イングレス/東京ヘテロトピア はなれたちのへだてられたちといと

 

師/弟子/守破離

昭和とは一体何か、それはふたつの師弟関係を巡る弟子のもがきと苦しみの長い事跡です。
ひとつめの師弟関係、それは、明治にはじまる西洋化、近代化、にみられる西洋との師弟関係です。師弟関係と一言にいってもその形態には種類があり、一子相伝の関係であったり、一方的な迷惑じみた関係であったり、金銭的授受による契約関係であったりするのですが、学ぶ志を持ち、対象を師として仰ぎみる時、そこに師弟関係が成立します。
この西欧との師弟関係は当時の日本が自ら選択をした師、つまり能動的に選んだ師であり、国際的戦略、政治的指針、でありました。
ふたつめの師弟関係は、戦後のアメリカとの師弟関係です。こちらは強制された受動的な師弟関係であり、矯正するための師弟関係であり、共生するための師弟関係でありました。そして昭和とはこの師弟関係の延長線上にある時代です。
守破離という言葉があります。これは芸事における師弟関係での弟子が歩む段階を示した言葉です。守、型や作法といった基本を守り、ひたすら動作を反復することで、身体に覚えこませる段階。破、守の段階で、できあがったものにカウンターをあてて、破る段階。離、守もなく破もなく、守でもあり破でもある、型にもカウンターにもとらわれない段階。
師弟関係という見立て。守破離というものさし。を使って、昭和なるものを測定する時、みえてくるものは、いまに続く破の時代です。戦後レジームからの脱却、憲法改正、ともに戦後日本の師であるアメリカの型を破ることにほかなりません。昭和90年代という感覚はつまりそのことに起因しているのです。
ポスト昭和を考えるということは、明治=西洋諸国、昭和=アメリカ、に変わる師をどう設定するのか。あるいは師弟関係を結ばない別の時代の作り方を模索するのかを考えることです。昭和を続けるのであればどのような離、をなしてゆくのかを検討すべきです。
では、平成のいま、師弟関係を結ぶべき師が世界にいるのかといえば残念ながらいません。もちろん、見習うべき点や参考にすべき点がないわけではありませんが、それは問題への対症療法であったり、パッチをあてて問題点を修正することに近いのです。そして、他国の成功例を輸入するとして、はたして、その成功例が必然としておこりえたのか、はたまた、確率的偶然の結果論でしかないのか判断は難しいです。
師弟関係を結ばない時代の作り方において有効なのは、欲望を駆動させることです。衝動を突き動かすことです。その代表が性欲と闘争です。現在進行している状況はこれにあたります。そして、欲望の肥大、衝動への誘惑は過剰さと過激さを漸増させています。
仰ぐべき新しき師もなく、欲望と衝動が燃焼する時代。
そういった認識の上で、これからなにを進めてゆくのか、それはふたつの流れに大別できます。
これまでの流れの点検とこれからの流れの観測です。
これまでの流れの点検とは、明治期に日本が学んだ西欧の型とはなにか。戦後に日本が導入したアメリカの型とはなにか。そして、西洋、アメリカを師とするその態度、姿勢、方針に異を唱えた人々の活動と顛末の歴史とはなにか。を顧みることです。
これからの流れの観測とは、イングレス、東京ヘテロトピア、にみいだす世界の使い方を変える想像力を展望することです。それは、これまでの機能、用途とは別のレイヤを形成、付与、多層化し、なおかつ現実の対象とのつながりを保つ回路をも維持するものです。意図せぬ拡張性、それが主題です。

 

