り、行列に並んでみるとアメリカ軍の残飯雑炊を食べることができたという場面で、子供たちがアメリカ軍の兵士たちに「ギブ・ミー・チョコレート」とねだっているのを見た径子が自分の息子もああいった、はしたない行為をしているのかと嘆くシーンがある。これ自体は敗戦後の当時を語る有名な話ではあるが、しかしこの規律や規制をを超えた描写にこそ真の日常性が宿るのだ。たとえば、それまで愛国教育をしていた教師たちが終戦を迎えるやいなや、教科書をいっせいに墨塗りしたという話があるが、これは規律のシステムが別のものへと移行した際に、そのシステムに順応する大人たちを揶揄するものである。しかし、このアメリカ兵にチョコレートをねだる子供たちの行動は、今までとは別の規律としてやってきたものに対して媚びている行動ではない。規律などとは無関係に、ただ当時貴重だった甘い食べ物をくれる兵士に対して素直に振舞っているだけである。

 

 結論はこうだ。『この世界の片隅に』を乗り越える、「来るべき傑作」を描くには、このような、現代の管理社会からの目線というフィルターを通さずに当時の世界を描写するということがなされなければならない。「ギブ・ミー・チョコ」をもっとカメラに。規律の目を盗んで嬉々として二階からガラス窓を落とし続ける少年。このような目線から見た近代や戦争を描くことこそが、新たな日常を、そして新たな傑作を生むこととなる。『この世界の片隅に』に感動した筆者としても、このような視点で戦争を見つめ直すことができる、新たな作家の登場を待ち望んでいる。

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