仮想/身体/拡張

イングレスご存知ですか?なにをいまさらな質問ですが、知らない方もいられるとおもうので、簡単な説明をしますと、イングレスとはスマートフォンで遊ぶアプリゲームのひとつです。一番の特徴は身体の移動を必要とするゲームということです。つまり、部屋の中でじっとしていても遊べないアプリゲームなんです。その仕組みは、GPS機能を利用した位置情報の提供によってなりたっています。イメージとして一番近いのはカーナビですね。カーナビの場合、目的地を入力すると、現在位置から目的位置までのルートを案内してくれます。イングレスの場合、ルートの案内はしてくれないのですが、現在位置付近のポータルと呼ばれる施設が、現実の地図上に表示されます。ポータルは携帯電話の基地局のようなもので、そのポータルを所有することがこのアプリゲームの主な目的となります。所有とはつまり奪い取ることで、要は陣地取りゲームの一種です。奪い取ることが不可能でも、ハックというコマンドをポータルに対して実行することで、アイテムや経験値を獲得できます。こちらはスタンプラリーのようなものですね。
イングレスの特殊な点はふたつあります。ひとつは身体の移動を必要とする点、もうひとつは世界規模での展開という点です。身体の移動とはつまりその場に出向くということです。普段は絶対通らない道であったり、行かない場所にも、イングレスを遊んでいるとポータル目的で訪れるようになります。それは経験地を獲得してレベルをあげるというゲーム本意の行動ではありますが、これは実際すごいことで、用のない場所、興味のない場所に目的を発生させ、人を引き寄せているのです。新しいポータルの設定は利用者が運営者に申請をし、受理されることにより増設されます。極端なことをいえば、人を呼び寄せるためにポータルの申請を行うこともできるのです。
ふたつめ、世界規模での開催ですが、現在全世界でポータルが6億近く設定されています。その様子は、Ingress Intel Mapというサイトで観ることができます。サイトを見て頂ければわかりますが、アメリカ東海岸、ヨーロッパ、日本は、ほぼポータルによって埋め尽くされており、一種の異様さすらかもしだしています。これが何を意味するのかというと、イングレスというアプリゲームは海外でもプレイが可能ということです。必要なものは自分の位置情報とポータルの位置情報このふたつです。国内でも海外でも操作方法は変わりませんから、後はポータルに自分が出向くだけです。しかし、イングレス目的の海外旅行が増えているだとか、これから増えるだろうということをいいたいのではありません。(国内に限るとまた違ってきますが。)
たとえば旅行先でのちょっとした空き時間。列車や飛行機の待ち時間。あるいは予定よりも早く目覚めてしまった朝。そういったこれまでならば、休憩やメールチェックなどで浪費されていた時間にイングレスをプレイすることで、本来ならば起きなかった出会いがうまれる。そのことに新しい可能性を見るのです。意図されない拡張性、思わぬ拡がりを個人にもたらす機会の提供です。
イングレスはmap based mobile servicesの一種です。地図に基づくサービスの提供。地図に基づく新しい想像力。人と人との出会いを演出するサービスではなく、人と世界との出会いを演出するサービス。それこそがポスト昭和を牽引する動因となるのです。

 

遍在する舞台/巡る観客/体験の動線

東京ヘテロトピアとは演出家の高山明さんが発表している参加型演劇アプリです。現在iPhone版アプリが無料で公開中ですので、ぜひためしてほしいのですが、どういった内容のアプリかというと、秘められた歴史、物語を可視化させるためのガイドアプリです。ヘテロトピアとはユートピアの対語であり、現実にない理想の場所=ユートピア、に対する、現実にある異なる場所=ヘテロトピアという図式です。
世界遺産というものが公に認定された歴史、物語の正史だとすれば、ヘテロトピア的なものとは、公には顧みられない消えゆく歴史、物語の野史です。
2020年開催の東京オリンピックにむけて都市のデバッグ、デフラグが進行する中、消えゆく歴史、物語を地図上にヘテロトピアというピンで残す。このアプリはその試みです。
アプリの概要ですが、地図上に表示されたアイコンを選択すると、スポット名、アクセスのしやすさ、カテゴリ、その場で朗読されるテキスト、スポットの概要が表示され、スポットまでのアクセスもガイドされます。その場で朗読されるテキストは、ロックがかかっており、実際にスポットを訪れることでロックが解除されて音声データを開くことができます。つまり、スポットに出向かなければ解除はされないということです。
場所と、歴史、物語、の接続。この行為自体は、けして新しいものではありません。聖地巡礼、歴史に対する浪漫といったものがそうです。しかし、それらと東京ヘテロトピアが違う点は、聖地なるもの、浪漫なるもの、を事前にもたないという点です。聖地がないと聖地巡礼は成立しません、浪漫をもっていなければ浪漫が駆動することはありません。
しかし、東京ヘテロトピアではアプリ上に歴史、物語、が未見の情報としてアーカイブされ、前提知識、前提教養、がなくとも、場にいくだけで、それらに接触、認知、することができるのです。
秘された啓蒙の作用を持ちつつ、楽しみや遊びを提供し、意図せぬ拡張をもたらすプラットフォーム。
そこにポスト昭和への動線が潜んでいるのです。

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